タイトル:平穏世界 作者:滝杉こげお

 物語の八割は悲劇でできている。
 どんなハッピーエンドの物語であっても読者が求めているのものは約束
された勝利や永遠に幸せを見せつけられる自慢話などではない。人が悲劇に
打ち勝とうと苦しむ姿や打ち勝つまでの過程である。どんな幸福も幸運も
永遠に続くとわかっているのならば、それは途端に色褪せ価値のないもの
になってしまう。

 永遠に続く終わりなき幸福の世界。破壊や略奪、不運や老化、さらには
人の死まで否定したこの世界の端でボクは爆ぜる。焦げ付いた肉のにおいに
飛び散る鮮血。それは確かにボクの生きている証、そのはずなのに……



 目が覚めるとボクは地面に横たわっている。傷一つない肢体。行きかう
人々はそんなボクには目もくれず無垢な笑顔を浮かべている。

 今日も平穏な一日が始まる。



**

―ウィーーーーン

 どこからか機械音が聞こえてくる。時計はちょうど23時を指している。
もうとっくに日は沈んでいるというのに一体なにごと? 寝床にもぐりな
がら私は顔の上半分だけ布団から出して寝ぼけた目であたりを探った。

 暗闇のせいで定かではないが音はどうやら隣の部屋―― 憲一さんの寝室
から聞こえてくるようだ。金属同士がこすれる音、火花が爆ぜる音。何が
楽しくてこんな不快音を垂れ流しているというのか。今何時だと思ってい
るんだよお。今日は珍しく早く帰ってきたと思ったらご飯も食べないで部
屋の中にこもりきり。最近暗い表情が続いていたから心配してたんだけど、
さすがにとてもこんな環境では眠れたもんじゃない。ここは私の安眠のた
めにも一つ文句を言わなくてはならないだろう。

 起き抜けの体は鉛のように重い。半ば這いずるようにベッドから這い出
した私は片手をベッドの柵に掛けると「よっこいしょ」という掛け声とと
もに両の足に床が触れる。隣の部屋からの音波攻撃はいまだ続いていた。
 本当に憲一さんには困ったものだ。この前の日曜日、確か11日に買った
工具セットがよほど気に入ったのだろう。買ってから今日14日までの3日間
部屋にこもっては何かを作っている。今朝も何か作った作品を大きなカバン
に詰めて持ち出していったっけ。それで服をボロボロにして帰ってくるん
だもんな。本人は別に危ないことをしているわけではないというけれど頭
に煤とかつけて帰ってきてたっけ。仕事か何か知らないけれどそんなもの
に夢中になくらいならもっと私のことをかまってくれればいいのに。

 自分で言っておいて頬が勝手に染まってしまう。



―コンコン

 ノックを二回。部屋からの返事はないがそれはいつものこと。一度夢中
になってしまうと憲一さんは部屋の外で象が駆けまわろうと気づくことは
ない。だから実力行使。私は何事もないように扉を開いて憲一さんの部屋
の中へと入っていく。絶対に後でノックぐらいしろ、とか返事があってか
ら入れ、とか怒られるだろうがそんなことを気にしていたらこちらの体が
持たないというものだ。親しき仲にも礼儀あり。だけども礼儀ばかりでは
夫婦関係はなりゆかない。時には強引なスキンシップも必要と言うことだ。

「憲一さん、うるさいよー」
「……」
「眠れないよー」
「……」

 背後から話しかけるもどこ吹く風。憲一さんは私の声になど気づかず机
の上に置かれた何か黒い物体をいじくっている。

 しかたない。こうなれば奥の手だ。

「憲一さーーーーーん」
「ぎゃむ!!」

―ドタン

 耳元で叫ぶ私の声に驚いた憲一さんは飛び上がり、椅子ごとうしろに倒
れてしまう。ほんとにどんくさいんだから。私は憲一さんが転んだ拍子に
手放したドライバーを自分の頭から引き抜き机に戻しつつ微笑むのであっ
た。

「何だ春恵か。ノックぐらいしろよ!!」
「したわよ。憲一さんが気づかなかっただけでしょ」
「ボクの返事があってから入ってこいよ、ノックの意味ないじゃん」
「そんなことしてたら夜が明けちゃうわよ。ってか何時だと思ってるのよー。
隣からトントンカンカン聞こえてきたら眠れやしない。安眠妨害は乙女に
とって死活問題なんだから」
「乙女って年でもないだろう。それに別にいいだろ、死ぬわけじゃないん
だし」

「死……そんなことしてたら夜が明けちゃうわよ。ってか何時だと思って
るのよー。隣からトントンカンカン聞こえてきたら眠れやしない。安眠妨
害は乙女にとって死活問題なんだから」
「……ごめんよ」
「あら、一回で私の言うこと聞くなんて今日はやけに聞き分けがいいじゃ
ない」
「……」
 憲一さんはなぜかもの悲しげな表情となる。私、何か気に障るようなこ
と言ったかしら? 確かにうるさいとは言ったけど私だってぐっすり眠る
ぐらいの権利はあるはず。そりゃあ、言いたいことがあれば言うわよ。心
の中で悪態をつきつつ、気を取り直した私は机の上に置かれている黒い物
体に目を向ける。

「ところで憲一さん。その机の上の物。何を作っているの?」
「ああ。爆弾だよ」
「ところで憲一さん。その机の上の物。何を作っているの?」
「……別になんでもないよ」
「隠さなくてもいいじゃない。言って減るものでもないでしょ?」
「ああ、もう。別にいいじゃないか。ボクが何を作ろうがボクの勝手だろ
う。いいよ、今度は音がしないように気を付けてやるから。春恵は部屋に
戻って寝たらどうだい」
 憲一さんの語気が荒くなる。何を作っているのか聞いただけなのに、な
にも怒らなくていいじゃない。考えてみれば最近の憲一さん何だか私に冷
たくなったわ。前はこっちが何もしなくても向こうからすり寄ってきてた
のに最近じゃあずっと机に向かって何かを作っている。

 憲一さんは私より得体のしれない機械の方が大事だというのかしら? 私へ
の興味はなくなってしまったの?
 目の前には再び作業へと戻り机に向かう憲一さんの背中。心なしかその
背中に少し距離を感じる。これ以上ここにいてはいけない。そう思い私は
そっと部屋を出ると自室に戻り布団にもぐる。途中で起こされたせいです
ぐに眠れてしまいそうだ。



 別に私が悪いとは思わないけれど明日になったら憲一さんに謝ろうかな。
そう思いながら私は目を閉じる。ちょうど0時を告げる鐘が鳴る。私の意
識は深く深く沈んでいった。

 
**

 目覚めのいい朝、今日も素敵な一日が始まる。
 目覚ましの音で目を覚ました私は肩をグルグルと回す。時計の文字盤を
見るとすでに6時半を回っている。憲一さんのお弁当作らなきゃ。

 階段を駆け降りるとキッチンにはすでに憲一さんの姿が。寝坊、しては
いないはずなんだけど。今日は出勤時間早めだったかしら?

「憲一さん。今日は早起きね」
「ああ……ちょっとね」
 上の空にそう答える憲一さん。すでに仕事着に着替えており、傍らには
大きなバッグが置かれている。おそらく仕事で使うものなのだろうが、中
には何が入っているのだろう。バッグの大きさからして結構な大きさの物
が入っているはず。持っていくにしてもかさばるだろうし何より重いはず
である。

「そのかばんの中には何が入っているの?」
 考えるよりも聞いてしまった方が早いというもの。私はカバンを指さし
て憲一さんに顔を近づける。

「えっ、ああ。仕事道具だよ」
「それはわかるけど。というかそもそもそんな大きなものいつの間に家に
持ち込んだのよ。全然知らなかったわ」
「ボクが昨日作ったんだ、うるさかったよね」
「へっ、いや全然。まったく気づかなかったわよ?」
「そうか、そうだよね……ごめん。でも今日こそ」
「へ?」
 いけない。間抜けな声を出してしまったわ。まだ寝ぼけているのだろう
か。私は頭をフリフリ姿勢を正す。

「ああ、なんでもないよ。それより今日はお昼ご飯も春恵と一緒に食べる
から用意しておいてくれるとうれしいな」
「えっ、うん。いいけど今日はどうしたの? 何かあるの?」
 普段は私が頼んでもなかなか帰ってこれないような人である。今日は何
かの記念日だったかしら? そういうのの記憶はいいはずなんだけど。特に
思い当たるものはない。

「いや、たまたま仕事が早く終わるだけ。帰りになにか買ってこようか?」
 憲一さんの笑顔。どこかぎこちないその笑顔に私は何か勘ぐってしまう。
言葉にも少しとげがある気がする。私が憲一さんより遅く起きてきたから
かしら? でも、早く起きろなんていわれてないし……ああ、もう朝っぱら
からなんでこんな気分にならねばならないの!! そうか、分からないなら
聞けばいい!!

「憲一!! なんか歯切れが悪いわよ。何か隠してることあるんじゃない?
隠し事になんていつかはばれることだし、何より健康に悪いんだから。何
か言いたいことがあるなら言って、私の方が気になっちゃうじゃない」
「……」
 目を丸くして私の方を見つめる憲一、って。

「なによお。そんな見つめられたってなんてことないんだから。そんなん
ではぐらかされると思ってるならなめられたものだわ。私は一度決めたら
しつこいんだから。仕事があるからって質問に答えるまでは行かせてあげ
ないわよ」
「ふ、ふふふ。はははははっ」
 突然笑い出す憲一。もう、わけわかんない。絶対笑えるポイントなんて
無かったんだから。

「ちょっと、憲一。馬鹿にしてるの?」
「ははは、はあ。ごめん。違うよ。君があまりにいつも通りだったからなん
だかおかしくなっちゃって。そうだよね。君はいつだってまっすぐで、ボ
クはそんな君にあこがれたんだ。だけど君は……いいや、まだだよね。ま
だあきらめるには、早い、よね」
 途中でむせ返ったかと思うと見る見るうちに溢れ出す涙、憲一さんは泣
いていた。

「えっ? えーっ!? ちょっと泣くことないじゃない。何言ってるか意味わか
らないし」
 憲一さんの嗚咽は止まらない。一体どうしたっていうのよ? 私は床にか
がみこむ憲一さんを前にただわたわたするよりほかなかったのであった。 


**

「落ち着いた?」
 感情がおさまったのか静かになった憲一さん。私は彼にコップに汲んで
きた水を渡す。

「うん、ありがとう、それとごめん」
 憲一さんは受け取った水を一気に飲み干した。上を向いた憲一さんの顔
にあったのはいつものあの優しい表情。私はほっと胸をなでおろす。

「別に謝らなくったっていいのよ。私はあなたに無理をしてほしくないだ
け。何かあったのなら私が一緒に受け止めてあげる、悩んであげる。でも、
言いたくないならそれでもいい。ただ私はあなたの力になりたいだけだか
ら」
「……春恵。ありがとう」
 憲一さん、やっぱり何かあったのだろう。でも憲一さんに話す気がない
以上私が力に成れることは限られている。だったらせめて、家にいるとき
だけは、私の前にいるときだけは心が安らげるように。


「じゃあ、行ってくるよ」
「憲一さん、行ってらっしゃい」
 憲一さんの手には大きなカバン。いつもより縮んで見える彼の背中には
一体どんな重荷が載っているのだろうか。私はそんな彼の背中を見送るこ
としかできないのだ。

 自然とふさぎ込んでしまう気分、ってこんなんじゃだめだ!! 私が元気で
過ごさなきゃ実際に頑張ってくれている憲一さんのためにならないじゃな
いか。だから私は元気に、いつも通りに。

「うん、頑張ろう!!」
 私はキッチンに立つと早速昼食の準備に取り掛かる。景気づけにテレビ
でもつけようか。

『朝の○○ニュースのお時間です』

 リモコン片手に冷蔵庫の中を確認する。中には卵や肉、賞味期限は……
14日とある。って、今日までじゃん。これは使ってしまわなくては。
 私が調理台に向かっている間も背後ではテレビからアナウンサーが原稿を
読み上げる声が聞こえてくる。スポーツ、天気予報、政治に経済情報。内
容は正直頭に入ってこないが家の中に一人で作業しているとどうしても気
分が乗らないというもの。だからこそのテレビである。これがあるのとな
いのではモチベーションに雲泥の差が出るのだ。とはいえまあ、話し声が
あればいいからラジオでも、音楽でもいいのだが。今度は音楽でもかけて
料理をしようかしら。
 そんなことを考えながら私が卵に手を伸ばしたとき、テレビからアナウン
サーの緊迫した声が流れてくる。自然と手が止まる私。卵を持ったままテ
レビの方に向き直る。


『○○地区にて爆発を確認。原因はわかっておりません。規模は半径20メー
トルほどとのこと。続き情報が入り次第お伝えいたします

続いては芸能ニュースです』

 芸能ニュースが即報? 何かあったのかしら。その後しばらくニュース内
容を聞いていた私であったが芸能人の結婚だとか、離婚だとか特にめぼし
いものはない。即報は気のせいだったかな? 首をかしげると調理台に向き
直る。よし、憲一さんのためにおいしい料理を作らなきゃ。



 目の前のおいしそうな料理。我ながら手早く綺麗にできたものだ。私は
料理を並べながら玄関の方に目を向ける。そういえば憲一さん、帰ってく
る時刻までは言ってなかったっけ。早く帰ってこないかなあ。あんまり遅
いと冷めちゃうよ。
 思いは通ずというけれど、憲一さんのことを私が考えているとガチャガ
チャ、ドアノブを回す音。憲一さんが帰ってきたのね。私は玄関へと駆け
ていく。
 
「憲一さん、おかえり!!」
「……」
 そこにあったのは生気の抜けた憲一さんの顔。顔は煤でまみれ服はボロ
ボロ。いったい何があったというのか、私は憲一さんに駆け寄る。

「憲一さん、どうしたのその恰好」
 焦げた匂いが鼻孔をつく。彼の様子を見る限り何かあったのは明確だわ
ね。そういえば行きに持っていた大きなカバンを持っていない。あの中に
入っていたものが原因かしら。私が肩に手をかけると憲一さんはゆっくり
こちらを向く。けれども両の眼の焦点は私よりもずいぶんと後ろで合って
いるようで今は何も見えていないという感じであった。

「ああ。ちょっと、ね」
「ええっ、ちょっとお、大丈夫なの? 何かあったんでしょ」
「ごめん。今は疲れてるから。また明日にしてくれないか」
 そう言って憲一さんは階段を上って行ってしまう……って、ご飯は!? せっ
かく作ったのに食べないの!? 何よ、いったい何があったっていうの。

 その後憲一さんは夕食の時間になっても部屋に閉じこもったまま出てく
ることはなかった。部屋の前に行くと中から聞こえてくるのは金属同士が
こすれる音や、火花が爆ぜる音。

 一体何を作っているの? 憲一さんの今日の姿。あの時私が彼から感じた
のはにじみ出ている絶望感。まるでこの世の終わりのような……いったい
何が彼をそこまで追い詰めるのか。私は頭をひねってみるが当然思い当た
る節はない。しいて言えば今日の朝見たあの大きな荷物ぐらいであろう。
 荷物の中身。朝ははぐらされてしまったけれど今思い返せばやはり聞い
ておいた方が良かったのかもしれない。憲一さんの涙のせいで決心が揺ら
いでしまったと言うのもあるがそれでもあの時きちんと聞いていたのなら
今の憲一さんの顔にはならなかったのかもしれないのだ。
 いや、まだ遅くない。悲しみは分け合えるんだ。

 私は扉を三度叩く。当然中にいる憲一さんからは返事がない。私はドアを
ノックしたその手でドアノブを握る。手から伝わるひんやりとした感覚。
開いた扉の奥に憲一さんの姿を認める。私はゆっくりと彼に近づいていく。

「憲一さん」
「……」
「憲一さーーん」
「……」
 二度の呼びかけにも無反応。憲一さんはどうやら机上で何か作業中のよ
うである。

 気づかないなら仕方ない。奥の手だ。

「憲一さーーーーーん」
「ぎゃむ!!」

―ドタン

 耳元で私が叫ぶと椅子から転がり落ちる憲一さん。そんなに驚かなくて
もと思うのだが、やる方としてはこのくらいリアクションがあった方が張
り合いがあるというもの。これで元気が出てくれればいいんだけど、現実は
そうもうまくいかない。

「春恵か……何のようだい?」
 低い声のトーン。明らかに私のことをうっとおしがっているのを感じる。
とはいえ、それも当然だろう。気分が落ち込んでいるときにおしかけたん
だ。

 だけどここで引くわけにはいかない。

「憲一さん部屋にこもったっきり出てこないから心配になって見に来たの
よ。何か作ってるみたいだし。今日何かあったの?」
「春恵には関係ないことだから。心配はしなくていいよ」
 憲一さんのこの言動もおそらく私を思ってのことだろう。だけど、ここ
で私が引いてしまったら憲一さんのことを誰が守るというんだ。
 憲一さんの気遣い。黙って受け取るのも妻の役目かもしれない。だけど
事情も知らずいることがいいことだとは到底私には思えないのだ。知らな
ければ聞けばいい。それが悪い結果を招いたって行動を起こさず後悔する
より行動して失敗したほうがきっと私たちのためになるはずだ。最愛の人
の悩み。一緒に背負わなければウソってものだ。
 私は口を開く。

「今朝も憲一さんは私の質問、誤魔化したわよね。何か辛いことを抱えて
いるんでしょう? その上で私のことを思って黙ってくれている。その優
しさ、私はうれしい。だけど私だって憲一さんのことが好きなのよ。私も
憲一さんのために何かがしたいの。何の役にも立てないかもしれない。逆
に聞くことで迷惑になるかもしれない。でも、そんな顔の憲一さん、私は
見ていられないのよ。話せないことは話さなくてもいい。だから、少しだ
けでいい、私を頼って」
「……」
 憲一さんはうつむいてしまう。すでに机の上で行っていた作業も手を止
めており、静寂の中聞こえてくるのは時計の針が進む音のみ。時刻は11時
半を回っている。普段ならとっくに寝ている時刻であるが当然そんなこと
も言ってられない。
 どちらも言葉を発しないまま時間だけが過ぎていく。私の思い、彼に伝
わらなかったの? ここまで彼が私に話すのをためらうというのなら今日の
できごとを彼に問いただすことは本当に彼のためになるのだろうか? 考え
ても今の私ではわかるはずがない。あとは憲一さんの言葉を待つしかでき
ない。
 そしてさらに時が過ぎたころ、憲一さんが顔を上げた。その顔にはいつ
もの優しい憲一さんの笑顔。だけれど目元は涙でぬれていた。

「ありがとう、春恵」
 開口一番飛んでくる感謝の言葉。まだ感謝されるようなことはしていな
い。けれどもこの言葉は私の言葉が届いたということだろうか。憲一さん
の言葉は続く。

「そしてごめんな。こんな世界に閉じ込めてしまって。この世界はボクへ
の罰、そしてボク以外の皆にとっては平穏な毎日が約束された世界なんだ。
ある者にとっては楽園、ある者にとっては牢獄となるこの世界。それはボ
クが君と一緒に過ごしていける世界を望んだ結果なんだ。絶対に手を出し
てはいけなかった。今ならわかる。でも……ボクが『今日』より前に戻れ
たとしてまた君のいない世界に直面したのならボクはもう一度同じ過ちを
繰り返してしまうだろう。ボクは生まれついての罪びとなのかもしれない。
でも、君だけは譲れない。管理者にだって好きにはさせない。だって、君
との出会いはボクを救ってくれたから。ボクには君しかない、だから……
もう、君はなる時間だね。だからごめん。君の頭にはボクの言葉は届かな
いだろうけれど、明日はきっとやり遂げるから。ボクの命に代えても」
「?」
 突然感謝されたかと思ったら次には謝られた。いったいどういうこと?
やっぱり私には何も話してくれないということなのかしら。

 困惑する私であったが突如意識が揺らいでいく。聞こえてくるのは12時を
告げる鐘。目がとじていく。体から力が抜けていく。思考は速度を落として
いき私は優しい闇の中へと落ちていった。
 私の目が完全に閉じきる刹那目に入ったのは、泣きながら笑う憲一さん
の顔。そして彼の顔が闇に閉ざされるのと同時に私の思考は完全に停止し
た。




**

 目覚めのいい朝。
 目覚ましの音で目を覚ました私は肩をグルグルと回す。時計の文字盤を
見るとすでに6時半を回っている。憲一さんのお弁当作らなきゃ。

 今日も素敵な一日が始まる。




                    『平穏世界』END
『平穏世界』あとがき

 よし、完成!! 勢いに任せて書いた作品なので設定が矛盾しているところ
もあるかもしれませんがご容赦ください。自分の作品に解説を加えるのは
蛇足感が否めないのでここでは作品の説明は無しで行きます。
 今回、冗長な作品がテーマと言うことで、最初
「無尽蔵な体力を武器に圧倒的運動量を誇る常勝サッカーチームがあった。
彼らのその無尽蔵の体力の秘密は双子の選手を同一選手として登録しハー
フタイムで入れ替える替え玉作戦であった。そして新たにこのサッカーチー
ムに入部した兄弟がいた。彼らのどこまでも重複した練習が始まる」という
感じのものを書こうとしたのですが……スポーツもの書けませんでした(泣)
 そこで焦って代案を考えたものの思いつかず、布団に入った途端アイデ
アが浮かんだのがこの稚作でした。短編とはいえ久々の完結作品。面白い
かは別にして自分的には満足です。
 最初から最後まで何の進展もない話ですが久しぶりに描いた短編です。
感想、アドバイス、叱咤激励、なんでもいただけると大変うれしいです。
簡潔作品の方も近々あげさせてもらいます。

 最後までお読みいただきありがとうございました。



                     4/20 滝杉こげお
sage