タイトル:グッドバイ 作者:ヤマダ=チャン

 風が冷たい。それにのって落ち葉がカサカサと音を立てながら行進していく。すっかり秋だ。
 私は秋という季節が好きじゃない、と彼女は長い黒髪を揺らして言った。
「なんだか物寂しいじゃない」
 視線を前方にやったまま、足下の枯葉をひとつ蹴り飛ばした。
 僕は静かだから好きだけどな。そう言うと彼女はくるりとこっちを向いて、
「私もそうだよ。でも、心が冷えるような静寂は駄目だな」
 いつの間に拾っていたのか、鮮やかな橙に染まった紅葉の葉柄を右手で摘まんで器用に回し始めた。ひとしきり遊んでからそのまま指先で紅葉を弾くと、漂うでもなく、そのまま呆気なく地面へと落ちた。
 それから一週間もしないうちに、僕と彼女の関係は終わりを告げた。

 乾いた屋外に比べると、コンビニの中はやけに湿度が高く感じた。
 雑誌を立ち読みする若者たち。
 険しい表情でスイーツを選ぶ女子高生。
 夕方だというのに大きなあくびをして弁当を手に取る中年男性。
 入店を知らせるベルの音が鳴ると反射的に挨拶をする店員。
 このあまり広くない店内にこれだけの人間がいるんだ。なんだか窮屈に感じるのも不思議ではない。
 興味もない流行歌がフェードアウトしていくと、何処かで聴いた覚えのある歌が流れる。霧がかった印象を覚えるイントロ。彼女が好きだったサカナクションだ。

 自分自身CDを買うほどのファンではなかったけど、彼女の熱心な布教活動によって好きなアーティストの一つになった。この曲も発売してすぐ当たり前のようにCDを購入していた。好きな曲なのに、なんでこうもつらくなるのだろう。元々明るい、楽しい曲調ではないけれども、こうも胸を締め付けられる曲だっただろうか。
 僕は好んで音楽を聴く方だと自負していたけど、まだ高校生である彼女の方が随分と詳しく、深く聴いているようだった。僕のiPodには聴いたこともないアーティストの曲が彼女の手によって入れられた。
 そんな彼女とCDショップになんかに行くと、嬉々として聞いてもいない自分の頭にある知識を披露してくれる。
 僕はそれが楽しくて、何か買う予定もないのに二人で店を冷やかしに行った。試聴機の前でこれはいい、好きではない、など延々としていたのを思い出した。

 コンビニの店内を意味もなく一周するも商品を一つも取っておらず、まるで不審者のようにあっちへ来たり、こっちへ来たり。一体何を目的にここへ来たのかもわからなくなっている。
 そのまま出ることも考えた。ただコンビニという目の届きやすい空間から手ぶらで出て行くのはなんとなく申し訳ない。
 しかし、今は喉も渇いていないし空腹も遠くへ行っている。欲しい雑誌は置いていないし、日用品はどうも割高に感じで買う気が起きない。おでんがセールで売られているのには心惹かれる。が、気分じゃない。
 ここはおとなしく飲み物にでもしとこうか、と考えた矢先、レジの横にある蒸し器が目に入る。あまり多くの中華まんが置いてないのは、表に書かれた百円セールのせいだろう。
 下から二番目、仲間外れのように一つだけ黄色い生地をしたカレーまん。これも、彼女がいつも選んでいた。
 お互い違う中華まんを選んで半分にしたら、一つ分の大きさで違うものが二つ食べられてお得じゃないと言って、毎回カレーまん以外の彼女が食べたい中華まんを選ばされていた。
「肉まん一つください」
 そのときの癖はまだ抜けない。カレーまんがまず目に入ったのに、僕はいつものようにカレーまん以外を選択する。
「からしや酢醤油は付けられますか?」
「いえ、大丈夫です」
 お互い拘りが真逆の僕と彼女だったけど、肉まんには何もつけないといったところだけは一致していた。まず彼女はカレーまんなんだから何もつけないのが普通だけど。
 ただ、おでんにはからし、と言葉を強めた彼女とは違い、僕は味噌だれをつけるのがたまらなく好きだった。
 肉まんはよくておでんは違うというのがまたおかしな話で、どこまでいっても彼女とは価値観が違うんだと強く感じた。
 彼女はいつも決まったものを選ぶ。試したことないものに挑戦しようと直前まで考えているのに、結局間違いのない自分の好みを手に取る。しかし確実なものを選ぶのが成功の秘訣よ、ワトソン君。そうふざける彼女の姿が瞼を閉じなくとも浮かんでくる。
「世間からすれば、あなたロリコンよ?」
 学生は子供じゃないか、という問いに、彼女はひとしきり笑ったあと、そう答えた。スカートをひらひらと舞わせ、無邪気にまるで踊るようにステップを踏む彼女の姿は、子供の無垢さと女の色香が共存した複雑な存在に見えて仕方がなかった。

 ーーあぁ、彼女を過去にしようとして、もういいやと思っても、行き場をなくした愛情は思い出をより鮮明に色付ける。
 忘れようとすることは憶えることより困難で、外面をいくら取り繕っても知らない間に僕の内側は傷ついている。
 一人は苦手な方じゃない。
 独り身も悪くない。
 今までそうやって生きてきたじゃないか。
 彼女と出会う以前にまた戻るだけなんだと、繰り返し心の中で呟く。
 そうすればするほど僕の中の彼女が溢れ出して、涙がこぼれそうになる。彼女の中で僕はもうつまらない過去になってるんだろうか。
 じゃあね。たったその一言を残して僕らの関係は幕を下ろした。あまりにも軽い言葉に、僕は彼女がただいま、と言って再び目の前に現れるんじゃないかという淡い期待がまだ捨てきれないでいる。
 外に出て、まだ温かい肉まんを一口食べるも、あんなにおいしいと感じていたものだったのに不思議と味がしなかった。
 愛ってなんだ。今の僕にはわかりそうもない。



(了)