Neetel Inside ニートノベル
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夜の確率
1-3. 昼飯

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女が受けている治療は分かったし、ターゲットの遺伝子についてもある程度目星はついた。仕事の資料は彼女についての身体データと大雑把な依頼内容しかなかったので、少し早いがココは飯食いついでに合成屋のヒーマンのところに立ち寄ることにした。8本目のタバコをもみ消し(いつの間にか大量に吸っていた)、冷めたコーヒーを流しに捨てて、外に出た。
ココの住むアパートはコンクリート打ちっ放しの古びた建造物で常にジメジメしていた。苔やカビのせいで外壁は灰色というより緑色に近く、所々崩壊しているせいでねじれて建っているように見える。アパートから通りに出ると、似たような建物が軒を連ねている。雑草のようなアパート群を突っ切り、ココは飲食店がある駅前通りに出た。
駅前の人通りは昼前だからか少し多かった。ココと同じく少し早めの昼食を食べに出てきた人だろうか。この時間にネリマ・セントラルに居らず、通りをぶらついているからには多くの者が失業者、チンピラ、またはココのような裏家業に精を出している小悪党に違いなかった。
知り合いの顔がないか気をつけつつ、ココは赤い看板に黒字で「銀龍(インロン)」と書かれた薄汚い食堂に入った。
「いらっしゃい。」
と店の奥から陽気な声が飛ぶ。きたない外観とは逆に店内は外の光が窓から差し込む清潔な雰囲気だ。ココは丸テーブルを避けて隅のカウンターに座る。立てかけられたメニューを眺めていると浅黒い男が厨房から顔を出した。
「や、ココか。」
「うん、ヒーマン。」
小柄で華奢な体格なので遠くから見ると少年に見える。小回りのきく元気な男、ヒーマンは表で食堂、裏では合成屋を営んでいる。
「今日はどうする?」
ヒーマンが朗らかに聞く。
「テリヤキかな、あと調達の話もしたい。」
「はい、テリヤキと調達ね。」
片眉を軽く挙げて了解のサイン。ヒーマンはひょいと厨房に引っ込んだ。
料理を待っている間カウンターに置いてある電子ペーパーをチラチラ読んで時間を潰した。原住民(アボリジニ)迫害の報道と変異体種(ミュータント)による住民の被害。お決まりのニュースと胡散臭い評論家のコラムしかなかった。コラムをぼんやり読んでいると料理が出てきた。
「テリヤキと、頼むの忘れてたでしょ。はい、水ね。」
「お、ありがと。」
 ヒーマンが出したテリヤキは四角くて白い固形食(ソリッド・ライス)にどす黒いソースがかかっている素っ気ないものだった。ソリッド・ライスは形が残る程度に茹でてあり、スプーンで崩してソースと混ぜながら食う。ヒーマンの出すソリッド・ライスは彼自身が
合成検査をしている、この街でも比較的安心して口に入れられる食べ物だ。ふところに余裕がある時、または仕事の経費が下りる時(今回はこれ)、ココは銀龍でソリッド・ライスを食べた。ソリッド・ライスそのものには大した味はなく、大抵の食堂は調味料で味を競う。銀龍のテリヤキはソースが美味い。少し固めに茹でたソリッド・ライスにソースを絡めてモグモグとやる。普段はさっさと飲み込むが、ネットリとしたソースを味わいながら時間をかけて食べる。食事、これこそ食事って感じだ。
 時間をかけてゆっくりテリヤキを食べ、水を飲んでからタバコに火を付けた。ココが食事をしている間厨房に入っていたヒーマンが様子を見に来た。灰皿に灰を落として仕事の話を始める。
「仕事入ったんだ。そろそろ干されたんじゃないかって思ってたよ。」
ヒーマンが軽く笑う。ココもニヤリと笑う。
「まあね。俺が干されたらヒーマンも困るだろ。」
「何言ってんの。銀龍が大繁盛でさ。合成の仕事は減らそうって思ってんだ。」
「嘘つけよ。俺が食いに来てるから保ってるようなもんだろ、この店。」
「はは、言うね。」
 合成屋のヒーマンはココと似たような立場の下っ端で、冗談を言い合える数少ない仕事仲間だ。ココは今回のターゲットの身体データ、遺伝情報を簡略に伝えた。
「ふーん、致死遺伝子に欠損があるわけでなし、即死は難しそうだな。」
ヒーマンの素っ気ない意見で、そもそもこの女を即死させるわけにはいかない、交友関係を持たなきゃいけないことを思い出した。
「まあ、ね。今回はまあ、即殺の必要はないんだ。うん。」
いつもは殺しの段取りついてヒーマンには伝えない。余計な情報を欲しがらない、渡さないが基本だが今回はある程度話さないと段取りが進まない。気は進まなかったがココはヒーマンに友達云々の条件も話した。
「その女、美人?」
ヒーマンがにやついて聞いてきた。
「さあ、まだ顔も見てないよ。というか45歳の肥満症って言ったよな、俺。なに妄想してやがんだ。」
「んだよ、早くスギダイのとこ行ってこいよ。」
ココはため息をついた。
「今日はもう一回行ってるんだよ。」
 とはいえ近辺でまともにセントラルのネットワークに接続できる端末はスギダイの事務所にしかない。ココはヒーマンにいくつかのタンパク質製剤の在庫確認と、ゼロベースで遺伝子を合成する準備を依頼してそそくさと店を出た。
 
 陰鬱な地下シェルターでため息をつくのをこらえる。本日二回目のスギダイさんだ。
「ふん。どうせ何も考えずに来たんだろう。え?」
 …いきなり怒られた。

       

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