Neetel Inside ニートノベル
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夜の確率
序 及び 第1章 ココの仕事

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 ココ・ザムザールは娼婦とやって、なんとなく落ち込み気味に帰路を歩いていた。
湿気とたぶん有害な微粒子を吸いすぎて恒常性を保てなくなっているのだろう、路面のひび割れから緑色のゼリーがはみ出している。
それを見てると余計に惨めったらしくなった。
娼婦がカナリヤの世話をしていてあまり旅行に行けないと話していたことをぼんやり思い返す。行けなくたっていいさ、カナリヤがいるじゃないかと答えた気がした。
今日の仕事にはうんざりしたから憂さ晴らしと思ったのに全然すっきりしない。明日には娼婦の顔すら忘れてしまうだろう。
家で本でも読んどけばよかった。

 リイナ主任は意気揚々とリニアに乗り込んだ。予感があった。今日飲んだ男は十中八九、私にメールを送ってくる。
仕事がそれなりにできて、顔もそこそこの男。トークもそれなり。いいじゃない。あとは趣味ね。車窓から夜のスラム地区の明かりを眺めながら彼女は考えた。アホはダメ。

第一章
「ココの仕事」
 目の前の生物の脳漿に目をやって、じわりと胃液が遡り始めたの感じた。早くこの場から離れなくちゃならない。。。早く家に帰らなくちゃいけない。いつもよりも手早く、正確に動いているつもりなのに体が重くて仕方がない。
ココはふわりとコートを翻してゆっくり歩き始めた。コートに忍ばせた進化銃(エボルバー)が妙に胸に当たる気がする。
ココはふらつく足で部屋を出てエレベーターに乗った。落ち着け。これ以上は動揺できない、人目がある。降りる前に「いつも」に戻せ。
エレベーターを降りたココは8割方「いつも」に戻っていた。ミチが常々言っていたことも思い出す。ココ、ねえ、ココ。ミチは低い、聞き取りづらい声で話しかける。オレ達の仕事で一番大事なのは機能素材技術(マテテク)の知識でもないし、遺伝子工学(ジェノテク)を応用するセンスでもないのよ。「いつも」と「仕事モード」をさ、クルッと切り替えるの、これが大事なんだから。
 ミチの助言に従い、エキスパートたるココは疲れた目をした少し白髪が多めのサラリーマンに戻っていた。今から会社、頭の中では今日のタスクをどうこなすかボンヤリ考え始めている。そんな男だ。白髪多めの茶色の前髪は眉毛にかかる。少し長めの前髪とは逆に横は短めに刈り上げている。ちょっと流行りの髪型ぐらいは追っているが、それ以上に仕事に追われている哀れで、どこにでもいる一般市民だ。
オフィスへ急ぐ足取りでアオバ・ストリートを歩く。薄黄色の自然に近い、意識して観察しなけば分からない淡い人工の朝日(ドーム最高級の光!)が街道を包み、高級セルマンションからは朗らかな笑い声が聞こえた。笑い声から逃げるように駅を使い、セーフハウスに戻る。中流階級が、ネリマ・セントラルの上流階級のおこぼれにあずかろうと必死な凡人達が暮らすイリマ区がココのセーフタウンだ。
 部屋に入り、ごちゃごちゃと積んである専門書を避けてソファにゆっくり腰掛けた。腰かけたはずみに舞った埃をちょっとだけ眺める。そして懐からゆっくりとエボルバーを取り出し、ミニテーブルに置いた。今はこいつと距離をとりたかった。正直なところ、見るのも嫌だった。目をゆっくり閉じて眠気に誘われるのを待った。しばらく経つと自分がまどろみ始めるのを感じるが、まどろみ始めた途端また覚醒するのを3、4回繰り返した。まどろみ始めると、どうしても早朝に出会った、いや、自分で産み出した怪物を思い出してしまうのだった。
 目をうっすら開けて、静かな光沢を放つエボルバーを一瞥してからココは寝ることを諦めてタバコに火を付けた。今朝の仕事を思い出す。

       

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