Neetel Inside ニートノベル
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夜の確率
1-1. 依頼

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スギダイはココを睨みながら口を開いた。
「お前にゃ向いてねえ。」
「そうかな。」
そっけなく答えたもののスギダイの指摘は的を得ており、はっきり言われると打たれ弱いココの内心はすでに涙ぐんでいた。スギダイ、剛毛の奥から獣じみた眼光を発するココの上役。仕事の斡旋、段取りまで彼がこなし、ココが自身の力で為す部分は3割にも満たない。ミチを失ってからはさらにその傾向にあった。
「お前はあくまでサポート専門で、パートナーがいなきゃ話にならねえ。いくら致死率が高くたってそんなもんだ。そもそも致死率って評価自体がナンセンスだ。殺し屋なんだぞ、俺たちは。」
「他の連中だって失敗くらいするじゃないか。」
心持ち小さな声で反論を試みる。
「ああん?俺が今何言ったか理解できてねえのか?お前、お前がそのちゃちなエボルバーで獲物のドタマに撃ち込んだとする。するとそれだ、致死率ってやつが出てくるわけだ。おい、お前の致死率は何パーセントなんだよ?」
「63パーセント」
芸術的だぜ。ココは胸の中でひとりごちた。
「それだよ。何で頭に撃ち込んでんのに死なねえんだ?他の連中がブラスターで頭に撃ち込んだらくたばるだろうが。その違いが分かんねえか?なあ?理解できるか?」
「いや、分かるよ。俺の失敗と殺し屋の失敗の意味がズレてるって話だろ。」
「いや、だから、やっぱり分かってねえ。お前も他のブラスターしか使えないノータリンも目的は同じだろうが。相手を死体にすることだろうが。だから失敗は相手が生きてることだ。失敗の意味するところはどっちも同じだ。この話、前にもしただろ?」
前にも似たような会話はあり、ココにはこの先の展開が読めてきた。
「やるってことの前提が違うんだ。俺たち殺し屋がやるって言ったらそれは相手をぶち殺すってことだろうが。でもお前は違うだろ。お前がやるって言ったら6割の確率で相手は死にますよ、てなもんだ。占いかよ?それともブードゥー(呪い)か?そんで相手が死ななきゃそんなもんだとしれっとした顔で帰ってきやがる。」
「だってエボルバーはそんなもんだぜ?」
ゴワゴワの毛に包まれた顔がぐしゃりと潰れた、ように見えた。スギダイ独特の「あきれたぜ」の表情だ。
「だってじゃねえんだよ!この野郎。マジでイラつかせやがる!口答えしたかったらコイツ使ってマシな仕事しろ!」
デスクの奥からブラスターが滑り出てきた。護身用ではない、武骨なエナジーチャージャーが剥き出しになった暗殺用のブラスターだ。ココは黙ってブラスターを見つめた。
「今回の仕事はそれを使うのが条件だ。いやなら他に回す。」
予想通りの展開になった。

     

薄暗い地下シェルターを出て地上に戻る階段を登る。ココの足取りは重かった。足はだるいのに昇降機を使う気分にはなれない。
結局のところココは組織の末端で、しみったれた、使いっ走りの、食堂の裏口をうろつく野良犬だった。残飯を漁り、店の人間がきまぐれに投げる汚い肉にヨダレを垂らす。その肉が食いたきゃ、おすわり、ちんちん、クルッと回ってわんと鳴く。そう、結局のところイリマ区の野良犬、ココ・ザムザールは明日の飯代を稼ぐために、その懐に攻殻サイボーグも溶かせる高性能ブラスターを忍ばせるはめになった。スギダイに無理矢理ブラスターを手渡され、(何やらモグモグ文句を言いつつも)それを懐に仕舞い込み、仕事のアドレスが格納されたトークンを受け取った。
ハウスに帰り、デスクのコンピュータにトークンを突き刺した。懐のブラスターはどこに置けば良いのかわからずそのままにしてあった。トークンのアドレスから仕事の情報にアクセスを始めたココのコンピュータがシルシルと摩擦音を立て始める。仕事の仔細がブラウザに表示された。インスタントコーヒーを淹れ、タバコに火を付けてからココはそれを読んだ。
 仕事の内容はなかなかに面倒で、ココに回ってきた理由は納得できた。依頼はある女性を殺してほしいとのことだった。特に殺しの方法に指定はなかったが(ブラスターは完全にスギダイの嫌がらせだ)、交友関係をもち、さらに可能であれば恋愛関係をもってから殺害してほしいとの注文が付けられていた。こういった殺しの手段は問わないが状況だけを希望する依頼は珍しい。恐らく殺し以上に精神的に傷つけてやりたくて、そのうえで最後には殺してやりたいということなんだろう。ターゲットはとんでもない悪女なのか、それとも依頼人が極悪なんだろうな、とココは想像した。殺しを依頼する人間は大抵アホだが、今回の依頼人もご多分に漏れずアホなんだろう。ココはため息をついた。自分と関係ない人間を殺すのに、なんでこんな面倒くさいプロセスを踏まなきゃならないのか。まさに自分でやってくれ、だ。ターゲットと関係をもつことを嫌う殺し屋は多い。特に腕の良い殺し屋ならこんな足がつきそうな仕事は断るだろう。ターゲットと接する時間が短ければ短いほど物理的にも精神的にもミスが減る。どの殺し屋にも断られ、たらい回しにされ、最終的に依頼を断りきれない下っ端まで回ってきたのだろう。今のところココに仕事を回してくれるお人好しはスギダイだけで、彼の依頼をつっぱねると仕事を干される可能性があった。
 そもそもこれのどこが仕事の詳細なんだ。大雑把すぎだろ、交友関係って何だよ。ココはいらつきながらタバコをチリチリ吸いこんだ。コーヒーを飲んで依頼内容を整理する。まずは自分の得意なところから依頼を深掘りしよう。幸運にもスギダイはターゲットの生体情報を入手してくれていたようだった。まずはこのフォルダを開けてみる。
 ちょっと目をすがめた。次に口元がゆるむ。こいつは結構面白いや。そのフォルダに格納されているデータを次々に開きながらココの頭はこの日初めて良い感じに回転し始めた。

       

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Neetsha