Neetel Inside 文芸新都
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自分の会話ペースを作る、タクローはそう決めて目も合わさず毅然と返した。一方、上村は気にも留めず続けた。
「ヤマザキの追っ手だろ?」
「……ヤマザキ?」
タクローは知らない名を突然出され、上村の方をじっと見てしまう。
「俺たちに力を与えてくれたおじさんだよ。たまにそう名乗ってる」
タクローは反応できず眉間にしわを寄せたまま一瞬、固まった。上村は小さく笑みを浮かべ、タクローをゆっくりと指差しながら笑う。
「いきなり馬鹿だね君も!そんな事も知らないなんて、まだ日が浅い新入りってバレちゃったじゃん」
しまった、聞き返すんじゃなかった。黙っていれば良かったんだ。完全に相手のペースになってしまっている。タクローは慌てて仕切り直そうとする。
「んな事はどうでもいい!てめぇ、盗んだデータをどうするつもりなんだ」
上村はジェスチャーを交えながら雄弁に答える。
「欲しがる企業は多いからね。売って大きな金にするつもりさ。業界で圧倒的なシェアを占める上位数社以外に売れば勢力図が一気に変わる。それはそう、革命だよ!古い体質の者ばかりがのさばって既得権益を守ってるだけの現状を変えてやるんだ。弱者に夢を与えるいい話だろう?」
タクローは声を荒げ反論する。
「詭弁、そしてただの建前だ!お前は世の中のためなんかじゃなく、自分の金のために動いてるだけだ。現にデータを盗んだことで多くの人を不幸にしてるじゃねぇか!」
上村はそれもくだらない反論だとばかりに畳み掛ける。
「何を言う!壮大な革命のための些末な犠牲に過ぎないじゃないか。弱者には絶対に到達し得ないチャンスを与えてあげるんだ。一部の巨大な者達にしか出せない答えを教えてあげるんだよ?」
そしてタクローの目を見据える。
「弱者が強者を粉砕する。僕は自分の『力』を使い、こんなビッグバンを世界中で起こす。今回はその試金石ってわけだ」
「根本的にズレてんだよ!犯罪で実現させたってまともな世の中にならねぇよ!なんでてめえのような奴にチームのメンバーがついていくか分からない」
「知略に長けたリーダーは皆信頼するもんだ。必要なのは何でも圧倒的であること」
「…お前はメンバーを信頼してるのか?」
少しの間があり、上村は君の悪い笑みを浮かべた。
「してるさ。完璧な歯車として動き続けるよう教育しているからね」
タクローはぞくっと身震いがした。ある程度同じステージで話をしているつもりだったが、全く違う正義がそこにあった。例えるなら、相手の価値観という形を、力づくで自分の形に整えてやろうと思ったが、触った瞬間の触感が想像し得ない気持ち悪いものだった、そんな悪寒だ。
 上村はタクローの反応に隙を見るや、すかさず身を乗り出し、タクローの喉元にムチのような勢いで右腕を振り下ろした。タクローは電撃のように走る痛みで前かがみになり咳込むが、その行為すら鈍い痛みに変わる。上村は嘲笑いながら「あと数分なんだからさぁ」と言うと、持て余した左腕で鋭いボディブローをねじ込んだ。先程からタクローの背面には背もたれがある為、挟まれて確実に深い攻撃を受ける形となっていた。そのまま気が遠くなりそうになったが、胃からモノが逆流しそうになることでハッとして我に返った。こっちもスピードで応戦しなければならない。タクローは気力で立ち上がろうとするが上村の懐に倒れ込んでしまう。
「くっそ!」
タクローはその情けない体制のまま子供がだだをこねるように両手をバタバタと動かし、なんとか男に攻撃しようとするが、男は軽い掌底でタクローを引き剥がした。走行中の車両とはいえ、かなりの物音を立てているが、この車両は上村が貸し切っているため誰も気付きはしない。
 立ち上がった二人の間に出来た少しの距離を、タクローは飛び込み詰めながら大きなモーションで殴りかかる。上村は余裕の表情でそれをかわすと、タクローの後方に回り込む。
「まだ何とか出来ると思ってんの?……それともただのやけ糞か」
と吐き捨て、タクローが振り返ったその瞬間を狙い、思い切りタクローの顎へ真っ直ぐに伸びるハイキックを突き刺した。

       

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