Neetel Inside 文芸新都
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 上村は車両端まで弾き飛ばされ、壁に全身を打ちつける。……決まったか?タクローにはもうこれ以上追い討ちをかける余力は残っていない。上村は
「冗談言うなよ……。君如きに負けたら大恥なんだ」
と言いながらよろよろと立ち上がった。思いっ切り殴ったはずだったが、本気で人を殴る経験のないタクローは、その瞬間自制心が働き、踏み込みをほんの少し緩めてしまっていたようだ。
「この先の僕の活躍を、指をくわえて見ているんだな」
上村は発車間際の出口へ走る。そして車外に飛び出す……はずだったが、ひとりの男が待ち構えており、無防備な上村に肘打ちを決めた。田宮コウタだった。その後ろにはヤマザキが腕組みして壁にもたれて立っていた。
 ぐったりした上村の頭をポンポンと叩きながらタクローは言った。
「なんだよおっさん、コウタも呼んでたんかよ」
「そのつもりはなかったが、近くにいたようだから連絡しておいた」
コウタは答えた。
「横浜アリーナでやってるお客さんのイベントに顔を出していたんだ」
そういや金曜日にそんな事を言っていたかもしれない。ヤマザキは無表情なのは変わらなかったが、二人を見ながら少し感心したように言った。
「しかし格上の相手に勝つとは立派だ。上村は8倍の力を持つ者だったのだが」
コウタはそれを聞いて驚いた。
「俺は5倍だから……普通に戦ったら負けていたな」
「それだけ鹿野タクローの働きが良かったということだろう」
ボロボロだったが、タクローはまんざらでもない様子だった。
 ヤマザキの説明によると、コウタには上村の半分の力が付与され9倍の力になった。そして更に今回はヤマザキからの依頼のため、特別ボーナスとしてタクローにも今のコウタと同じだけの力が与えられることになった(ヤマザキからの依頼の場合は追加で付与されるものがあるという事だ)。
 もうすぐ降りる予定の駅、東京に着く。上村が目を覚まし、小さい声でヤマザキに聞いた。
「……ヤマザキ、そのメモリーカードはどうするつもりなんだ。お前に正義感なんて物は欠片さえも無いことは知っているぞ。何のために必死に取り返そうとした?」
ヤマザキは沈黙のまま上村を見ていたが、  やがて口を開いた。
「何事もなかったように研究所に戻す。『選ばれた者』の行動にはできるだけ干渉しないがーー世間に目立つ行動をされると色々困る。だから阻止した。以上だ」
新幹線は東京駅のホームに入った。山崎は出口へと向かった。途中、立ち止まり一言付け加えた。
「正義感の欠片もない……か。確か興味は一切ない。だがそれらが君らの行動原理と言うのなら好きにやりたまえ。それが正義だろうが悪だろうが」
去りゆくヤマザキをタクローとコウタはただ呆然と眺めていた。タクローはやるせない気持ちで「なんだよ、それ……」と呟いた。そんな二人に、上村タツミは自分自身にも言い聞かせるように言った。
「ヤマザキはあまり信用するな、とだけ言っておくよ」
コウタには分からなかった。そうも思う一方、ヤマザキの後ろ姿も寂しそうでもあったからだ。

       

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