Neetel Inside 文芸新都
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コウタは回り込むルートを2人に分かるようにざっくり指で示す。
「お、おう。」
タクローは、この同期入社だった男性の冷静ぶりに苦笑いしながらも感心した。この状況においてそんな感想を持つ彼も同様に冷静とも言えるが。
コウタが先頭に立ち2人を手招きしたそのとき、最後尾にいたミキの左腕を、いつの間にか回り込んでいた不審な2人組のうちの屈強な男が力いっぱい掴んだ。ブツブツと何か聞こえない言葉を呟きながら。
ミキは痛みもさることながら驚きと恐怖で
「キャッ!」
と叫ばずにはいられなかった。
「この野郎!」
反射的にタクローが男に殴りかかっ…たものの、ミキから手を離した次の瞬間にはタクローの腕を掴んでおり、掴まれたと気づいた次の瞬間には空に投げ出されていた。片手で軽々と。
その瞬時の所作と怪力に全員が目を疑った。
そのまま本棚に背中から直撃し、本と一緒に投げ出されたタクローは
「イテテ…これはとんでもねー怪力だぜ」
と感じたままを伝えるので精一杯だった。
怪力男は引き続き聞こえない独り言を言いながら不気味な笑顔を浮かべ、人差し指で頬を押し当てながら口角が上がるのを確認し、突然声を上げた。
「見たまえ!これが『選ばれた者』の力なのだ!」
もう一人の痩せ細った男も同調して
「うぉぉ、ヒトを超えた力ですねえ!」
と奇声にも似た甲高い声を店内にとどろかせるのであった。
狂信的なまでに何かに取り憑かれたかのような2人組に、店内の客は異常を感じ取りながらも、度が過ぎるそれには反応できず、自らに降りかからないよう個室に閉じこもるばかりである。
「『選ばれた者』・・さっき言われた言葉だけど」
コウタは二人にだけ聞こえる範囲で話した。
ミキもタクローもその言葉に反応し、3人お互い目を合わせるのだった。


さかのぼるのはほんの1時間前だ。
3人はまとまった仕事の目処も立ち、金曜ということもあり街に繰り出して飲んでいた。
歳も近い3人で同じチームで仕事も行っており仲も良いため、これ自体は普段の光景である。
ミキは「結構飲んじゃったわね」と、少し呂律の回らない口調。
コウタとタクローは散会を促すが、ミキはまだ飲み足りないよう。女性というものは20代後半からアルコールのエンジンがかかり出すのかもしれない。初めて会った頃より明らかに飲みが深くなってきている。タクローの心配は時間的な深さよりも給料日前の懐事情だ。
「つうか、もう金ないんすけど」
コウタも「はは、俺も」と同様のようである。
ミキは考えているのかいないのか、ネガティブな反応にただ反射的に発声しているだけなのか、
「あのねー、普段からちゃんとお金の管理をしないからこんなカワイイ先輩にお誘いいただいたときにカッコ悪いことになるのよ」
と心理的優位位置から話し始める。よく飲む割にミキはたしかにお金に困っていなそうであるから、2人はなにも言い返せない、トホホな気持ちになる。ふと、ミキが何かを見つけたようだ。
「じゃあアレにしようよ、いっぺん行ってみたかったの」
「はあ、ネットカフェですか?」
「なによ、悪い?これなら安くすむでしょ?さっ、行きましょお」
タクローもコウタも、これならたしかに予算も問題ないし、なにより終電の時間もキツそうだし、ミキを放っておくと1人でどこに行くかわからないし、で話に乗ることにした。
ミキは楽しそうにマンガを探している。めぞん一刻のタイトルに反応していることにタクローは「意外とマンガっ子なんすね!」
と意外な一面に少し驚いていた。
コウタは今週の後半の仕事の追い込みも響いたのか少し疲れているようで、アイスコーヒーをコップに注ぎ個室に入りソファチェアに腰を下ろし、タクローが隣の個室でPCのネットをカチャカチャやっている音を聞いているうちにいつの間にか眠りに落ちた。
そのほんの少し後、背後の人の気配でコウタは目を覚ました。タクローかミキが入ったのかと最初は思ったが、振り返ると見知らぬ中年男性が立っていたので一気に目が覚めた。
小太り、というか結構太め。ほぼ無表情を維持しコウタの顔をしげしげと見ていた。一見変質者かと思うが、身なりは無精髭はあるものの小綺麗なニットセーターと綺麗にプリーツの入ったウールパンツを着ており、さらに全体から感じる雰囲気としてはいわゆる「おかしな人」に見えない。不思議であるが。中年男性は呟いた。
「うん、この際、君でいいか」
「は、はあ?」
「キミ、名前は?」
「田宮コウタですが・・」
コウタはそこまで言って自身の警戒レベルメーターの設定をし直した。どう考えてもおかしい人に決まっているじゃないか!
「いや、いや!何なんですかあなたは」

       

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