Neetel Inside ニートノベル
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ボックス・イン・ボックス
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  ■

 土曜日は武器の材料を買い、日曜日はその材料でたくさんの武器を作った。昔、俺の女性恐怖症が限界に達していた頃、具体的には中学生の頃なのだが、女性がたくさんいる学校を爆破してやりたいと思った事があり、爆弾の作り方をネットで調べた事があった。
 まさかそれが役に立つ時が来ようとは……。
 人生って何が起こるか、わかんねえよな。
 ――しかし、作ってみたはいいけれど、これが本当に爆発するのか、不安になった。
「……試してみるか」
 自室を出て、とりあえず一階の庭へ出た。キャッチボールが精一杯の庭。親父は大の運動嫌いなので、やったことないけど。
 手に持った、銀色の細長い爆弾を見つめる。こうして見ると、なかなかカッコいいリレーのバトンみたいに見えるな。
 鉄パイプを電ノコで短く切って、その中に粉末と可燃性ガス、そしてヒモを引き抜くだけで着火するように仕込んだ、スモークグレネードである。
 ……結構、このヒモを仕込むのに相当苦労したのだが、これで火が出なかったり煙が役割を果たさなかったりしたら、俺は明日学校に行かない。
 軽い気持ちでヒモを引き抜き、ポイっと雑草の上に放り投げた。
 そして三秒後、ブシュっと炭酸飲料の蓋を開けた様な音がして、たちまち煙を吹き上げてきた。
「おおっ、やった! 成功だ!」
 ばんざーい、と両手を挙げる。
 だがまあ、俺の家は何も、閑静な郊外にあるというわけじゃない。人通りもそこそこにある、普通の住宅街である。
「火事だぁああぁあッ!!」
「へぁ?」
 外からの声が、俺を現実へと引き戻した。
 徹夜明けのテンションで、バカな事をした。これ冷静に見るとめっちゃ火事やん。
 慌ててアブソリュートを階段上に張り、塀を飛び越え、
「違いますよぉ! これ火事じゃなくって、ちょっと季節外れの焼き芋をしてただけですよぉ!!」
 と、その煙幕が消えてくれるまで、釈明するハメになった。
 ……持続時間はバッチリだ。長すぎるくらい。

 まあ、そんなバカやって月曜日。
 俺はブレザーの至る所にグレネードを隠し持ち、学園へ向かう。と、言っても、俺がやるのは暗殺。
 理想は一撃で白金を無力化すること。
 その為には、まず普通に出席して、人目に姿を晒すわけにもいかない。
 じゃあどうするのか。
 学園の近くまで来たら、人目につかない裏路地へ入り、そこからアブソリュートをビルの上まで階段上に張る。
 そうしたら、それでビルの屋上まで行って、天に向かってもう一度階段を作り、それを登って行き、人がアリくらいのサイズになるほどまで来たら、あとはまっすぐ学園へ向かって、アブソリュートの上を歩いた。
「こっ、こええええええッ!」
 いくら自分のボックスで、限界もなんとなくわかるとはいえ、それでも、下の景色が見える透明な床を歩くのは、すげえ怖い。あと、春だっていうのに寒いし。風もびゅーびゅー吹いてる。
 落ちないように気をつけながら、学園の上へとやってきて、授業が始まるまで、そのまま待機。
 始業のチャイムが鳴り、生徒が誰も外に出ていない事を確認してから、屋上へと降りた。
「……よくやった、アブソリュートよ」
 俺は、カードサイズのアブソリュートを取り出して、涙ながらに頬ずりをした。
 実際考えてから、やってみるまですごい不安だったので、成功したらどっと安堵が押し寄せてくる。
 けれど、こういう『ダメだったら他の事で代用すっか』という事態に限って成功するよなぁ、アブソリュート。
 胸ポケットからメモ帳を取り出し、作戦を練り直す。
 白金の行動は、普通に学校生活をしているだけで嫌でも耳につく。学園最強のボックス保持者で、良すぎる見た目をしているんだ。一挙手一投足が目立つのは無理もない。
 そういうわけで、あいつがどういう風に学園生活を送っているかは、大体察しがつく。

 登校すると、生徒会室にこもりきりになるらしい。教員から、ボックスを調べる為に呼び出される事はあるが、基本的に授業へ出ることはない。
 クラスで、男子生徒が「もっと姿を見せてくれてもいいのになぁー」と言っていたので、間違いない。事実、俺も初日の騒動以来、彼女の姿を見ていないしな。
 何度も、綿密に、白金がどういう行動を取るかを考え、台本を書く。
 あいつの能力、名前は『テスタメント』
 スマホで検索をかけると、どうも『聖なる契約』とか『遺書』とか『証』という意味があるらしい。
 能力名であるという前提を考えると、『聖なる契約』が最もそれっぽいが……。
「聖なる契約、ねえ……?」
 鎖で繋がれた二本の杭。
 そして、聖なる契約という言葉。とはいえ、超能力ボックスだ。契約つっても、おそらく一方的に相手に強いるんだろう。
 杭を刺した相手に、デメリットを一方的に叩きつける。
 考えてみりゃあ、恐ろしい話だ。
 わかりやすく「動けなくする」とかになれば、刺された瞬間負けが決定する。
 それくらいで考えておかなきゃ。
 様々な可能性を考慮していたら、二時間目のチャイムが鳴る。
「……うっし、行くか」
 立ち上がって、校舎の側面を、先ほどみたいにアブソリュートで降り、最初みたいに庇を渡って、白金がいるらしい教室までやってきた。
 家の窓で必死こいて練習したピッキング技術を役立て、アブソリュートを細長い長方形にし、窓の隙間に入れてから、先端を小さく折り曲げ、ロックを外し、引き抜く。
 透明だから気付かれずに済むし、加工も俺の力だから簡単。
 ……俺、どんどんテロリストみたいになってるなぁ。そう思いながらも、気づかれないように窓を開く。もう一度中を確認。
 だだっ広い部屋だ。妙に重たそうな、校長室にならありそうな木製の豪華なデスクに、白い髪の女が座っている。背後だからこちらからは表情が見えないけれど、どうやら白金はいつもみたいに仕事をしているらしい。
 生徒会長ってのも大変だ。
 とにかく、デスク以外は何かファイルをたくさん収納できる棚くらいしかない殺風景な部屋。
 白金以外のトップカーストは、好き好きに過ごしているらしく、そもそも白金に近づける人間があまり居ないとのことで、これくらいの時間が一人なのは把握している。
 懐からスモークグレネードを取り出し、練習通りヒモを引き抜いて、二秒ほど待ってから、室内に放り込んで窓を閉める。
 中から「きゃあッ!」と大声。
 一、二、三……。
 心の中で七秒数える。それが、人間がパニックから状況を把握しようとするのに必要な時間。
 俺は窓を勢いよく開いて、飛び込む。
 状況を把握しようとしている時に、考えさせない為、俺という存在が入ってきたのを、わざとらしく大きな音を出してアピールするのだ。
 アブソリュートを纏わせた拳で、思い切り後頭部を叩く。つもりだったのだが――。
「はじめまして」
「はっ!?」
 煙幕の向こうにいた白金が、俺をばっちり見ていた。
 と、言うより――『白金に変装した女』が俺を見ていた。
 白い髪をしているが、瞳はブラウン。よく見たら、肌の色も白金より日本人寄りだし、そもそも身長とバストサイズが白金よりもでかい。
 椅子に座って背後だから、勘違いしたのか――!?
 思わず急ブレーキをして、バックステップで距離を取る。
「て、めえ……。ナニモンだ」
 彼女は、髪の毛を掴んで、ズルリと引き下ろす。その下からは、茶髪の長い髪が出てきて、彼女はそれを、手首にはめていたヘアゴムで、左のサイドテールを作った。
 活発そうな女だ。こうして見ると、白金とは全く雰囲気が違う。
「ハロー、葛城綾斗くん。私の名前は草下半纏くさかはんてん。よろしくねっ」
 と、投げキッス。
 俺はそれを避けるみたいに首を捻って、「――お前、ここで何やってんだ」と言った。
 変装してまで、ここに居る理由……。
 俺の作戦が、バレている?
 だが、俺がこれを言ったのは、亀島さんくらい――。
 いや、そんなことはどうでもいい。今は、どうでもいい。
 俺がすべき事は、この場から逃げ出す事。奇襲が失敗している以上、深追いするわけにはいかない。
 今度はフラッシュグレネードを取ろうと、ブレザーの内側に手を伸ばすと、草下はまるで風を撫でるみたいに、手を揺らし、「はんてん」と呟いた。
 自分の名前でも呟いたのか?
 そう思ったが、次の瞬間、煙幕が綺麗さっぱり消えたのだ。窓で空気を換気したって、こうはならないはず。
「なん、だ……?」
 こうも不確定要素が重なりすぎては、マジで逃げなくてはヤバイ。
 グレネードを引き抜いて、投げようとした瞬間、草下が一歩踏み出し、俺に近づいてきた。
 よくわからねえが、こいつに触れられるのはマズイ。触れたらなんとかなる系の能力は、これだから恐ろしい。
 さっきしようとした様に、俺は右拳を彼女の鳩尾に向かって放ったが、それを躱されてしまい、背後に回られる。
「やべっ――」
 俺の言葉に一切反応せず、彼女は、俺の背にしなだれかかってくる。
「ひっ、ひゃあぁああああッ!! さわっ、触るな、触るなぁ!?」
 ブツブツと、肌に蕁麻疹が出てくる。胃の中身がグルグルと回って、とにかく、ありとあらゆる方法で不快感を訴えかけてくる。早く、早く離さないと、気絶してしまう。
「ふふふ……っ。女性恐怖症って、本当みたいね……」
 耳元で、草下の声がする。息が耳にかかって、本当に気色が悪かった。
「まあ、だからこそ、私が刺客に選ばれたわけなんだけど……。葛城くんって、どうやって性欲とか処理してんの?」
「やめろぉ……! は、離せぇ……!」
「……えいっ」
 そんな掛け声で、彼女はなぜか、俺の股間を触った。
 触ったっていうか、掴んだ。
「どこ掴んでんだテメェーッ!?」
 裏声で叫び、そして、それを最後にぶつりと意識が途切れた。
 痴女ってのが、一番苦手なタイプ。そう悟った。普通の男が好きな物が、俺は大の苦手なのだ。

  ■

 頭の中で、誰かが鐘を撞くみたいにみたいな頭痛がして、目が覚めた。
「……いってぇ」
 起き上がって、周囲を見渡す。先ほど侵入した、生徒会長室で間違いはないようだ。時間は――ケータイを開いて確認すると――三時間目が始まってすぐってところか。
 つまり、一時間は寝ていたらしい。
 立ち上がりながら、「二日酔いってこんな感じになるのかな」なんて思いつつ、その部屋から出た。
「くそう……。簡単に済むとは思ってなかったが、しかし、これはあっけなさすぎる……」
 トボトボ肩を落としながら、自分の教室へ向かって歩いて行く。すっげえ具合悪い。やっぱり、さっき草下に股間がっつり握られたのが効いてるんだろう。なんて下品な事しやがる。普通にトラウマモンだわ。
 亀島さんにも、スパイ容疑を問いたださなくっちゃあならないし、憂鬱だなぁ。
 あんまり教室に入りたくないなぁ、なんて思いながら、俺は、後ろ側の扉を開いて、「すいませーん、遅刻しましたぁー」と気楽に言ってみせた。
 どうやら、今は麻生先生の授業中らしく、何故かぼんやりと俺を見つめてくる。……なんだろう?
 怒っている、ってんでもないし。
 っていうか、みんながこっち見てないかぁ?
「……なんだってんだ」
 俺は、自分の席に腰を下ろした。
 振り返って怪訝そうにこっちを見ている亀島さんと目が合う。
「あのぉ……。そこは、今日は休んでますけど、葛城綾斗くんの席で……。というか、えと、あなたはそもそも、ここのクラスじゃないんじゃ……」
「なに言ってんの亀島さん。俺がその葛城綾斗なんだけど。――ってか、そうだ亀島さんよぉ、亀島さんが裏切り者なんじゃないかって疑惑が俺の中にあるんだけど、そこら辺はどう答えるつもりで?」
「ええ? あの、えと……」
 亀島さんの、というか、周囲の目があからさまにおかしくなる。まるで、俺がまったく別の人間に見えているみたいに。
「……そもそも、『性別』がまるで違うんじゃ」
「せい、べつ?」
 その一言で、俺は、あるべきものが無い事に、あってはならない物が存在している事に、気がついた。
 胸を触れば、膨らんでいる。
 股間を触れば、なんにもない。
「あ、ブフッ……」口から血が出た。
「きゃぁあッ!?」亀島さんの叫びを筆頭に、周囲のクラスメートが叫んで、阿鼻叫喚の地獄へと変貌した。
「お、俺、俺が、お、おお、女に、なってる……!?」
 自分とはいえ、女のおっぱいに、そして、股間に触れてしまった。
 体の中で、もっとも女性的な部分に触れてしまったのだ。
 体が女になっても、俺が女性恐怖症である事は変わらないらしい。自分の鮮血で汚れた机に吸い込まれるように、俺はまた気絶した。
 こんだけ短期間に何回も気絶していると、なんだか健康被害がありそうな気がする。

       

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Neetsha