Neetel Inside ニートノベル
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  ■

「あっ、あ、あの、なんでこんなとこ通るんですか……?」
 俺の後ろを進んでいる亀島さんが、泣きそうな声を上げる。
「いや、なんでってうのは、まあわかってるんです……。見つからない為、ですよね……? でもだからって、こんなとこ通らなくてもぉー……っ」
 俺と、そして亀島さんは、ひさしの上にある庇を、四つん這いで通っていた。日除けと雨除けの、小型の屋根みたいなものである。ちょっと体が右にずれたら、俺達は死ぬ。っていうか、多分ちょっと立ち上がっただけで、室内の暴徒共に殺される。このちょうど真中を通る事は、命の綱渡りと同義なのである。
「校舎の中を突っ走るより、確実に危険度は少ないからいいんだよ。それに、できりゃ戦いたくないし」
 戦いとなると、どーしてもボックス保持者の(まあ俺もなんだけどさ、使えないしさ)亀島さんが出張る事になる。女の子は戦わせられないよ! なんて言えるほど、俺は女性が弱いと思えないので、別に女性が戦う事くらい、俺はどーでもいい。
 戦いたくない理由としては、二つ。
 まずは、亀島さんの実力を俺が知らないので、どの程度無茶ができるかさっぱりわからない事。強そうには見えないし、さっきのアレも奇襲だったから成功したと思う事にしている。そういうパターンはできるだけ多くサンプルがほしい。
 もう一つ、今回の勝利条件が逃げ切る事というのが関係する。
 戦闘に入った時点で、誰しもが半分負けになる。逃げ切るだけでいいというなら、わざわざ戦闘をして勝つ確率を下げることもない。
「平和主義者なんですねぇ……」
 関心したような後ろの声。
 ……別に平和主義者じゃまるでないけど、それが亀島さんのお好みに合うなら、それでいいや。仲良くやっていきましょ。
「あ、葛城さん。ここですよ」
 と、亀島さんは一つの窓を指さす。俺達はその窓の下に位置取る。
「亀島さん、鏡持ってない?」
「あ、はい」
 亀島さんは、ブレザーのポケットからコンパクトを取り出し、俺に渡してくれた。
 それを開いて、鏡で室内を覗きこむ。うむ、誰もいないらしい。窓を触って、横にスライドさせる。よかった、開いてた。開いてなかったら、窓を叩き割るしかなかったしな。
 開いた窓から入り込み、やっと両足で地面を踏みしめる事ができた。
「……にしても、葛城さん、なんで武器を得るのに、理科室なんですか?」
 そう、亀島さんに案内されたここは、理科室である。薬品棚とか水道とか、俺の前いた学校とそう大差ない理科室だ。
「体育館に行けば、竹刀とか――」
「まあ、いろいろ理由はあるんだけど、まず一つ。俺は剣道の経験がない。選択科目も、剣道じゃなくて柔道だったし」
 前の学校では、剣道か柔道を選択して、どっちかだけ学べる授業があったのだ。
「そしてもう一つ。真剣なら威嚇になるかもしれないけど、竹刀じゃその役目さえ果たせそうにない」
 さっき、俺に最初に襲いかかってきた男は、剣を出現させるボックスを持っていた。あれを相手に、竹刀で応戦できるとは思えないし、向こうだって「竹刀ってお前」なリアクションになるだけだろう。
「その点、理科室には、兵器がたくさんある」
 俺は、薬品棚に近寄り、品揃えを確認する。うむ、とりあえず迎撃くらいはできるだろう。
「えーと、これもあるし、あれもある――」
 とりあえず、お目当ての物は作れるな。
 俺がてきぱきと準備する横で、亀島さんが「えーと……なにしてるんですか?」と、俺の手元を覗きこむ。
「殺傷力ゼロの、お手軽爆弾を作成中」
「ば、爆弾、ですか? でも、それなら私のサイコウェポンでも――」
「いや、できれば使いたくない」
「どうしてです?」
「亀島さんのサイコウェポン、バズーカだけしか出せない?」
「……いえ、一応、銃なら一通り」
「消音性に長ける武器は?」
「……ないですね」
「音はできるだけ出したくない。目立ったら終わりだしね」
 サイコウェポンの音は、確実に遠くまで響くはずだ。そうなれば、俺がここに居ると宣伝している様な物。戦力に圧倒的差がある以上、俺達がするのは、ゲリラ戦。隠密、奇襲、それが最も大事になってくる。
 と、その時、廊下から足音が聞こえてきた。
 どうやら誰か来たらしい。
 俺は小声で
「亀島さん、隠れて。あ、入ってきたのが女の子だったら、サイコウェポンで頼む。俺には倒せないから」
「あ、はい」
 亀島さんは、適当な机の陰に隠れた。
 俺も、相手が入ってくるだろう扉の近くにある机に隠れ、タイミングを見計らって、手に持っていたタッパーを放り投げた。
 扉が、開く。
 入ってきたのは、一人の男子生徒。
 よかった、男か。
 彼は、きょろきょろと理科室を見回す。
「んー、ここにゃいねえかな?」
 と、一歩踏みだす。
 その瞬間、彼の足元にあったタッパーの蓋が、破裂する勢いで開き、パンッ! と大きな音が鳴った。
「うぉッ!? なんだ!」
 男が驚いたのを確認した瞬間、俺は机から飛び出し、素早く腕を取って、三角絞めに移行した。
「う、う、ぐぉ――!?」
 苦しみながら、膝を落とす男子生徒。それから、一〇秒ほど。
 眠りにつくように、男子生徒は倒れた。手を離して、瞼を持ち上げ眼球を覗きこむ。白目向いてるし、素人判断だが、気絶しているだろう。
 俺は実権に使う用だろう、ガムテープを懐から取り出し、男を縛り上げた。
 ボックスを持たない俺が、ボックス保持者と渡り合う方法。
 それは、使う前に殺す(殺してないけど)!
「す、すごい手際っ」
 出てきた亀島さんが、音を出さないように拍手していた。
「っていうか、あのタッパー、なんですか?」
「中に液体窒素が入ってたんだよ。冷やされた空気が温まって膨張して、ボンってわけ。昔、テレビで見たんだ。お手製スタングレネード」
「あの絞め技は?」
「柔道で習った」
 俺って結構記憶力いいからねっ!
 と、胸を張って見せるも、亀島さんはなんと言っていいのかわからなかったらしく、「す、すごいですね」の一言。
「でも、あれって一人で行動してる相手にしか効かないんじゃ……?」
 亀島さん、鋭い。
 俺の作ったお手製爆弾は、音というわかりやすい情報を相手に叩きつけ、近くに脅威があると思わせ、驚かすから隙が生まれる。
 だが、その程度の音、数人いれば驚かない。驚いても、それは一人の時より格段に少ない。
 それに、俺は数人の人間を一瞬で気絶させる術なんて持ってない。
「複数人で来た時は、しょうがない。サイコウェポンで撃ち抜いちゃって。それから大急ぎで逃げる」
 頷く亀島さん。
「とりあえず、ここを拠点に、後――」
 腕時計を見る俺。
「――三〇分くらい、持ちこたえればいいんだな」
「なんか、結構楽勝っぽいですね? 私、もしかしていらなかったり……」
 しょんぼりと肩を落とす亀島さん。俺は慌てて、
「いや、亀島さんは切り札だからさっ」とフォローを入れる。
「そ、そうですよねっ。いま、ボックスが使えるのは、私だけですもんね」
「そうそう。俺ってまだ、無能力だからさ。ボックス保持者の亀島さんがいてくれるのは心強いって」
「で、ですよね!」
 うーむ。亀島さん、俺が言うのもなんだが、単純だなぁ……。
「じゃ、この調子で、持ちこたえよう!」
「おーっ!」
 ゲリラしてるんだから、大声出したくはないが、しかし指揮を高めるには大きな声が一番。とりあえず静かにしよう。
 俺達は再び、元の位置に隠れた。
 このまま来ないでくれたらいいんだけどなー、なんて思うが、まあそんな甘い話もあるまい。
 廊下から一つの足音がして、俺は息を気持ち抑える。
 気配を消さねば、この作戦は成功しない。
 ガラリ、と、扉が開く。
 このタイミングだ! と、俺はお手製スタングレネードを放り投げた。
 しかし、何故か爆発しない。
「……あれ? 何これ」
 入ってきた男子生徒が、俺のスタングレネードを拾い上げる。そのまま爆発してくれたらよかったのだが、タイミングを外れても爆発していないのだ。普通に開けられてしまい、中の液体を確認され、放り捨てられる。
 男子生徒は、何故か髪を深緑に染めていた。長い襟足をゴムでまとめており、力のない、死んだ魚の様なタレ目。針金みたいに細い手足と、妙に高い身長。覇気とか、そういうモノと無縁な感じ。
 普通に、奇襲をかければ勝てるか、と思わなくもなかったが、しかし――相手はボックス保持者。どういうものを持っているか、見極めるまで行動を起こすのは早計と言える。
 頑張れ俺。
「めんどくさいなぁ……。あぶり出しかなぁ」
 そう言った男子生徒の手に、何か、透明な槍みたいな物が握られていた。煙の様にモヤが舞っている。おそらく、氷?
 氷の、槍?
「『アイスエンド』」
「葛城さん、逃げてっ!」
 唐突に、亀島さんが、両腕をサブマシンガンにして、机から飛び出した。
 そして、弾丸を槍の生徒に向けて連射。
 男が、何かをする前に、無数の弾丸が、男を射抜いたはずだった。しかし、その弾丸が当たった場所が凍っていて、弾丸が肌に届いていなかった。
「亀島じゃん。……ってことは、当たりか」
 亀島さんだけ敵に発見されて、俺は隠れっぱなしってのも嫌だったので、立ち上がって机の陰から出る。
「うっす。葛城綾斗。俺は蒼海茶介あおうみさすけ。お前と同じクラス、よろしく」
 ――そうか、こいつの姿を見た瞬間、亀島さんが飛び出して、いきなり打ち出したのが、なんでかわかった。能力の厄介さを知っていたからか。
「そうか。蒼海か――」
「茶介、でいいぞ」
「なら、俺も綾斗でいいぞ」
 睨み合う俺達。
 そして、何故か亀島さんが「えっ、私の時そういうのなかった」とか言っている。ちょっと今はいいからそういうの。
「蒼海くんは、こういうの参加しないと思ってた」
 両手のマシンガンを構えたまま、亀島さんは警戒を解かずに言った。
「望んだ報酬がもらえるって言ったろ。トップにいる武蔵野さんに認められれば、カーストを上げてもらって、授業を受けなくてオッケーになる」
「そんなわけないだろ」
「……なるほど、蒼海くんらしい理由ですね」
「え、なに納得してんの!?」
 学校で授業サボっていい理由があるわけないだろ。
 この二人、合わせてなにバカ言ってんだか、と思っていたのだが、なんか二人共真面目な表情をしているので、俺は「え、マジ?」と亀島さんを見た。
「――さっき、この学校だとカーストがあるって言いましたよね? トップ付近にいる学生は、授業などに出なくても単位がもらえるシステムになってるんです」
「ずるくね?」
「だから、みんなトップカーストになりたいんですよ。多分、いま葛城さんを捕まえようとしている大体の人は、武蔵野さんにカーストを引き上げてもらうのが目的だと思います」
「ふーん……」
 それなら俺もカースト上げてもらいたい。授業受けなくていいとか最高じゃん?
「んまあ、そういうわけで。俺の楽ぅーな人生の為に、捕まってくれると助かるんだけど」
「そうはいかない。武蔵野白金に捕まって、何されるかわからない以上は、絶対に嫌だ」
「――あっそ。んじゃあ、実力でついてきてもらうしかないね」
 そう言って、茶介は地面に氷の槍を突き刺す。すると、まるで急速に根を張る木の様に、氷の脈が地面を伝わっていき、ドアを凍らせ、地面すらも凍らせ、つまるところ、理科室をあっという間に冷凍庫の中みたいに氷の世界へと変えてしまった。
「これで、誰も中に入ってこれない。そして、キミも、もう逃げられない」
 足元を見れば、俺の両足が、足首まで凍っていた。地面に張り付いて動けない。まずっ、まずいぞこれ!
 槍をくるくると回し、近寄ってくる茶介。俺の脳みそがフル回転しているのがわかったけれど、しかし、それでもどうしていいかさっぱりわからなかった。

       

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