Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 プシュー、という、空気が抜けるような音がして、周囲が白い空間に戻っていく。そして、「だ、大丈夫ですか葛城さん!」と亀島さんが駆け寄ってきた。
 白い空間になると、さっきまで見えなかった観戦用の窓から、白衣を着た大人が数人こちらを覗きこんでいるのが見えた。何かを手元のバインダーにメモっている。俺の能力の有用性でも確かめてやがんのか?
 まさか成績に関わってくるとか言わないよね……。
 嫌だぞ、異能バトルが下手だったからって大学への推薦が取れないとか言われても。
「くそぅ……。腹がいてぇ……」
「すっ、すいません……。アブソリュートの防御性能が、あんなに低いとは思わなくって……」
「亀島さん、それ俺の事ディスってるって言葉にする前に気づいてよ」
 テンション上がってたからなぁ……。
 こんな紙防御力だって知ってたら、アブソリュートなんて名付けなかったよ。障子紙って名づけたよ。
「ちょっとその防御力は、問題じゃないですか?」
「……人間に、なんで脳みそがあるか、知ってるかい」
「……え、っと」
 なんでだか考えている亀島さんを見ながら、立ち上がる俺。そして、できるだけキメ顔を作って、顎をさすりながら言った。
「知恵を使う為だよ」
「はぁ……」
 明らかに亀島さんは、困っていた。たしかに言い方こそふざけていたが、俺はわりと本気でこう思っているし、ボックスを持ち替えられないのであれば、これで頑張るっきゃないのである。
 工夫して、なんとか使える様にしなくっちゃならない。

  ■

 俺が生きる道は、アブソリュートの使い方で開けてくると言っても過言ではないだろう。
「んー……。あーでもない、こーでもない……」
 教室に戻り、俺は授業中、左手にカードサイズのアブソリュートを出し、それを触りながら、ノートにいろいろ書き込んでいた。自分が考える、アブソリュートの有効利用法である。
 ……カードサイズだと、まんまスリーブに見えるのがすごく悲しい。
「なにやってんだ、葛城」
「んあ?」
 見ると、茶介がやってきていた。手には、菓子パンが二つほど。どうやら、俺が気づかない内に、昼休みになっていたらしい。
「あれ、もうこんな時間かよ」
「……気づかなかったのか? さっきっから、亀島が「友達と一緒にご飯食べてくる」って、声かけてたろ。結局、気づかないお前に業を煮やして、行っちまったが」
「あ、そう……。悪いことしちゃったな」
「で、俺は約束を守りに、飯を食いに来たんだよ」
 そう言って、茶介は亀島さんの席に腰を下ろした。俺も、机にかけてあった鞄から弁当を取り出し、二人で食事を始める。
「お前、自分のボックスに不満持った事ない?」
 俺は、母特製の玉子焼きを食べて、茶介に訊いてみた。こいつの能力は、氷を操る『アイスエンド』だったっけ? 便利そうな能力だよなぁ。不満なんてなさそう。
「あるよ、不満」
「えっ、マジで?」
「あぁ」言って、茶介は握手を求めるように、俺へと手を差し出してきた。なんだろう、と思って、その手を掴むと、俺は一瞬で、慌てて手を引っ込めた。
「つっ、冷たっ」
 茶介の手は、まるで氷みたいに冷たかった。凍死したての死体を思わせる。――触ったことないけど。
「俺も詳しい事は知らないけど、理屈的には、大気中の水分を集めて、俺の体温で凍らしてるらしいんだよ。だから、体温がすっげえ低くなっちまってさ」
「へぇ……」
 そういう、体質に出るデメリットもあるのか……。俺の場合、日常生活にはあんまりデメリットないもんな。
「別に気にしちゃいないが、猫舌になった事と、暑さに弱くなった事は、ちょっと残念だな」
 そう言いながら、さっきまで俺が書いていたノートを勝手に開く茶介。別にいいけど、ちょっと許可取る素振りを見せてよ。
「防御力が弱いバリアとか聞いたことねえよ。ウケる」
「ウケてんじゃねえよ、人の異能力とっ捕まえて!」
「そういやぁ、俺に勝った時も、バリアの能力っつぅか……」
「言うなって。一応、目覚めなきゃ勝ってないんだから……」
 ゴリ押しもいいとこである。ゲームだったら隣で見学してる友達に「倒したけどゲーム下手くそじゃね?」と言われるタイプのプレイングに近い。
「お前、能力使わない方がいいんじゃねえか?」
「そんなん無理だわ。どうやって、ボックス使わないで、ボックス使いと渡り合うんだよ。逃げるだけならできるかもしれんけど……」
 そうはいうが、発信機に似た力のボックスを持ってるやつとかいたら、逃げ切れないし、やっぱり俺のボックスを上手く使って、相手を叩く事を考えないと。
「防御なら、俺のアイスエンドもできるしな……」
「で、でも、アブソリュートは発動速度も早いし、枚数制限とかもないじゃん?」
「そこはメリットだと思うが……」
 俺だったら匙投げるわ、と言い張る茶介。ボックスをバカにされるのって、なんか「なんでお前そんなに運動できないの?」とか、そういう身体能力的な事をバカにされてる感があって、ちょっとカチンと来るな。
「割られても割られても負けない。そんな強さが、俺のアブソリュートにはあるんだよ」
「……そんなんじゃ、俺の中の最弱認定は覆らないぞ」
「うるせー! 俺に負けてるくせによぉ!」
「それが納得いかねえんだよな。もっかいやれば、俺が勝つ」
「もうやだよお前とやんの!」
 俺もそう思うもん!!
 勝てたのはまるまる運。言わないけど、俺はそう思っている。多分、茶介もそう思っているけど。
「……そういや、茶介って、学園カースト、どんくらいなんだ?」
「ど真ん中、ってところか。普通に友達もいるし、狙えば彼女もできる、くらいな感じ」
「――え、彼女云々も、カースト関係してくるのか?」
「当たり前だろ。カーストが最底辺のヤツと付き合って、メリットがあんのか?」
「えぇ……っ。メリットとかで考えるの……?」
 茶介は、頭を軽く掻きながら、「お前、ほんとにバカだな」とめっちゃ失礼な事を言ってきた。温厚な俺じゃなかったら怒ってるからね、マジで。
「そうだな、例えば、お前の彼女がカースト最底辺だとしよう」
「ふんふん」
「まあ、最底辺だと、いろいろトラブルがある。能力が弱いから、ボックスを試したい連中には狙われやすいんだよ」
「サバンナみてえな学校だな」
「彼女がそんな目にあったら、お前、守るだろ?」
「当たり前だろ。つうか、彼女じゃなくても、そういうのは気に食わない」
「ま、そういうトラブルに巻き込まれやすい、ってことさ。俺は面倒臭いのが嫌いだから、特に、カースト最低辺とは関わり合いになりたくねえ」
「ってことは、俺ってまだ最低辺じゃねえんだ?」
「まあ……、武蔵野さんから目をつけられてるってのもあるし、そうだな、クラスで浮き気味、くらいだろ」
 あくまで主観だからな、と付け足す茶介。俺って茶介から見たら、クラスで浮いてるのかよ、と言いたかったが、実際茶介と亀島さんしか話し相手いないし、まだ浮いてるんだろう。
「言っとくが、俺はお前が最低に落ちたら、助けねえぞ」
「ひっでえー。もう友達じゃん、助けてくれよぅ」
「アホ抜かせ。俺が、お前を襲った理由忘れたか? 楽な学園生活を送る為だ」
 そう言われて、俺は思い出した。確かに茶介は初対面時、『武蔵野さんに認められて、カーストを引き上げてもらい、授業を免除してもらうことだ』と言っていた。
 菓子パンを食べ終わった茶介を見ながら、俺は、カースト上位ってどういう生活送ってるんだろう? と気になった。
「なぁ、カースト上位者、白金とか、そこに近い人間って、どういう学園生活なんだ?」
「……大抵の場合、能力が強い連中が集まってる。こういうやつらは、学校から贔屓されてるからな。ボックス研究に協力するかわりに、授業免除。出てもいいし、出なくてもいい」
 それは前に聞いたな。それだけで、ずいぶん羨ましいが。
「そして、学校から補助金が出る」
「はぁ!?」
 机を蹴っ飛ばす勢いで立ち上がる俺。茶介は鬱陶しそうに目を細め、周囲も俺を見てきたので、みんなに頭を下げて、小声で「か、金もらえんの?」
「あぁ。まあ、これはカースト上位者の中でも、能力の希少性がA評価なやつだけの特権だけど」
 確か、白金はA評価だっけ。くそったれ。あいつの家、金持ちなんだろうが。なのに、さらに金入ってくるとかずるいな。やっぱり金持ちは金運がマックスなのか?
「お前のボックス、希少性評価いくつだった。ちなみに、俺はBだ」
 特に自慢するでもなく、ただ口に出す茶介。だが、さすがにAに届かないという悔しさはあるらしく、「ふん」と鼻を鳴らしていた。
「俺はCだったかな」
「普通、くらいか。まあ、防御能力事態、無いわけじゃないからな。――防御性能が最低ランク、ってのが、多少プラス評価になってるくさいが」
「ちぇっ。じゃあ、俺は補助金諦めるしかないか……」
「目的変わってんじゃねえか」
 あーあ。金がありゃ、あのゲームもこの漫画も買えたのに。
 学校から金もらえて、しかも単位まで何しなくても出るとか、憧れるなぁ。
 いかん、どんどん「俺のボックスがRPGの勇者レベルに秘めた力とかあったらな」なんて考えてきちゃう。そんな意味の無い事を考えてもしかたない。防御性能のないバリア、それが俺の力なんだから、とにかく、そのカードを使える状況を見つけ出さなくちゃ。

  ■

 とにかく、俺が勝つには、ボックスだけじゃない。
 戦いの事を知る必要がある。戦いとは、つまり、その場その場に適した動きができること。つまり、臨機応変。そして、体の使い方を知る事、格闘技である。
 なぜそんな事に思い至ったか、というと、以前追い掛け回された時のことが大きい。茶介相手には通じなかったけれど、一応一人はボックス保持者を倒せているわけだし、通じる相手に通じるというのならば、学んでおいて損はない。
 こんなダルい事、前の学校だったら絶対に考えなかった。
 うぅむ。勉強しよう、って気にさせるのは、なんだか優秀な教育機関なんじゃね? って気がしてきた。そんなわけないけど。
 そんなわけで放課後、俺は一人、図書室にいた。
 どうやら、ここはあまり使われない教室らしく、司書係のお姉さんと、数人の生徒がいるだけだった。
 そう言いつつ、俺もあんまり図書室って入った事ないんだよなぁ。小学校の頃に、手塚治虫の漫画を読みに来た時以来か。
 俺は格闘技の本を取り、読もうとする。のだが。
「んっ――?」
 本の背表紙に指を引っ掛け、引き抜こうとするのだが、取れない。まるで、きっつきつに本を詰めてしまったみたいに、抜き取れない。
「なんだぁ?」
 本棚の数がそう簡単に増やせないってのはわかるが、貸し出されない本は裏にしまっておくとかできるだろ。なんだってこんなキツキツなんだ。本も痛むし、よくないと思うが……。
 抜こうと躍起になるも、全然抜けない。諦めて他の本を探そうと思ったら、突然「そこのお方」と、声をかけられた。
 声がした方へ振り向くと、そこには、頭にでかい赤いリボンを巻いた、長い金髪に毛先のカール(ドリル?)という、なんともド派手で、正直神経を疑う頭の女が立っていた。
 青い目をしているので、金髪が地毛なんだろうな、と察する事はできた。欧米人……なのかはともかく、高い鼻と細い顎。そして、なんともでかい胸。制服が浮いてる気さえするぞ。
「どうかなさいました?」
「ん、いや、本が取れないだけなんで、気にしないでください」
 俺は、この本を諦めようとした。すると、彼女は「そうですか。それでは」と言って、本棚の陰へと消えていった。
 困ってると思って、声かけてくれたんかな?
 まあ、そんなに絶対読みたい本ってわけじゃないし、他の本を探すつもりだから、そんなに困ってるってわけじゃないんだけどね。
 でもま、最後に一回、チャレンジするかと、もう一度背表紙に指を引っ掛けた。すると、拍子抜けするくらい、あっさり抜けて、本がバタンと音を立てて、床に落ちた。
「……あれ?」
 なんでだろ? 俺の気のせいだったのか? あんなにキツキツだったのが?
 いろいろ思う所はあったが、俺はとりあえず、本を拾おうと屈む。すると、本が何かに引っ張られたみたいに、スッと俺の手を避けた。もう一度手を伸ばすと、やっぱり逃げる。しかも、三〇センチくらいがっつり動いた。
 とりあえず、もう一度拾おうとして、一歩踏み出したのだが、その時に躓いてしまい、俺は盛大にコケた。
「イッテ……。何に躓いたんだ?」
 倒れたまま、足元を見るけれど、そこには何もなかった。俺は何に躓いたんだ……?
 そう思っていたら、今度は本棚に収まっていた本が数冊、勝手に本棚から抜け出し、ゆらゆらと蝶の様に本棚のページを羽ばたかせていた。
「なっ、なんだぁ!?」
 バサッ、と、ページが空を叩く音がして、その本達が、一斉に俺へと向かってきた。さすがの俺も、これが幽霊だとは、もう思わない。
 新しいボックス保持者が、俺を襲いに来やがったんだ。

       

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