Neetel Inside 文芸新都
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LOWSOUND 十字路の虹
31 High Conductor Moreau

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 次の仕事を探そうとマリアは大学の食堂で求人誌を捲っていた。倉庫や引越し、〈牙無し虎〉の討伐など高給な仕事もあったがきつそうなので選択肢から除外する。コンビニの夜勤。近いのでいいな、と思ったが、良く見ると最寄の店だ。それでは普段買い物をする場所がなくなってしまう。
 やがて良さそうなのを見つけた。〈代理人〉を探し、その情報を報告する仕事だ。これなら危険はない。
 〈代理人〉は亜人種のひとつで、このカテゴリの大部分を担当する密偵集団〈鏡割り〉や〈無貌公団〉が相手をする危険な亜人と違い、社会に溶け込むため役割を得た種族だ。
 彼らとどんな取引があったのか分からないが、「いなくてはいけない人物」が欠けた場合、その代役として彼らに一肌脱いでもらうことになる。この場合の「いなくてはならない」とは、社会的に重要な人物というわけではなく、都市の秩序維持に必要な、魔術的・呪術的なパーツとしての生活を送っている人物だ。それが何を意味するのか、マリアも他のほとんどの市民も知らない。ただ、蝶のはばたきが離れた地で嵐になるとか、風が吹くと桶屋が儲かるとか、そういった相関関係を分析するギルドが古くから存在し、その下請けとして多くの会社が成り立っていることは知っていた。
 内陸方面に電車で三駅行ったところに〈波状機構〉ロウサウンド支部はあった。病院のような建物で、壁も床も真っ白く異様な感じがした。広く、白い廊下の両脇には、同じく真っ白な扉が並んでいて、そのすべてに灰色の数字が書かれている。七号室で面接、と電話で言われていたマリアはそこを目指してひたすら進んだ。目的の扉を見つけてノックすると、低い声で「どうぞ」と言われた。
 中へ入ると、四十歳ほどの男性がいた。山羊髭を伸ばした、鋭い眼の持ち主で、白いローブを着ており、かなり古めかしい時代の魔導師じみていた。
「こんにちは。マリア・アーミティッジさんですね? わたしはこの支部の上等祭官のモローといいます」
 マリアは、大抵の魔物狩り組織で「なんとか長」と言った場合、コンビニやスーパーのシフトリーダーから店長クラスであるという、漠然とした認識を持っていたが、この〈上等祭官〉というのはそれより偉そうで、よく分からなかった。少なくとも実働部隊の指揮官よりは上そうだし、商社の人事担当といったところだろうか。
 履歴書を渡し、またお決まりの質問のあと、「我々は帝国の維持において非常に重要な役割を果たしている」という理念の説明があった。「皇帝陛下より賜りし使命」というフレーズもあり、これは帝国西部の業者にしては珍しいな、とマリアは思った。帝都から遠い上に、歴史的に見れば西海岸の都市を築いたのは、曙光の年代にアンゼリカ一世に追い立てられた、エリク遁走王とその血族や騎士団だ。併合されてからも帝国への帰属意識は高くはなく、何度も内乱の火種となり、そのたびに鎮圧されてきた場所だ。デリス風の名だがあるいはモローは、帝都からの出向かもしれないな、と推測できた。そして己の仕事に誇りを持っている。マリアや、他の大部分のパートタイマーとは正反対の意識だ。
 その後、合格の電話があり、上等祭官氏の言うところの「誇り高い仕事」にマリアは週三回入ることとなった。

       

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