Neetel Inside 文芸新都
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LOWSOUND 十字路の虹
11:Spray Gunners

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 マリア・アーミティッジの実家は都市の外れ、海から遠い、盆地の外縁に当たる場所だった。大学に通うには遠すぎるので、港近くの花壇街へ入学と同時に越してきた。仕送りの額は、粗食と、驚くほど安い家賃を鑑みれば十分だったが、暇な時間も多いし、たまには運動をしたほうがいいと考えアルバイトをすることにした。求人情報誌を手に入れ、「初心者にも簡単」という駆除の仕事を探した。やはり大ナメクジやマッチ蟻の募集が多かった。吸血鬼関連の探偵社〈黎明党〉の事務作業や、〈スパイスマン〉や〈晶魚〉、〈フー・クロウラー〉、〈グレムリン〉などの討伐もあったが大変そうなのでやめた。特に〈スパイスマン〉は常にガスマスクをつけてなければならないので、これから暑くなるとほんとうに大変だ。
 そう思っていると、簡単そうな〈霧溜り〉駆除の仕事があった。やつらは路地の隅とか、郵便ポストの下とかに溜まっている霧状の、一種の精霊らしいが、そのままなら特に害をなすことはない。ただ、満月の日とか霧の深い日に活発になると、大量に融合し濃霧となり、人間から方向感覚を奪い、交通事故の原因となるから、早めに駆除しなくてはいけないのだ。
 マリアが電話すると、若い女性が出て、面接をするので明日の十時に社に来てほしいとのことだった。
 〈霧溜り〉を担当するのは〈水煙銃士隊〉という、確か〈風雪連合〉から分裂した団体だ。数百年前には霧の魔物に奪われた〈濁りの平原〉の城を奪還するなどして、大いに活躍したが、今日の都市においては、漂う不定形の下級精霊を担当している。
 翌日、港の近くの雑居ビルに来ると、ゴミ捨て場から拾ってきたようなソファが置かれた応接室で、耳の尖った南方人の男性が待っていた。栗色の髪をした、穏やかな感じの人物だ。二十台半ばくらいに見えたので、実年齢は五十歳くらいということになる。訛りはほぼなく、こちらに来てかなり長そうだった。
「マリア・アーミティッジさんですね、お掛けください」
「よろしくお願いします」
 相手はこの地区の銃士長の〈ドーン〉と名乗った。カルムフォルドの人間はいくつかの名前を持つ。本名は帝国の人間には発音しづらく、聞きづらい長大なものがほとんどだ。だから、大抵の在帝国の南方人は通称名として、本名を直訳するか、あるいは帝国人風の名前に訳したものを名乗る――かつてのように、外の人間に自分の名を呼ばせたくないという、尊大な思想を未だに持つ者もわずかにいるだろうし――そして、もう一つ。親やごく近しい人間しか知らない、真の名がある。それがなんのために付けられるのかほとんどの帝国人は知らないし、当の彼ら自身も既に、それが〈災厄〉によって生まれた、〈大いなる呪い〉への対抗策であったことを覚えていない者が多い。
 ドーン銃士長へマリアが履歴書を渡すと、おおむねお決まりの、バイトの経験とか、大学の授業との兼ね合いでどのくらい出勤できるか? といったことを聞かれた。
 いつから出られるか、という質問にマリアは「明日から来れます」と答え、「じゃあさっそく来ていただきましょうか」と銃士長は言った。
 翌日、マリアが朝十時にやって来ると、他の銃士たちがいた。
 カレンと同い年くらいの少女、プリシラは眠そうで、マリアに対しても他の銃士たちにも曖昧な挨拶をするだけだった。ひどく無愛想な少年もいた。最初は銃士長と同じく南方の人間かと思ったが、どうやら漂流種らしい。彼らは一メートル強くらいの身長で、それ以上は成長しないのだが、この人物は一四〇センチほどあり、規格外の大きさだった。もちろんとっくの昔に成人していて、〈巨躯のヴィンス〉と呼ばれていた。
 マリアの教育係は〈露払いのロレンス〉と呼ばれる、二十台後半くらいのファーゼンティア人だった。どことなく疲れた印象だが、愛想は良かった。
「よし、来たな。お前さんが今からやる仕事は極めて簡単だ。おまけに外の空気を楽しめるときてる。コンビニのレジ打ちやスーパーの惣菜係、工場のライン作業に比べりゃただ散歩してるようなもんさ」
 渡された仕事道具はいくつかあった。まず、背中に背負う掃除機のようなもの。
「このパイプの先っちょに穴が二つ開いてんだろ? こいつぁ凝固液の噴霧器と、吸引装置を兼ねてんのさ。まず〈霧溜り〉の野郎を見つけたら、この握りの青いボタンを押す。するってぇと凝固液が出て、〈霧溜り〉を水が混じった片栗粉みたく固める。続いてこの赤いレバーを握る。そうすりゃ、タンクの中に一気に吸引できるって寸法さ。いいか、青いボタンが先だぜ。さもなきゃ排気口からやつがそのまま飛び出てくるだけだからな。出発前に凝固液とバッテリーが一杯なのを確認してから行くんだ。あと、霧どもの他のゴミをなるべく吸わねえように気をつけんだな」
 他には、空砲の魔法銃とガンベルト、ピルケースに入った錠剤が支給された。
「ときおり、すでに融合しててちょいでかめな固体がいやがる。その場合、空砲で怯ませて一気に凝固液を浴びせんだ。自分の頭以上の大きさなら相手にゃすんな。そっちの薬は、エーテル変異に当てられて具合悪くなったときに飲むんだ。一日三錠までな。たまにそいつを欲しがるやつがいるが、渡すんじゃねえぜ。なにか手製のお薬の材料に使われんだからさ」
 かつて壁の外で〈水煙銃士隊〉が戦っていたときは、もっと大きい、大砲みたいな銃を使って霧を吹き飛ばしていたらしいが、さすがに街中ではそんな騒音を出すわけにはいかない。今じゃ〈水煙の掃除屋〉ってなもんだ、とロレンスは言いながら、マリアとともに外に出た。

       

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