Neetel Inside 文芸新都
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LOWSOUND 十字路の虹
12:Lawrence The Outrider

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 湾口地区は魚介類の市場があり、生臭かった。魚を狙う猫もうようよしている。比較的安全な地域だが、倉庫街の辺りはギャングの根城になっているといい、夜間は人通りが少ない。
「注視すべきは物陰、ネズミがいそうな場所さ。ビルの隙間とか屋台の影、あるいは街路樹の下の草の影とかな」
 ロレンスに導かれ、建物の影の暗がりに目をやると、そこにはごく小さな、握りこぶしくらいの霧が渦を巻いていた。
「こんくらいで吸うのがベストだな。サイズ的に凝固液も少なめでいいし」
 手馴れた様子で薬液を噴出すると、霧の動きが止まり、地面にへばり付いた。そのまま赤いレバーを握ると、魔物は部屋の塵芥のように吸い込まれていた。
「まあこんだけだよ。簡単だろ? タンクが一杯になったら終わりだ。一人で平気そうか?」
「たぶん大丈夫かと」
「よし、じゃあ正午になったら」ロレンスは大通りにそびえる時計台を指差した。「あの下に来てくれ。うまいコリム料理の店があるんだ、そこでメシでも食おうじゃねえか。それまでオレは街のほうへいくから、マリアは海沿いの通りをやってくれ」
「分かりました」
 海風に吹かれながらマリアは、屋台の下や、乾いた溝の中にいる〈霧溜り〉を順調に吸い続け、あっという間にタンクは半分以上埋まった。
 時折他の銃士が通り過ぎていくのを見て会釈しながら、マリアは今まで気に留めなかった、魔物狩りの人間たちの多さに気づいた。
 漁船に乗り海の魔物から船を守る〈ホッブズ水軍〉の兵士は鮮やかな空色の衣装と担いだライフルが目印だ。海が近いため、壁外の田園を護衛する〈地母の鎌〉騎士団の数は控えめだが、それでも彼らを象徴する大鎌が、カフェや酒場の入り口をくぐって行くのがいくつか見えた。他には古めかしい衣装の魔女狩りたちや、未だに儀礼的な鎧に身を包んだ騎士。〈灯し主〉の赦し――つまりは灯火教会の認可を得た〈正統魔女会〉の人間は使い魔として鳥を連れているからすぐに分かる。年かさの魔女の肩に乗った白フクロウが目を真夏の太陽みたくぎらつかせ、マリアをじっと見ていた。
 数が多いのは灯火騎士団の人間と、〈双尾の豹〉旅団の槍兵たちだ――彼らの始まりは魔物調査を担う〈火の学院〉の魔導師と、護衛に雇われた兵士たちの集団だった。かつてこの都市がならず者の手に落ちたとき、〈過客〉の僧侶に身を扮して潜入し見事奪還、一時的に結界の機能が損なわれ、魔物の進入を許すも、果敢に戦いこれを退けた。以来、どこの魔物狩り部隊が欠けても、彼らは十分な報酬と引き換えに、その代わりを務めている。
 ミュージシャンらしい人も意外に多かった。背中にギターを背負った人間はだいぶ多かったし、路上の笛吹きも何人かいた。その演奏を聞きつつマリアは、酒場の裏のビヤ樽の陰にいた〈霧溜り〉を片付ける。そろそろタンクは一杯になりそうだった。
 そうこうするうちに十二時の鐘が鳴った。時計台の下、待ち合わせの人たちが並ぶ聖ジョリーンこと〈尖り耳の勇者〉ジョリーン・フッカー像前でマリアはロレンスを探した。彼は像の後ろに座っていた。
「オレぁもう疲れたよ。食ったら今日はもうおしまいさ。じゃあ入るか」
 店内のテーブルは概ね埋まっていた。二人はカウンター席に座り、ロレンスはワインとチキンを、マリアはピザを注文した。
「マリアは音楽をやってるんだって? 大変だな」
「そうでもないですよ。私はボーカルですので」
「いや、ボーカルこそ一番大変じゃあねえのかい? なにせギターとかはいわば楽器との共同作業だろ? それに対してボーカルってのは百パーセントそいつなわけじゃねえか」
「私はだからこそコントロールしやすいと思うんですけどね」
「そういうもんかい? ギターは同じボリュームで同じく弾けば必ず同じ音が出るが、声を出すってのはそんな単純じゃなさそうだがな。もっともそいつぁアマチュアレベルの話で、熟達者になりゃ楽器演奏も同じように大変になりそうだけどさ。まあ認識の問題かね」
 そういう話をしてあとは黙々と食べ、その日の仕事はそれで終わった。
 マリアは週に三日この仕事に入ることになり、淡々と金を稼ぎ続けた。

       

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