Neetel Inside 文芸新都
表紙

LOWSOUND 十字路の虹
13:Asya Vice

見開き   最大化      

 ある日天気がよく気分もよかったのでマリアは少々まじめに今後の展望について考えた。
 シティカレッジの文学部には一年浪人して入り、現在二年生だった。〈クロスロード・レインボウ〉を卒業までやるとなると、三年次つまり来年に二、三回ライブをして、四年次は一回くらい解散ライブをするのがいいように思える。あと二ヶ月ほどのあいだで一曲できるようになって、それでしばらく持たせたほうがジャックの気力を維持させられるかもしれない。
 そこで、ジャックとカレンに連絡し、課題曲を決めることにした。
 〈白ライオン亭〉に集合し、〈ロウサウンド・パペッツ〉の音源の、名前も分からない曲が、コードを三つしか使っていないので良さそうだった。その意見を述べると、
「なるほど、しかしそれより、ドラマーを入れるほうが先じゃないかとあたしなんかは思うのです」とジャックが言った。
「確かに」早々と飲み終えたコーラの氷を噛みながらカレンも同意した。「またさあ、スタジオのどっかの部屋でスカウトすればいいのよ」
 それをあまり好ましく思わなかったマリアは「いや、やめたほうがいいよ。この前それで射殺された人いたし」と言うとカレンは真に受けて、
「射殺か……それは困るわね。別の方法を考えたほうがいいわ。軽音に誰か暇な人はいないの?」
 マリアは暇な人は多いが、まともにドラムを叩ける人がいない、と答えた。部長の弟で〈サドン・テンペスト・オーバードライブ〉のドラマー、ジャスティン・ベルもかなりテンポを無視した演奏だったし、いまや〈ザ・ストリート・フラッグス〉に加入したジョセフィンも、叩くのを見ていないけどどうせ下手だろう。マリアとしては、ドラムスとベースはある程度まともにやってもらわないと、曲をまともにできないので、ベースのカレンに期待できない今、ドラマーくらいはちゃんとした人を加入させたかった。
「では楽器屋へ赴き、ドラム関連商品を見ている人をスカウトするのはどうでしょう」ジャックが提案した。
「射殺されるわよ」とカレンが難色を示す。
「非武装と見られる人を選ぶのです。銃や魔法の触媒を持っていないであろう人を」
「じゃあ、一応やってみようか」
 ということで、花壇街から中央区へ近い商業街へ、線路下を歩いて向かった。この道は日が当たらず、ネズミや蟲が多く、雨の後はナメクジが埋め尽くしている。浮浪者やごろつきも多いし、場合によっては死体が遺棄されており、そのまま腐っていることもある。今日は幸い、でかい蟲くらいしかおらず、ジャックがなんなく蹴飛ばして事なきを得た。
 楽器屋に来ると、さっそくドラムセットを見ている男性がいた。カレンが話しかけると、「邪魔だ、向こうへいけ、小娘」と一蹴されてしまった。めげずに次の人物を探し、シンバルを見ているおっさんをターゲットにしかけたが、腰に杖がぶら下がっているのが見えて、いきなり魔法をお見舞いされると困るのでやめた。
 その後、ドラムスティックを選んでいる背の高い女性がいて、カレンはガンベルトや、内ポケットのふくらみがないことを確認した上で――マリアは袖の中に小型銃を隠している可能性を指摘しようとしたが、話が進まなくなるのでやめた――挨拶した。
「そこのお姉さん、こんにちは」
「ああ、こんちは。なじょしたのお嬢ちゃん」怪訝な顔一つせず彼女は答えてくれた。
「お姉さんドラマーかしら?」
「んだよ。まあ大したことないもんだけど。なして? ドラマー探してんの?」
「そうなのよ。暇?」
「まあ暇っちゃ暇だけど。したっけ本日ガリバー痛を押してがおった状態で来たんで腕前披露できないのや。ちょうど加入すっかなあ、どうかなあ、ってな段階ではあるから本気で誘うなら考えるよ。なにぶんホラーショーなバンドを探しちゃいたんだけど、やろっこよりはお嬢さんたちみたくデボチカの集団へ入んのが自然でしょ」
「何言ってんだか分かんないわ」
「わたし皇国ん人間だからや。しかしこっちはめんこいオレンジがごろごろしてていいよね。十代はいい」
 店員が迷惑がるのも無視して立ち話を続けたところ、その人物はアーシャ・ヴァイスと名乗るグラニスク人で、皇帝(ツァーリ)の悪口をバンドのボーカルが歌詞に入れたため大モメで解散、こちらへ流れてきたそうだ。本名はアナスタシア・なんとか・かんとか、だいぶ皇国訛りがあり、それでも割合自分は帝国語が達者なほうだと言い張った。方言だけでなく、仲間内だけでの専門用語や、彼女が勝手に作ったらしい言葉も多数混じっており、言ってることは常に判然としなかった。
 マリアとしては彼女がした、スティックをへし折ってしまい新しいのを買いに来たという具体的な話がなんとなく信用できる気がして、アーシャに正式に加入して欲しい、と伝え、そうしてバンドは活動を開始した。

       

表紙

先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha