Neetel Inside 文芸新都
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LOWSOUND 十字路の虹
17:Verlaine,Mage From The Imperial Capital

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 ある日の夕方電話があって、出るとアーシャで、駅の公衆電話からだった。そっちの家で飲みたい、最寄の地下鉄駅まで既に来たので迎えに来て欲しい、と彼女はのたまう。マリアとしては事前に連絡もせずいきなり来たのであまりいい気分はしなかったが、そこまでアーシャに対し憤慨するほどまだ嫌いではなかったので、了承した。
 雑多な駅の人々をかき分けながら迎えに行って、アパートまで戻ってくると、じろじろと建物を見ている人物がいた。十七歳くらいの、女みたいな顔した少年だった。腰には杖をぶら下げている。
「あの、ここに住んでる人ですか?」相手が聞いた。「家賃とかどうですか? やたらボロいから安いと思うけど、水周りとかまとも?」
 いきなりぶしつけな台詞だったがマリアは素直に答える。
「家賃、バカ安い。お察しの通りボロいよ。水周りはまとも」
「なるほど、どうも。いや、今こっちに引っ越してこようと思って、自分の目で入居者募集中の安そうなアパートを一軒ずつ回ってるわけ」
「そら正解かもね、したっけマリア、中を見せてあげたらいかんべ」アーシャが無責任なことを言う。
「短慮な発言だね。初対面だよ、この人がイカれた人物で室内でいきなり魔法をぶっ放す可能性もあるじゃない」二人とも無礼なのでマリアも遠慮なく言う。
「そんなことしないし、不安なら杖を預かってもらってもいいし」
「そうするよ」
「あっと申し送れたけど俺はウィリアム・ヴァーレインといいます。ああ、手袋の中にも触媒入ってるけどそれも渡しとくよ。あと予備の杖も」
 部屋に通して、アーシャにウォッカを飲ませた。ヴァーレインは一通り中を見て、メモ帳に何事かを書き記したあと酒を求めた。未成年じゃないの、とマリアが聞くと、二十五歳だという。どう見ても十歳近く若く見えたが、それは曾祖母が南方の人間で、その血が入っているからだと彼は答えた。
 マリアだけが椅子に腰掛け、他の二人は地べたに座り、この旅人の話を聞いた。
 驚くべきことに彼は帝都にある〈火の学院〉の出身者だった。魔法に疎いマリアや、外国人のアーシャでも知っているくらい、この国で最も有名で、最も高度な魔導師が集う場所だ。
 何か魔法を見せて欲しいとアーシャは言い、ヴァーレインはやや困った顔をしながら、マリアから杖を返してもらい、火をちょっと出すくらいなら、と答えた。アーシャが煙草を咥え、火傷しないように着火して欲しいと言ったら、次の瞬間、煙草の先には火が点いていて、それを二人が認識したころにはもう腰の杖差しに銀杖が収まっていた。
 びっくりしてマリアは、詠唱が聞こえなかったと指摘する。相手はそれに答えて、詠唱は省略したと言う。
「だけど魔法陣も器具もなにもなくエーテル反応をどうやって起こすの?」
 マリアの知識では、銃士隊の空砲やジャックの〈クイックシルバー〉など、使用目的が限定された魔導機械と違い、ヴァーレインの持っているような杖は、複数の魔法を使い分けるための出発点としかならないはずだった。それに加え、世界そのものに反応をもたらす鍵となる――マリアにしてみれば鳥獣の鳴き声みたいな――呪文が不可欠なはずだ。
「詠唱の代用になるルーン形成が、杖に生体エーテルを送る時点で終わってるんだよ」
「え?」
「供給が詠唱を兼ねてるんだ。なんて説明したらいいんだろ、こう言えばいいかな。すげえでかい声に反応して扉を開けてくれる人と、パスワードを言うと扉を開けてくれる人がいて、それで二重に閉まってるとき、すげえでかい声でパスワードを叫べば両方開けてくれるわけ。違うかな」
「ああ」
「エーテルによって、呪文全部が含まれてる一枚の絵を瞬時に描くというか」
「よく分からない」
「やってることは簡単だよ、俺は既存の呪文を使ってるだけで、いちいち組み立てたりしないし」
 やはり魔導師というのは謎、そして〈火の学院〉の人間は恐ろしい、と思っていると、しかしヴァーレインは現在無職業で、魔物狩りの仕事を探して金が溜まったらまた次の町へ行くのだという。
「そんな学歴あったらどこにでも就職できるんじゃないの」
「そんな万能なパスポートを入手できるほどの学校じゃないよ」
「本当に?」
「面白い場所ではあったけど」
 このいきなり現れた魔導師とずっと話していたおかげでアーシャとは殆ど話さず、気づいたころには彼女は酔いつぶれていた。ヴァーレインはまったく酔った様子を見せず、もっと安いところがないか探すと言って出て行った。

       

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