2 Jacqueline Of East

 ロウサウンドは帝国西海岸の大都市で、デリスや亜大陸との重要な交易所だった。帝国の他の地域と同じく、古き風習が形骸化したまま残っていて、誰もやめようとしない。入り江沿いの急な坂に、違法か合法かも分からない建物が並んで、同じく違法か合法か分からぬ人々が、自分の役目を果たしている。太平の時代が長く、人々は新たな娯楽を捜し求めていた。その中心にあったのが電気音楽だった。壁の外では未だに魔物が旅人や隊商のバンを襲っているが、都市の人々は自分たちは平和と思い込んでいる。しかし、それでも彼らは危険に晒されている。入り込んだ魔物、犯罪、病気、麻薬、衰退、そして退屈である。ロウサウンドに流れ込んでくる北方人や、亜大陸の耳の尖った人々、海の向こうからの商人、すべてが雑踏の中で、同じように疲れ、気だるい表情と化し、そしてこの都市の人間になっていくのだった。
 ジャックもそうした流入者の一人で、シティカレッジの食堂でよく見かけたのでマリアが話しかけると、外部の人間であるということが判明した。草臥れた無表情で延々とピザを食べながら、自分は東のほうから来た、蟲狩りギルドの人間と言った。
 都市の内部においては外と違った魔物がはびこっている。大ネズミ、ブロブ、吸血鬼、人狼、〈煙猫〉、〈夕立屋〉、〈雑踏霊〉、そしてジャックが担当する蟲どもである。かつては〈銀の教団〉や〈灯火騎士団〉、あるいは他の伝統あるギルドのみの専売であった魔物退治は、規制緩和によって民間企業が多数参入し、ときには怪しげなごろつきや小遣い稼ぎの学生まで、数多くの人間が従事するようになった。それによって英雄の時代は完全に終わり、溝さらいや酒場で客が吐いたものを掃除するのと同じ汚れ仕事に成り下がった――あるいはずっとそうだったのだと民衆が気づいた。
 ジャックは主に大ナメクジや街ウミウシといった、軟体動物の駆除を担当していた。そいつらは動きがのろく、薬液をかけるだけの簡単な仕事だが、気色が悪く比較的人気のない仕事だったので給料は悪くなかった。
 ある日、〈白ライオン亭〉にマリアがやって来ると、仕事帰りのジャックがいて、電気ギターの雑誌を読んでいた。マリアは意外にやる気のあるところに感心しつつ、一抹の不安を覚えた。彼女を誘いはしたが、〈クロスロード・レインボウ〉はあまり熱気のあるバンドにしたくはないと思ったからだ。一ヶ月か二ヶ月に一度、コンサートを行い、それに友人が五人位来るという、その程度のものを想定していたからである。しかし目の前の少女はじっと電気ギターの特集記事を読んでいて、もしかするとそれ以上に、まじめにやりたがっているのではないか、と危惧せざるを得なかった。
「ああ、マリア」ジャックが相手に気づいて言う。「今ギターの雑誌読んでるんですがまったく意味が分からず、やっぱりあたしには向いていないのではないかと恐れています」
「意味が分からない?」
「はい。専門用語ばっかりで。チョーキングとかハーモニクスとかタッピングとかチューニングとか」
「最後のも分からないの?」
「チューニングってなんですか?」
 そんなことも分からないなら大丈夫だろうとマリアは安堵した。しかし雑誌を自主的に買う、という行為がやはりやる気に満ち溢れたものであるので、ある程度挫折させないとまずいかもしれない、とも思った。
「ああ、マリアも読みますか雑誌」
 そう言われたが断った。雑誌もジャックの手も、大ナメクジの粘液でどろどろに汚れていたからである。
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