Neetel Inside 文芸新都
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LOWSOUND 十字路の虹
34 Candlewick Syndicate

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 波状機構での仕事は楽なほうだったが、徒歩で入り組んだ建造物の中に入り込んでいかねばならず、また時間が指定されている場合も多いので、慣れるまでは大変ではあった。この都市の中心部では地図はほとんど役に立たない。日々改築が加えられ、地図作りがそれを調査し、書き換えるので、最新のものを頻繁に買わねばならず、それを手に入れたところで、有料通路や錆びて開かない扉、魔術的障壁や放置された魔物の死骸などが道を阻むことがしばしばあった。マリアはなんどかそういった場面に遭遇しつつ、その日も最後の仕事に漕ぎ着けた。
 各階や各部屋ごとに、構造や広さが異なる集合住宅は多く、そこもそんな感じだった。ごてごてと配線や導管が壁に走り、部屋は妙に細長い。汚れた壁で細かく区切られた、不便な場所だった。住んでいるのはシグノという名の南方人――の〈代理人〉――だ。この男は四時きっかりに、窓の外に備え付けられた鐘を鳴らす役割を負っていた。なんの合図なのかは本人も知らなかった。その日もガラガラとその鐘を鳴らし、仕事は終了した。
「ああ、マリアさんと言ったっけ、あなたは」シグノは蒼い両目でマリアを見ながら言った。「ひょっとして音楽をなさっているんじゃないですかね」
「よく分かりましたね、そうなんです」
「なんとなく雰囲気でね。かく言うオレもとあるバンドでドラムを担当してるんです。奥の部屋にうちのボーカルがいるんですが……ああ、次の場所にもう行かないといけないですよね?」
「いえ、ここで今日は終わりです」
「そうですか。いや実は、今度企画やるんですけど出演者が足んなくて。予定してたバンドさんが病欠でね。あと一つか二つバンド入れたいんですが、今マリアさんがやってるバンドとかあれば、出てもらえないですかね。パセティックで平日です」
「ああ、そういうことなら。ただ我々下手ですよ。一応デモテープあるんでよければ今度持ってきますけど」
「いや、本当に構わないですよ下手で。下手糞野郎ばかり集めたって感じのライブなんだから。あ、いやまだそちらの音源も聞いてないうちから失礼」
「いえ」
 話していると奥から一人の少年が出てきた。灰色の髪で、背は低く、幼い感じの顔つきだ。
「アレックス、波状機構のマリアさんなんだけど」シグノが紹介する。「バンドやってるんだって、もしかすると今度の企画に出てもらえるかも」
「ああ、マジで、それは、いいね」
 アレックスと呼ばれた少年は常にぼんやりした感じだった。彼の本名はアレクサンダー・キャンデローロといい、近くのコリム人街出身だが、この部屋にしばらく前から居候していた。彼はアレックス・キャンドルウィックの芸名を名乗り、〈キャンドルウィック・シンジケート〉のボーカルとして活動している。
「コリムはもう、混沌としているんです。ヤバいね」
「それはプログレとかの影響?」
「そう。お互い好きにやってればいいのに対立したがるやつら、対立させたがるやつら、がやっぱりいるんだよね」
「水と油だからな」シグノはエーテル式ギターを弄くっていたが、ひどい不協和音だった。精霊鉱石は起動させていないのが救いだ。
 アレックス自身はプログレは長すぎてあまり好みではないということだったが、コリムで流行っているからといってよくその話をされるのが嫌らしかった。
 マリアはシグノにいまいち分からなかった、南方式と帝国式の魔法の違いについて聞いた。
「まあそれはつまり、エーテルとマナの配分の問題なんですよ。もう今日ではそんなに重要な問題じゃないんだけど。基本的に帝国、東海岸のほうに行くにつれて純エーテル、原理主義者多いですよね。マナを入れると扱いやすいんだけど結局揺らぎが出るから良くないって考え。南の国境付近だと寛大なもんです。昔は呪術とか言われてましたが。今でも格好つけたがる南方人はそう名乗ったりしますがね。ブルースマンはどちらかというとそういう傾向あるかもしれないです」
「マナっていうのは?」
「外的な要因ですね。世界そのものというか。その『場』を作るもので……技術としてはマナの生体エーテル化、つまり一回体を通すか、反響式でいくかでまた大きく二分されてるんですが。今日日作られるレディメイドの魔導機はだいたいエーテルとマナの混合式ですけど。ハイブリッド車みたいなものですね」
「車っていえば、魔法で動く車って実現できるの?」
「可能でしょうがあんまり意義がないです。安定して長時間稼動させるなら普通にガソリンのほうがいいと思う」
 シグノはファーゼンティアの、グラニスクに近い地域の出身だという。
「災厄のときに帝国人と一緒に北方に逃げた一族の子孫なんです。北は気が楽でいいですね。いまだに東海岸や亜大陸だと魔導師至上主義だから」
「未だに?」
「西海岸に住んでると分からないですよね。未だにそうです。帝都なんかひでえもんですよ。今に革命が起こるとオレは思います」
「そうですか?」
「アジテーションがうまい人がどんだけいるかって問題ですね。そいつの顔も含めて。革命家は美形じゃないと」
「あんたはやらないの、革命」ソファにだらしなく根っころがっていたアレックスが言った。
「ハコ一個も埋めらんねえバンドマンが革命なんざできるわけねえだろ」とシグノは返した。
「確かに」

       

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