Neetel Inside 文芸新都
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   清風の年代三七年


 コンビニの仕事はそう難しいものではなかったが、常軌を逸した客が多く、その対応が大変だった。ただ横柄なだけの客の他に奇行に出る者――思いっきり入り口の前に腰掛けて酒を飲んで、入ってくる客が露骨に邪魔そうな顔をしても動かない人とか、まだ買っていない食品を食う人とか、住所も面している通りも知らずに、この辺にある酒場、という情報だけでその場所を尋ねてくる人とかがいた。トイレの小便器とか流しに吐瀉物をぶちまける酔っ払いとかもいたし、六時間くらい立ち読みをする人もいた。ある日出勤してくると店内が臭く、見ると片隅に糞便が転がっていたこともあった。
 そういうのが嫌で、酔っ払いの客が増えると予期される四月の歓迎会シーズンが来る前に、マリアはやめてしまった。
 三月に入ってバンドのメンバーに連絡をとって、活動を再開しようということになった。
 カレンは大学だか専門学校だかに合格して、一人暮らしを始めたらしい。ジャックは昇進して、蟲退治の仕事の隊長クラスになっていた。アーシャはよく分からなかったが、事務員をやめてどっかのレコード屋だかなんだかの店員になってまともに収入を得ているようだ。
 久々にスタジオに入ろうとすると、ラモン店長の店は閉店していた。病気で死んだとか、借金が返せずギャングに海に沈められたとかいう噂を後で聞いた。しかたないので安めのスタジオを探すと、飲み屋街から海のほうへ行った地区に一件あった。
 予約して行くと、スタッフとしてリヒター(元)司祭長が働いていた。
「予約したアーミティッジです。バンド練習で」
「はい。マイクはいくつお使いですか?」
「一個で。あの、すいませんがリヒター司祭長ですよね? 前に〈灯し主の短剣〉社と抗争を起こした」
「ああ、どうだったか」不快そうな顔をして相手は言葉を濁した。
「ガソリンスタンドかどこかで働いていたんじゃないですか? やめたんですか」
「何だと?」
「ああ、いや、すいません、この子がほでなすなこと言って。ほら、あばいん、マリア」
 アーシャが手招きしたので「どうも」と言ってマリアはスタジオに入った。
「あのお姉さんキレかかってたわよ。この仕事に不満あるのかしら」
「前みたく暴れられないからでしょう」カレンとジャックは言いながら楽器を用意する。「魔物狩りから他の仕事に再就職した場合、何らかのトラブルを起こすことが多いというデータがあります」
「それは偏見じゃないの? トラブルって暴力沙汰とか?」
「そうです」
「やっぱストレスを発散しないとだめね」
 ジャックを含め、全員の腕がやや落ちていた。マリアはいつも通り、歌ったり歌わなかったりだった。
 練習は二時間の予定だったが、一通り持ち曲をやったあと、一同はだべって、早々に楽器を片付けた。
 出るとき、リヒターはやたらとじろじろ睨んできて、もうここには来ないほうがよさそうだとマリアは思った。

       

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