Neetel Inside 文芸新都
表紙

LOWSOUND 十字路の虹
41 Charlotte The Shower Maker

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 ロウサウンドにおける車両通行可能な幹線道路は限られていて、他の道と同じく付け焼刃みたく適当に建築され、高架はぐにゃぐにゃに進行していて、電車の線路と並行しているのだが、急なカーブが多く、事故多発地帯となっており、フェンスはどうせまたすぐぶち破られるので、修繕されず、下は民家だったが、何度も車が落下するうちにぶち抜かれて地面も陥没し、地底の人造湖に繋がって、何台もの車がそこに沈んでいた。ほんとうに貧乏な人間が廃車の部品やガソリンを回収しようとわざわざ潜ることがあるが、悪霊が多く、ミイラ取りがミイラって感じで溺死することも多かった。
 地上部分の道路は、建物を無理やり押しのけたり、車線が急に狭まったり広まったりで歪に進んでいる。まるで街にできた切創が治りかけてるみたく。高級車をこんなところで走らせたいって人もいないし、上層の金持ち貴族は汚い下の道を進んだりしないので、ボロ車だけががたがたとやかましく走っているのが常だった。
 その日、濠みたく建造物群に穿たれた道路の脇をマリアが歩いていると、交差点で大渋滞が発生していた。
 見ると、人々はカカシのように呆然と円を描いて立ち尽くし、乗り捨てられた車の数々がまた円状に並んでいて、その中心に一人の少女がいた。以前に歩道橋で勝手に呪詛を解除した、〈サンデードライバー〉の魔導師だ。
 佇む老人に、「あの人なにしてるんですか?」とマリアは聞いた。
「そういう君はなんだね? 何の用だ?」と爺さんは振り返りもせずに聞き返す。
「ここの近所に住んでいるマリア・アーミティッジという者なんですが、この人だかりは何か、あの女の子はなにかということを知りたくてあなたに質問したんですが」
「あの子はシャーロット・デンジャーフィールドという名の〈擁立者〉だよ」
「〈擁立者〉?」
「そう、〈顕現師擁立者〉なんだな」
「知り合いですか? お孫さん?」
「いや、赤の他人だよ」
 しかし老人はかなり昔からシャーロットを知っているような感じだった。
 呆然とマリアが見ていると、信じがたいことに、道路を挟んで反対側の建物群から樹が生え、緑の壁と貸した。草いきれと鳥の声が降り注いだ。熱気。真夏の雨林だった。
「あれはいったいどうしたんですか。都市緑化の試みとか?」
「マリア・アーミティッジ。落ち着きなさい。いったん、家に帰ったほうがいい」爺さんは相変わらず背中を向けたままだ。
「ああ、確かに。暑いし」
 ということで、マリアは帰宅した。
 自室で休んでいると来客があり、ドアを開けるとシャーロットだった。
「今回、マリア・アーミティッジさんが私の行い、洞察、思想、懸念について聴取したいという希望を抱いているようであったので、直接説明するために、この私が、この地点に、到来、したという結果が訪れていますが?」
「ああ、そうですか」
 部屋に上げてマリアは、あの人だかりはなんだったのか、なぜここが分かったのか、シャーロットは何の意図で、アマチュアの魔物狩り〈サンデードライバー〉をしているのか、知らない老人が馴れ馴れしく話しかけてきたが何者か、といったことを質問したが、シャーロットの受け答えは異様で、話していて疲れた。彼女は、関係あるようで関係ない言葉を大量に発する上、会話に飽きたのか完全に関係ない話題をいきなり喋ったりもした。
「〈顕現師擁立者〉っていうのは一体何?」
「はい、我が帝国は多神教ですが、あるとき神についてのフェータルな問題が立ち上がって、それは初代皇帝が即位してしばらくして、国がまあまあ落ち着きを取り戻した後の話になるんですが。マリアさんもご存知の通り我々は異世界よりこの地に飛来した者どもですが、〈船〉に神が乗っていたかいないかという議論です。つまり神とは世界固有のもので、こちらにはもう以前の神はいないのではないかという点の話になっていますが? そういう論点に。これに反論するのは、我が国のいわゆる主神、父なる、〈灯し主〉こそが船に火を灯して、まあつまり世界を越えるエンジン的なメカ、もうもちろん災厄で失われたテクノロジーな感じの物ですが、それを授けたので、いいんじゃないかという、異世界に来ることを、神様が許したんだからオーケーではないかという説、あとしかし、〈灯し主〉は神の中では異端だったとか、我々の祖先は罪人で流刑にあったのではないかとか、前の世界で神を殺したからそうなった説とかいろいろありますね。ほとんど反逆罪で殺されたんですが関連書籍は今も売ってますよ。本屋に行くとどのコーナーから見ますか? 私は図鑑。図鑑をだいたい、見ますね。見ますよね」
 話をマリアが要約したところ、どうやらシャーロットは本当にアマチュアなわけではなく、帝都の〈火の学院〉卒業後ちゃんと就職していて何か秘密のエージェント的なことを今やっているらしい。かなり膨大な魔力を用いてこの世界がそうなるかもしれなかったという、可能性を辿るための仕事だ。無数に存在するとされている世界のうち、こことごく近くに蠢いているそれを引き寄せるのだという。それには複数の条件が必要で、この前十三番放棄地区で目撃されたときにも――報道された少女はシャーロットだった――〈顕現師〉の人を擁立するためいろいろ頑張っていたらしい。
「〈顕現師〉というのは仕事上のパートナーで、作家と編集者、狙撃手と観測手、小売と問屋みたいな関係、いや水族館のラッコと飼育係、漫才コンビのような、いやそれはちょっと違うのですが。太陽と月というか、ツーカーというか。でも私の今回の擁立者はかなり馬が、剃りが合わず、きつかったのですね」
「それはロウサウンドの人?」
「一部は。〈顕現師〉を探すところから当然我が職は始まっているのですが、これは因果系のジョブに従事する人なら全員分かる無為、不毛、かったるさ、気だるさ、ありますよ」
「分かるよ。私も前、波状機構で働いてたから。なんでこれやってるんだろうって思うときついのは分かるよ」
「じゃあ話は早いんですが、ダイアナさんは性格に難があって難しかったですね。魔女だからしかたないんですが。魔女ってだいたいイカれてるじゃないですか」シャーロットは急に差別的なことを口走った。「ダイアナさんは百年くらい前の人で、当時冒険者としてエングにいたんですが、仲間と分け前で揉めて、砂漠で射殺されたそうで、しかしギリギリ生きてて、死ぬ前に傷口から悪魔が入って魔女になったそうです」
「悪魔?」
「黒晶よりも確実ですよね。黒晶と違って宅配便じゃ送れないという点はありますが」
「悪魔なんているの? エングは」
「こちらにはいないですか」
「いないね。天使がいないのと同じく」
「天使は北方を好むので大公国にもいないです。天使の羽を舐めると甘いということを、マリアさんは知っていますか? 蜂蜜に似た甘さだそうで」
「いや、知らないね」
「甘いですが、それ毒で、死にます」

 シャーロットの話は無駄に長く、終わるころには日が沈んでいた。
 内容もよく分からなかった。ダイアナという〈顕現師〉は、心臓、肉、三十五の歯車、セラミックの骨格、パーソナルデータの入った砂、水飴、幼年期を過ごした夏の思い出、など、百五十のパーツを集めないといけないので、きつい、疲れた、やめたい、と嘆きながら、シャーロットはまだ諦めていないそうだ。
 結局今日車道で何をやっていたのかもよく分からなかったが、街が緑化したのは、シャーロットにもよく分かっておらず、恐らく多次元がちょっと混じったか何かで、別に誰も困らないからいいではないですか、と悪びれてはいかなった。
「一度ダイアナさんを八割組み立てたんですが、ドブに倒してしまい、台無し、でしたね」
「その人と会話したことがあるの?」
「え?」
「会話。だって馬が合わないとかさっき言っていたじゃない」
「八割組み立てたときに会話はしました。魂を定着させたときに、そういう場面が。魔女の魂はドス黒く穢れていますよ」
「悪魔が取りついているんでしょ?」
「以前はそうでしたが、オリジナルの体ではもうないので取り付いてはいないです。分離してました。復元過程で情報層からそれも再生されたんですが、化石になっていたので、帝都で捨てました。飲み屋街の自販機の隣に安置したので、観光名所になっていてもおかしくはないと私は判断しているんですが?」
「ああ、そう、牛乳飲む?」
「飲まない判断もしますね、場合によって」
 これは今飲むかどうかという質問に対しノーの答えだろうか、と相手の顔を見ると、点けっぱなしのテレビを見ていた。天気予報だ。明日は晴れるらしい。
「晴天とは聖なるものかどうかという議論があって、雨天は呪いかどうかって話もありますよ。よく雨男とか言います。呪いみたく」
「言うね」マリアは自分だけ牛乳を飲んだ。
「しかし日照りへの慈雨というケースもあるし、最悪に嫌な運動会が雨天中止という僥倖、ラッキーもあるわけではないですか」
「あるね」
「人生なぞそういうものであると私は思って、今日も、明日も、生きてゆく」
 と言うとシャーロットは部屋を出て行った。

       

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