Neetel Inside 文芸新都
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LOWSOUND 十字路の虹
6 The Street Flags

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 隣家にノア・メドウズという男が引っ越してきた。挨拶をしに来たが家に上げたくなかったので廊下で立ち話をした。
「なるほどへえマリアさんは」抑揚のない声で男は言った。「その〈クロスロード・レインボウ〉というバンドをやってるんですかなるほどね」
「結成したけどなにもしてないんだけどやっている」
「俺も〈ザ・ストリート・フラッグス〉というバンドのギタリスト。レナードっていう、古着屋の店員がドラムスで、朝晩には林檎を食べたりとか」
「結成してどのくらい?」マリアが聞くと、
「いや、結成してないよ」
「じゃあその〈ザ・ストリート・フラッグス〉ってのは」
「目標の話だよ、レナードっていう古着屋の店員を入れて、ピアノでウサギ座のデリス人を加えてアイスを一日に三個食べる」
「具体的な目標だね」
「目標は具体的じゃないといけないんで。俺は常にそうしているから」
 ノアは無精髭を生やした不摂生な感じの、典型的なモラトリアムな感じのロウサウンド市民だ。今は〈マッチ蟻〉を潰すバイトで食いつないでいるが、人生にあまり希望を持ってそうじゃなかった。しかし本人が目標をしっかり立てているので、マリアは今後、ノアを〈ザ・ストリート・フラッグス〉のギタリストとして認識することにした。ライブをする際には呼んであげようと思った――ホールの隅で所在なさげに立っていて、終わった後「すげえ良かったよ」と二、三言話し、打ち上げの席にもいて隣の人とぎこちなく話す、不器用な音楽好きとしての役でだ。
 彼は、雰囲気としてなにか後ろ暗いところがあるような気もしたが、あるいはただの現代病というやつかもしれない。何事も楽しめない病気だ。極めて静かな男で、ほとんど生活音などは聞こえなかった。
 ノアが引っ越してきて数日後、カレンから電話が来て、川原に集合してほしいということだった。マリアは面倒だったがなんとか行くと、壊れたテレビが六台投棄されており、その画面に誰が一番多く石を命中させられるか、という退廃的な遊びを彼女は提案した。意外と本当にこの女は〈災厄(カラミティ)〉かもしれないと思ったが、考えてみればミュージシャンというのは奇行に走りやすいものだし、砕いた画面の破片を犬用の餌皿に盛って早食いし、さらにスーパーのカートで町内を一周するといった異形のトライアスロンを提案しないだけカレンはましかもしれなかった。
「カレン、私はそういう競技はやめたほうがいいと思うんだ」しかしマリアはそう言った。
「なんでよ!」叫んで相手はいきなり大きめの石を一台のテレビに投げつけた。画面には当たらず、上部がへこんだ。「あそこに捨ててあるということは破壊してもいいという意味になるのよ」
「そういう場所だとは知らなかったよ」
 そのうちジャックがやって来て、彼女もカレンのテレビ砕き大会には難色を示した。カレンは、この行為はドーンフォートとかボウロックではヤング・エグゼクティブがコンパニオンとするナウな遊びだから議会も承認してくれている、などと饒舌に語り、どうやら会って二回目以降は初対面のときより、大幅に大胆かつ雄弁になるタイプだと分かった。
 カレンが一人で石を投げていると、橋の上から死体袋を投げ捨てた者がいた。
「ほら! あれを見たでしょう。赦されているのよすべてが」
「すべてが赦される場所なんてないのです。あれは火災現場に取りついた霊を成仏させるための水葬なのです」ジャックが言うが、カレンはテレビを全部割って、最後は自分でも河に飛び込んだり、橋脚に石を全力でぶつけ続けたりして、それを見ているうちに、日が暮れた。

       

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