Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 飛び降りたテンフに向かって、アグレは魔法を込めた吐息を吹きかける。それはテンフの周りで停滞し、着地するテンフのクッションとなった。その為、テンフは無傷で、野盗の前へ降り立つ事ができた。
 馬に乗っていた野盗達は、いきない空から降ってきたテンフに驚き、その歩みを止めた。
「お前、今どこから現れた……?」
 戦闘に立つ、おそらくリーダーだろう男が、テンフを睨んだ。空を見るが、すでにアグレは王都に向かって引き返している。野盗達の視野では、捉える事はできないだろう。
「どうでもいいだろ? ――お前ら、あそこの村を襲うつもりか」
 テンフは、背後の村を指さして、野盗を睨んだ。
 数はおよそ二〇。対して、テンフが一人。一〇代そこそこの騎士見習いが立ちふさがったからと言って、野盗には脅威でもなんでもない。
 だから、テンフがなぜそんな事を聞いてくるのか、野盗のリーダーはまったく理解できなかった。だから、少し戸惑いながら
「当たり前だろ。それが仕事なんだからよぉー」
「盗みと殺しは重罪だ。それが仕事だってんなら、俺はお前らを殺さなきゃならない」
「……お前、頭大丈夫かぁー?」
 リーダーは、心底呆れたようにつぶやき、その後ろの野盗達は、テンフの言葉を笑っていた。
「騎士見習いだろ、お前? どれだけ自信があるのか知らねえけどよぉー。この人数を相手にして、勝てると思ってるのかぁ?」
 腰に提げられた二本のナイフを引き抜いて、逆手に構えながら、改めて野盗達を見る。
 アグレに言われた事が、頭の中で、何度も繰り返されていた。まるで、屋根から落ちる水滴のように。

『敵を前にしたら、自分がどう殺されるのかを想像するんだ』

 相手は剣を持っている。首を撥ねられるか?
 まずは腕を落とされるかもしれないし、胸を一突きされるかもしれない。

『覚悟だ。腕を落とされようが、どれだけの致命傷を負おうが、頭だけになっても、相手の喉笛に食らいついて、食いちぎってやるくらいの気持ちでいろ。死ぬ事を覚悟しろ』

 恐れては進めない。
 戦うとは、恐ろしい事だ。恐れては、人を殺す事なんて出来ない。
 死ぬ事は自然の理であり、殺す事もまた、自然の理。

 テンフは、両腕を広げる。
 まるで、その手を翼に見立てたような構え。
翼竜模法ワイバーンモード……」
 自らの体を、翼竜だと思え。
 最強の存在だと思え。
 アグレにもっとも近づいた人間だと思え。

「ガキ、いいからとっととどけ。どかなきゃ、ころ――ッ?」
 テンフの姿が、消えた。
 そして次に、ぬるりとした感触が首にあった。突然大量の汗が首から流れ出してきたのではないかと、野盗のリーダーは思った。だが、次の瞬間、視界が斜めに流れて落ちていく。疑問に思う事もできず、意識が消えた。
 消えたテンフは、野盗のリーダーの後ろにいた。そして、落ちた彼の首を一瞥して、まだいる野盗達へ最後通牒を向けた。
「こうなりたくないヤツは、逃げろ」
 馬からリーダーの体が落ち、彼の乗っていた馬は、嘶いたかと思えば、明後日の方向へ向かって走り始める。
 瞬間、あまりに現実離れした光景を見て、思考が追い付いていなかった野盗達も、ついにテンフを脅威と認めざるを得なくなった。
「てっ、テメエら! こいつを排除する!!」
 一人が叫ぶと、テンフの前に居た野盗三人が、馬をムチで叩き、彼へと突っ込んできた。馬で蹴り飛ばすつもりだという事は、テンフにもすぐわかった。
 馬を相手にする時の方法は、アグレに習っている。
 テンフは、一番近くにいた馬の眉間に向かって、ナイフを放り投げた。切れ味の鋭いナイフは、まるで食べ物が喉を通る様に、自然に眉間へと飲み込まれていく。
 悲鳴の様な声をあげ、馬は眉間から血を流し、暴れながら倒れていく。
「あっ――オイ! 暴れるな!」
 命が失われそうだという瞬間に、そんな声が届くわけもない。テンフは、一足飛びで馬の頭を飛び越え、ナイフを左手で回収しながら、右手のナイフで乗っていた男の首を描き切る。血がテンフの体に降り注ぐが、気にしない。
 それよりも、まだ馬が立っている間が勝負。
 自分が馬に乗っておらず、相手が馬に乗っている時、もっとも潰さなくてはいけない要因は、『馬に乗っていることで生まれる高さ』と『機動力』である。
 馬に乗り、自分より高いところにいるという事は、相手だけががこちらへ届く武装を持っている可能性が高く、機動力の所為で、疲れさせてから削るという戦略はまず間違いなく取られる。
 なので、今のように相手が固まっている場合、まずは一人潰すのと同時に、馬に飛び乗ることで高さという相手に有利になるファクターと、足場を同時に潰す。
 そして、相手が固まっている場合は、さらに追撃して、近くにいる馬を潰し、同じように飛び乗っていく。
 その手で三人ほど殺したところで、テンフの狙いも周囲にバレる。
「散らばれ! このガキ、馬上戦になれてやがる!!」
 その一言で、残りの野盗達は、飛び移られない程度に距離を取り始めた。遠退きながら、野盗はテンフに向かって弓矢を放つ。その弓矢をナイフで叩き落とし、潰した馬から飛び降りて、考える。
『戦いのコツその一、勝利条件を間違えない。相手を殺すのがもっとも優先するべきことなのか、それとも、相手を退ければ勝ちなのか、自分が生き残れば勝ちなのか、しっかり考えろ』
 アグレの言葉を、何度も繰り返す。初めての実戦だが、アグレの教えがあるから、震えずにいられる。
(今回の勝利条件は、退けるか、脅威じゃない数まで減らすか――)
 村の安全を守るには、間違いなく皆殺しが簡単。だが、そう簡単にできることでもない。さっきまでのことは、油断があったから出来たこと。
(――覚悟だ)
 覚悟をしろ。俺は今から無残に死ぬ。二度とアグレにも、プリュスにも会えない。
 そう考えて、テンフはその場に立ち止まる。ナイフの柄を軽く舐めて、握り直し、その場で敵が来るのを待った。
 もう仲間を数人殺しているのだ。テンフを無視して、村に突っ込むという事はありえない。彼らには、もうテンフを殺す理由がある。
「馬から降りろ! あいつは馬に乗ってたら倒せねえ!」
 馬から降りた野盗達が、テンフに向かって、走ってくる。
 テンフも、彼らへ向かって走りだした。
 ぶつかる間際、テンフは、腕をクロスに構え、呟く。
「竜・咬・双・撃――ッ」
 相手が振るった剣が、狙った位置に来るギリギリまでのタイミングを、その言葉で図る。そして、ちょうど自分と平行になる寸前に、ナイフを振るった。
竜顎打りゅうがくだッ!」
 竜の顎で腕を噛み砕かれたような衝撃が、剣を持っていた腕を、その肘を、両方のナイフで刺して潰す。
「あぐぁああああっ!?」
 先頭が止まったことで、後ろの集団も止まる。テンフはなんの躊躇もなく、持っていたナイフを手放し、隣にいた男の顔面へ掌底を叩き込んで気絶させた。ナイフを引き抜くというワンアクションを挟めば、テンフの首は落とされていた。だが、ナイフを手放し、先にその危険性を排除しておくことで、身の安全を確保したのだ。
 アグレの教え――勝利条件を間違えない事、というのは、こういうところにも活きてくる。
 剣を振るってきた男は、痛みですぐには動けない。だから、テンフは余裕を持ってナイフを引き抜き、首にナイフを突き刺し、そいつも殺し、掌底を叩きこまれて倒れた男の喉を踏み潰し、一瞬で二人を殺した。。
「まっ、まずい――」
 誰かが一人、呟いた。
 自分たちがしていることが、すべて裏目に出ていると、気付き始めたのだ。
「バカっ! 相手は一人、それも、騎士見習い程度のガキだぞ! 偶然だ、偶然に――ッ!」
 相手が疑惑を持ち始めたら、それを広げない手はない。
 テンフは、しめたと言わんばかりに笑って、
「――偶然で、五人殺せるか?」
 今のこれは、全部実力だと、言葉短くアピールする。
 ハッタリはかますに限る。自分は大きく見せるに限る。テンフは今、アグレになりきっている。そうする事こそ、テンフが取れる勝利への最善策。
 だが、これは相手から『油断』を取り除くことになる。
 油断していたからこそ、テンフは渡り合えた。つまり、ここからが本番である。油断のありなしは、同じ相手だとしても、苦労が大分違ってくるのだ。
 相手が止まって、話をする姿勢を作ったら、後はどれだけ戦いを楽に進められるか。あるいは、戦いを放棄させることができるか。
「俺は別に、人殺しをするのが好きなわけじゃない。あんたらが話を聞かないから、五人くらい殺しちまったけどね。どうする? 逃げてもいいぜ。俺に追う手段は無いし、馬に乗れば、俺のナイフの届かないところまで逃げられるだろ?」
 どうする? という声が聞こえてきた。どうやら、相談を始めたらしい。しめた、とテンフは人知れず、内心で拳を握った。
 相談しているということは、テンフを脅威だと思っている証拠。
 そして、そう思いやすくするために、わざと返り血をたくさん浴びる戦い方をした。いま、テンフは血のドレスを纏っている。
 脅威に向かってくる理由が、野盗にあるわけがない。ここがダメなら、テンフの知らない場所で、他の村を襲えばいいのだから。仲間を殺されたという恨みはあるかもしれないが、それでも『利』を取るのであれば、ここでテンフに向かう理由は一切ない。
「バカな事言うな! 仕事をここでやめられるか!! このガキ一人ぶっ殺せば、それで済むだろうが!」
 マズイっ!
 テンフは、慌てて話の方向性を修正しようとする。だが、ここで慌てて間抜けに口を挟めば、彼らはテンフが『ただ上手くやった』だけだと気づくだろう。
 あくまで、『俺はお前らを殺してもいいし、殺さなくてもいい』という上のスタンスを崩してはならない。『油断』というカードを切ってしまった以上、テンフが脅威であるという『ブラフ』まで取り払われてしまっては、テンフは元の落ちこぼれへと戻る。
 言葉を間違えてはならない。テンフは、一瞬で、思考を巡らせる。
 俺はアグレだ。アグレならどうする?
「引き際を知らないらしいな。――お前らが俺をどう見てるのか、わからないわけじゃない。『ひよっこ』か『化け物』か、区別が付かないんだろ?」
 そこで、黙る。どっちが正解か、なんて情報は与えない。
 敵に与えてやるのは、殺意だけで充分。

「み、見逃してくれるっつってるんだし、逃げても――」
「バカっ! そんな情けない真似ができるか!」

 相談する時間を、そう与えてもいけない。テンフは、苛立ったように、
「俺は気の長い方じゃない。十秒以内に決めろ。俺に殺されるか、逃げて生き残るか」
 焦らせる。時間制限をして、相手から思考を奪う。
 相手からより多くの物を奪った方が勝つのは、戦いの基本だ。
 ――もう相手は、俺の枷にハマっている。
 テンフは、眉間にシワを寄せ、苛立った表情をキープしながら、必死に祈った。十秒で打開策を思いつくか、相手が逃げることを決めなくては、結局死ぬのは自分だ。
 今までは、油断を誘って、できるだけ強そうに見える様倒したから成立した優位。
 相手は慌てたような表情で、あるいは、覚悟を決めたような表情で、テンフを睨んでいた。
 だが、テンフは逆に、ニヤリと笑った。カウントは、残り一秒で止まった。
「間に合わなかったみたいだな。――騎士団が来たよ」
 テンフは、そう言って、顎で野盗達の後ろを指した。馬に乗った、総勢二〇人ほどの鎧集団が、テンフ達の元へ向かってきていた。上空には、アグレの姿もある。どうやら時間を稼ぎきったらしい。
「やべぇ! 騎士団だっ!!」
「それにありゃあ、竜だ! コーラカルにゃ、マジで竜がいたのかよ!」
 騎士団と竜。
 テンフ一人ならどうにかなったかもしれない、という期待は、野盗達の中から完全に消えた。近くに待機していた馬へと飛び乗り、テンフを残して、逃げた。
 騎士団達は、その野盗を追って、一人を残し、行ってしまった。
「――たっ、助かったぁー!」
 地面に腰を下し、テンフは、空を仰ぐ。すでに真っ暗で、空にはダイヤを砕いて散りばめたような星が広がっていた。その視界に、突然、にゅっとアグレの顔が侵入してきた。
「どわっ!」
「上手くやったねえ、テンフ。何人殺した?」
「五人。あとは話で繋いだよ……。つうか、アグレ、嘘ついたろ」
「なにがぁ?」
 にやにやと笑うアグレに、テンフは血まみれのナイフを振るった。だが、アグレは足をひょいと挙げて、それを躱す。
「お前っ! 三〇分かかるつったろ! 一五分かそこらだぞ!?」
「ああでも言わなきゃ、お前が必死にならないと思ってねえ」
「こんの――っ! 死ぬとこだったんだけど!?」
「この時代じゃあ、出世ってのは命がけさ」
 正しい意見だったが、テンフは何か言うべき事があるはずだ、と頭を回す。さっきは口が回ったのに、全然言葉が出てこないのは、緊張の糸が解けたからか、それともアグレが相手では何を言っても無駄だとわかっているからか。
「あぁーっ、そろそろいいかい?」
 一人残っていた鎧の男が、テンフに話しかけてきた。騎士団の鎧を着ているので、テンフの先輩という事になる。
「あっ、はい? なんですか」
 テンフは慌てて、顔の血を拭い落とす。とはいっても、体中血だらけなので、ただ汚れを広げただけになってしまったが。
「キミは――騎士見習いだろう? それも、翼竜に育てられたっていう」
「あ、はい。テンフ・アマレット、騎士学校の歩兵学科所属です」
「そうか。――キミはすごいな」
「……えっ」
 まさか褒められるとは思っていなかったので、テンフは思わず、目を見開いて、真意を探ろうと、彼の顔を見ようとした。が、フェイスプレートで顔は見えない。
「初陣で野盗を五人仕留める。大したもんだ。俺の初陣は、もっと情けなかったしな。一人で立ち向かう勇気も見事だ。だが、今後は一人で立ち向かうのはやめたまえ。今回生き残ったのは、運だと思うくらいでなくては、生きていけない」
 それじゃあ、と言って、馬に乗り、彼も騎士団の後を追った。
「さて、帰るか? テンフ。どうやってあいつらを退けたか、私に聞かせてみろ」
「……アグレが気にいるといいけどね」
 血の汚れを気にせず、テンフを乗せ、アグレは空へと羽ばたいた。冷たい風が戦いで火照った体を冷やして気持ちよかったからなのか、テンフは少し眠気を感じる。
「ふふっ、明日を楽しみにしてなよ、テンフ」
「……いま、なにか言った?」
 眠気と、風の音で、アグレの言葉を聞き逃したテンフは、聞き直すも、「なんでもないさ。すぐにわかることだ」と、妙に上機嫌なアグレは答えてくれず、テンフもそう言うならと気にしなかった為、話はそこで終わった。

       

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