Neetel Inside ニートノベル
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翼竜憑きの蔑称
■2『出世に必要な物』

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 ■2『出世に必要な物』

  テンフは、いつもの様にアグレの背中に乗っていた。だが、頭に何かがひっかかっていて、アグレの歌に集中できなかった。
(なんだろうなぁ……。まるで、アグレがいきなり知らない歌を唄いだした、みたいな、違和感が喉から出てこないんだよなぁ……)
「どうしたぁ? 私の歌に飽きたか、クソ坊主」
「いや、アグレの歌は最高なんだけどさ……。すっげえ、昨日の事に違和感があって」
 昨日――それは、テンフと野盗が戦闘をした日である。無事に命が助かって、手柄を手にした日。
 だが、嬉しい、だけでは済まない違和感が、テンフの中にあった。
「違和感? ――まさか、自分が大それた手柄を立てたから、それを信じられないってんじゃないだろうねえ」
「……そんなんじゃないよ」
 あれは綱渡りもいいところだった。落ちればそこは地獄という、ぎりぎりの綱渡り。それを越えられた事を、信じられないわけではない。だが、何かを見落としている気がして、テンフは昨夜からずっと考えていた。
「わっかんねえー……」
「なら考えるのはやめな。いいかいテン。三秒考えてわからないことなら、それは捨てな。迷うってことは、重りを背負うってことだ。翼竜模法ワイバーンモードを使ってるアンタなら、わかンだろ?」
 翼竜模法。
 それは、テンフがアグレの動きを見て覚えた、人間が竜の動きを模倣するという、無茶な体術である。虫の動きを真似る、というのは異国にある。それをモチーフに、アグレがテンフに叩き込んだ。
 自らの牙で作った二本のナイフを、時には翼に、時には顎に喩えて戦う。それが、アグレ考案の『翼竜模法』である。
 獣の本能と、人間以上の知性を持ち合わせる竜を模倣するのだ。迷う事を、竜はしない。
 そして、獣は武器を持たない。だから、剣を苦手にしているのだ。
「ん。わかったよ」
「そんなことより、今日は楽しみじゃないのさ」
「……なにが?」
 アグレは、喉の奥を鳴らして笑う。ロクな事を考えていないんだな、と長年の付き合いで、テンフは察した。
「なにが、って。お前、わかんないのかい?」
「だから、なにがだよ?」
「……わかんないならいいさ。どうせ、すぐにわかる」
「なんだぁそりゃ……?」
 気にはなるが、すぐに疑問を手放す。すぐにわかるというのなら、考える理由はない。
 アグレはいつものように、王都の近くでテンフを下ろし、家へと帰っていった。
 そして、王都へ向かって鍛錬代わりにダッシュする。
 アグレの教育方針は、基本的に『走れ』と『狩れ』である。獣は自らを鍛えない、が、人間が獣になる為には鍛えねばならない。鍛えるとは、獣と同じ事をするという意味だ。
 だから、『走れ』と『狩れ』だ。
 一日に何キロ走ったかわからなくなるほど、足の裏が血まみれになるほど走り込み、翼と呼べる足腰を作った。
 一足飛びで馬の背に乗るほどの跳躍力と、一瞬で相手の懐へと潜り込む瞬発力。すべては、走り込みで得た力だ。
 小さく見えていた王都が、段々と見えてきて、正門を通ろうと、門番に挨拶をする。
「おはよーございます!」
 先輩騎士に、頭を下げるテンフ。門番は、笑顔で「よぉ、昨日はすごかったな!」と肩を叩いてくる。
「え、き、昨日……?」
「噂になってるぜ。キミの親代わりの竜が、騎士団の寄宿舎にやってきて、王都全土に響くくらい叫んだからなぁ。『私の息子が野盗と一人で戦ってる』ってね。んで、帰ってきた騎士達が、キミの大手柄を酒のツマミにしてたからね」
「そ、そうなんですか……?」
 結構、俺の事心配してくれてるんだな、とテンフは照れくさくなった。いつもはそっけないが、見てない所だとしおらしい。アグレってそういうタイプだったんだ、と新たな発見をした気分になる。
「あぁ。見習いがここまでの手柄を挙げるってのは、珍しいからな。いいよなぁー、俺も手柄挙げてーよ。コーラカルは平和な国だからさ、野盗だって滅多に見ねえんだ」
「そうですねえ……。俺も、初めて見ました」
「早速昨日の自慢話?」
 門番と話していたら、プリュスがいつの間にか横に立っていて、テンフは驚き「い、いつから?」と上ずった声で尋ねる。
「ついさっき。昨日はアグレの所為で起こされて、びっくりしたよ」
「あぁー……ごめん……」
「別にいいけどさ。それより、昨日の詳しい話教えてよ」
「詳しい、って言ってもなぁ……」
 門番に手を振って別れを告げ、二人はいつもの様に学園へと向かう。
 昨夜、アグレが王都に侵入しているからか、なんだか王都全体が浮足立っているように見えた。というより、事実浮足立っていて、テンフを見つめて噂話をしていた。いつもより少しだけわかりやすいだけで、いつもの事だ。テンフは気にせず、プリュスへ昨日の詳細を話していた。
「……翼竜模法。そのナイフ、そうやって使うためにあったんだ」
「まあ、ね」
「――なんで今まで使わなかったの? 模擬戦だって、使ってたらトラディスにだって勝てたかもしれないのに」
「いや、無理だよ。トラディスは魔法剣士だろ」
 魔法は、剣を極めながら学べるほど甘くない。
 剣は、魔法を学びながら極められるほど甘くない。
 だが時たま、剣も魔法も両方扱える、天才という物が居る。そいつらは大抵の場合、どちらかをより極めようとするが、その天才のさらに一握りには、剣も魔法も使いこなしてやる、と野心に満ちた人間がいる。
 それが、コーラカル騎士学園唯一の魔法剣士、トラディスだ。
「俺が翼竜模法を使ったら、あいつは確実に魔法をぶっ放してくる。魔法のダメージは洒落にならない、あいつが魔法を使ってくるなら、殺し合いになっちゃうし。――それに」
「……それに?」
「剣が苦手なんだ。命のやり取りにならない内に、俺は剣も習得したい。この国じゃ、剣が扱えないと騎士じゃないしさ」
 獣としての自分は、アグレとの生活で育てた。
 だが、騎士として、人間としての自分は、まだ未熟もいいところ。学校なのだから、それを学ばなくてはならない。

  ■

 学校でも、王都内と大して変わらない。むしろ、テンフを知っている分、噂話が具体性を増していた。
「ねえ、あの子でしょ。例の、翼竜憑きって」
 座学の教室。テンフとプリュスは教室の端に隣り合って座っていたのだが、そんな噂する声が聞こえてきた。どうやら、女子生徒の集団が、テンフの噂話で楽しんでいるらしかった。
「そうそう。いっつもトラディスくんに負けてて、弱っちいと思ってたんだけどね? 手柄を得るのも、騎士の大事な能力って事なのかなぁー」
「でも、今まで負けてたのに急に野盗に勝ったって、どうしたんだろうね。今までは手加減してたとか?」
 テンフにとって、嬉しいとは言えなかった。もちろん、認められるのは嬉しいが、それはせめて、なんの心配事もなくなってからがよかった。
「なんか、これはこれで居心地がよくないなあ……」
「いいじゃん、認められてきたってことだよ。もっとシャキッとしなって」
 テンフの背中を軽く叩いて、元気付けるように微笑むプリュス。だが、今までと扱いが違いすぎて、むず痒そうにしているテンフの気持ちもわかるのか、それ以上のことは言ってこなかった。
 なんだか、座っている椅子の表面に虫が這っているような気持ち悪さを感じながら、テンフは授業が始まるのを今か今かと待った。
 だが、ただで終わるわけもない。
 いきなりテンフの机が蹴っ飛ばされた。
 正体はすでに見るまでもない。トラディスが、テンフの机の前に立っていた。眉間に青筋が走っていて、かなりご立腹だった。
 そして、トラディスの後ろには、ファナックが信じられないと言った様子で、テンフを見ている。
「ちょっ、何してんのよトラディス!!」
 机を叩いて、立ち上がるプリュスを無視して、品のない笑顔でテンフを見る。
「よお……、飛竜憑き。昨日大活躍したそうじゃねえか。テメエのとこの竜の声が、ウチにまで聞こえてきたぜ」
「……ありがとう」
「ありがとう? ありがとうて、お前、俺が心底お前の活躍を嬉しがってる様に見えんのかよ? ムカついてんだよ、テメエによぉ」
「ほんとだぜ。一回もトラディスに勝ってねえのに、どうやって手柄モノにしたんだ? そこんとこは、詳しく知りたいけどな……」
 ファナックが、ジッとテンフを見つめる。その視線は、テンフの腰にあるナイフを見つめていた。なんとなく不愉快な物を感じて、それを手で隠すテンフ。
「お前、もしかしてよぉ、剣よりもそっちのが強いとか――」
「ファナック」トラディスが、小さくファナックの名を呼び、言葉を千切る。「おもしれぇ。飛竜憑きよぉ、今日の模擬戦、そのナイフでやれよ」
「……ダメだって」
 テンフは、微笑んでその敵意を躱そうとした。だが、視線が釘付けになったみたいに、トラディスは、テンフを見つめたままだった。
 仕方がない、と、テンフはトラディスへ視線を返す。
「このナイフは、学校内じゃ使えない。コーラカルの騎士だしさ、俺も」
 剣に生き、剣に死ね。
 それがコーラカル騎士の理念であり、ナイフを使うのは、自害する時くらい。
「――ちっ」
 トラディスは、舌打ちをして、自分の席へ戻ろうと踵を返した。そして、テンフにしか聞こえないくらいの小さな声で、『つまんねえやつ……』そう呟いた。
 ファナックもトラディスに続いて、その場を去っていく。
「ったく。やっかみもああまで行くと芸術品ね……」
 プリュスはイライラした様子で、机を人差し指で叩きながら、去っていく二人を見つめる。
「自分らがまだ手柄立てられないからって……。しょーもないったらないわね」
「まあまあ……。なんで俺よりプリュスが怒ってんのさ?」
「テンフが怒らないから、代わりに怒ってるのよ」
「……別に怒ってないわけじゃないけど、トラディスだって、同じ騎士隊の仲間になるかもしれないし。できりゃあ、無駄なトラブルは無しにしたいんだ」
「――プライドを守る為に怒るのは、無駄ってわけ?」
「そうじゃないって。俺のプライドとは違うから、怒ってないだけ」
「やっぱり怒ってないんじゃない」
「あっ……」テンフは、額を押さえて、ため息。「い、いいじゃん。俺の問題だし」
「目の前で起きたんだから、私の問題でもあるでしょ」
「そ、そうかぁ?」
 その瞬間、教室に戦術学の教師が入ってきた。授業が始まる、と、慌てて周囲の生徒達が机に座る。だが、予想に反して、彼の第一声は、授業とは関係のない物だった。
「あー、テンフ・アマレットくん。キミ、今日は授業受けなくていいや」
 皆が、教師からテンフに視線を移した。テンフは、自らの鼻を指さす。
「お、俺ぇ? なんでですかっ! まさ、まさか、勝手な事したから退学とか!」
「違う違う。王様からの呼び出しだよ。昨日の件が褒められるんじゃないかなぁ?」
 今度は、教室の全員が、叫んだ。当然、テンフもだった。
 騎士見習いが、直々に王から呼び出される。夢のまた夢、それを別の言い方にすれば、こういう状況になるだろう。

       

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