Neetel Inside ニートノベル
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 テンフは、大量の金貨が入った袋を抱えたまま学校へ行く気にもならず、そのまま王都グランデを抜け、いつものアグレと落ち合う泉まで行き、口笛を吹く。
 口笛が聞こえそうな距離にアグレはいないが、それでも、数分待てば、なぜかアグレが飛んできて、テンフの前に立った。
 ふしゅー、と、小さなため息を鼻から吐いて、テンフを睨むアグレ。なぜ睨まれているのかわからないテンフは、「な、なんだよ?」とたじろいでしまった。
「サボりか?」
「いや、こんなん持ってちゃ学校なんていけないからさ」
 そう言って、テンフは持っていた金貨袋の口を広げ、アグレに見せつける。
「……盗みか?」
「違うって! この間の野盗退治の報酬だよ。俺が騎士業で稼いだ金だ。受け取ってくれるだろ?」
「ふっ」
 鼻で笑うアグレは、「親孝行の息子を持って、幸せだよ」と言って、頭を下げる。
「茶化すなよ……」
 そう言って、テンフはアグレの頭に乗った。羽撃き、空を固め、その風に乗り、飛び立つ。
 優しい肌触りの風が、テンフの頬を撫でる。
「前から気になってたんだけどさぁ、アグレって、どうやって金稼いでんだ?」
 家に帰れば、きちんと晩飯が用意されている。いくらなんでも、タダで食材が手に入るほど、世の中は甘くない。テンフが自分で食材を買った事はないし、金を稼いだのも今回が初めてなので、アグレには何か収入源があるはずなのだが、それをテンフに明かした事はなかった。今までは、自分で金を稼いでいなかったので、そこに疑問を挟む事はなかったのだが。
「――気になるかい?」
「気にならない、って言ったらそりゃあ嘘だけどさ。悪い事して、稼いでるんじゃないだろうな」
「カカカッ」喉の奥を鳴らして笑うアグレ。「心配すんな。ちゃんと雇用を受けて、働いているさ」
「……ふぅん」
 アグレは、隠し事はしても嘘を言うタイプではない。だから、テンフも信用しているのだが、しかし、アグレが誰かに雇われている?
 竜は、そう簡単に出会える存在ではない。アグレに育てられているテンフでも、それは知っている。アグレ以外の竜に出会った事がないからだ。
 そんな存在が誰かに雇われているなど、噂にならないわけがない。
「その話、詳しく聞いてもいいか?」
「親の仕事に口を挟むなって。心配しなくても、悪い事はしちゃいない」
「そか。なら、別に俺からも言う事はないけど」
「そうさ。親のやることに口を挟むな。私がすることは、すべてお前の為さ」
「そういう事、堂々と言わないでくれよ。恥ずかしいじゃん」
「それよりも、テンフ? さっき、騎士の報酬って言ったが、それは王様に謁見してもらったんだろ?」
「え、あ、まぁ」
 テンフはふと、嫌な予感が背筋を撫でた。あ、怒られるな、と、なんとなくわかる時の感覚。
「お前、ちゃーんと王様に自分をアピールできたかい?」
「……あぁー、隣に居た騎士長には、もっと礼儀を覚えろって言われた」
「学校で習わなかったのか?」
 テンフは、アグレの背に寝転がり、「苦手なんだよなぁー」と空を見つめる。
「ったく。隣に私がいたら、アシストする所だったんだが……。お前も、一人でそういう事をできるようになりなよ」
「わかってるって……」
 テンフは、先ほどの騎士長を思い出す。寂しげに、『礼儀は必要だぞ』と言う彼だ。俺もああいう顔をしながら、ああいう事を言う様になるんだろうか。そう思うと、テンフは胸が一回り小さくなったように感じてしまう。
 騎士という職業を選び、しかしそれでも、アグレの様に自由を楽しんで生きてみたいとも思う。
「……なぁ、アグレ」
「ん?」
「今日の晩御飯、なに?」
「今日は羊肉のソテー」
 そう言われて、テンフは、「やった」と呟いた。
 アグレの料理は、本当に美味しい。どうやって作っているのかは、見たことがないけれど。

  ■

 翌日、テンフはいつもの様に学校へ登校し、いつもの様に授業を受け、いつもの様に校庭で、トラディスと模擬試合をしていた。
 彼の剣裁きは、テンフから見ても見事だった。攻防一体。
 テンフが剣を苦手としているのを差っ引いても、一方的な試合運びだった。
「そらそらどうしたぁ! ナイフ使ってもいいんだぜ!」
 突きを主体とした、トラディスの剣技は、力強さと早さを兼ね備えている。右手は剣用、そして左手は魔法用。いまは左手を遊ばせている為、本気を出していない事になる。
「俺は、剣を学びに来てるんだッ!」
 テンフは、トラディスの剣を弾きながら、なんとか懐に潜り込む隙を見つけようとする。胸を狙った一撃を、テンフは弾いて躱す。いまだ、と足に力を込めると、すでにトラディスは剣を手元に戻し、もう一度、突っ込もうとしてきたテンフへと放つ。
 言わば、遊ばれている。『今なら突っ込めるぞ?』と挑発され、突っ込もうとしたら『やっぱり殺す』と脅される。
 二人は、どちらも本気を出していない。
 テンフはナイフを使っていないし、トラディスは魔法を使っていない。
 だが、それを周りは知らないのだ。ただ、テンフが剣技で負けている様に見えている。
「おいおいトラディスー。ちょっとは手加減してやれよぉー」
 と、ファナックを含めた周りが煽る。だが、トラディスはそれを聞いても、イライラしたように顔をしかめるだけだった。決めようと思えば決められる。しかし、トラディスの何かが、そうはさせないのだ。
 木剣と木剣で鍔迫り合い、二人は額がぶつかり合うほど近寄る。
「テンフ――本気出せよ……ッ」
 テンフにしか聞こえないほど小さな声で、トラディスは呟いた。
「……俺は、いつだって本気だよ」
「ムカつくぜ……。お前、本当は、俺を弱いと見下してるんじゃねえだろうな……」
「……トラディスは強いじゃないか。魔法剣士、憧れるよ」
 そう言った瞬間、トラディスは、テンフの胸を蹴っ飛ばし、距離を取った。
「うぐっ――」
 倒れたテンフの首元へ、トラディスの剣が伸びる。
 普段なら寸止めで終わるそれだったが、しかし、今日に限って止まらない。竜に育てられたとはいえ、テンフも人間。喉を潰されたら、さすがに死んでしまう。
「トラディス、やめ――ッ」
 ファナックが、止めようと声をかけた。だがそれよりも早く、テンフ達の担任教師が、トラディスの木剣を掴んだ。
「……トラディス・トーレ。そこまでだ」
「……掴まれなくても、やめる気でしたよ」
 剣を引っ込め、舌打ちをし、背を向けて、その場から去ろうとするトラディス。だが、担任教師はその背に声をかけて、呼び止めた。
「トラディス・トーレ、ファナック・アイザック。お前ら二人とも、ちょっと待て」
 立ち止まったトラディスは、堂々とした態度で、教師の元へ戻るが、テンフへの扱いに罪悪感を抱いているらしいファナックは、オドオドとした態度で、教師へ近づいた。
「テンフ・アマレット、お前も立て」
「はぁ……」
 なにも悪い事をしていないテンフでも、少しだけ心配になった。不甲斐ないとか、そういう事を言われそうな気がしたから。けれど、そんな心配は、すぐに杞憂だとわかった。
「お前ら三人――いや、プリュス・ロココ含め、四人か。ツイてるな」
「……は?」
 声を上げたのは、ファナックだった。
 担任教師は、その声を無視して、言うべき事を並べ立てる。
「いいか、お前ら四人で、今日の放課後、王宮へ行け。姫様が隣国ゲグゥトへの外交の為に行くんだが、その護衛役に抜擢されたぞ」
 おぉ、と周囲から歓声が上がった。
 姫の護衛、騎士にとって、戦争と同じくらい花形の仕事だ。大事な物を守る事は、実力があるからこそ任せられる事。
「そ、それ本当ですか! やったなトラディス! これ、僕ら出世街道に乗ったんじゃ!?」
 ファナックは両手を挙げて喜んでいたが、その反対に、トラディスはまた顔をしかめて地面を蹴る。
「……どうしたんだ? トラディス」
「バッカヤロォ……。この仕事の意味、わかってて喜んでんのか?」
「どういうことだ?」
 舌打ち、そして、「もういいよ」と、今度こそ、その場を去っていく。
「なんだ? トラディスのやつ、変なの」
 そう言って、ファナックは一人、ごきげんそうに、周囲の生徒達へと自慢しに行く。テンフ一人だけが、その場から浮いていた。彼も、トラディスの言う通り、この仕事の意味について考えていたからだ。

 ゲグゥト。
 ここ、コーラカルの隣国であり、独裁軍事国家である。無理な侵略で着実に領地を広げているが、コーラカルに対しては少し足踏みをしている状態だ。
 なぜ? アグレの所為だ。
 竜一匹で、大砲いくつ並べるハメになるのか、考えるのも億劫になる。初めてアグレがコーラカルに現れた時も、まるで戦争という空気が流れたほどなのだ。だからこそ、ゲグゥトも手を焼いている。
 だが、きっかけさえあれば、いつでも攻めてくるだろう。
 そんな国へ行く護衛を、騎士候補生に? もちろん、テンフ達だけではないのだろうが、それでもおかしい。
 実戦経験の無い騎士候補生など、足手まといにしかならないはずで。

「……あの姫様か?」
 ほとんど勘で呟いたが、それが外れているとも思えなかった。
 理由はわからないが、あの姫はテンフの野生にビリビリと引っかかる何かを持っている。
「先生」
 疑問に思ったなら解決しないと、迷いになる。
 迷いは枷となり、命を地獄へ引きずり落とす。
 テンフは教師へと質問した。
「どうした、テンフ・アマレット」
「……いえ、トラディスは抜擢される理由がわかります。魔法剣士ですから。俺もまあ、野盗との戦いを認められたと思えば、わからないでもないですが、なんでファナックとプリュスまで?」
「さぁな……。俺達だって、一応反対したんだ。お前が言った通り、トラディスは実力的にも問題ないが、テンフは実力が足りていない。……正直言うと、教師達の間では、お前の活躍はまぐれ、というのが通説なんだ」
 申し訳無さそうに目を逸らす教師に、テンフは「そりゃ、そうでしょうね」と微笑む。何せ、今まで一度だって勝利という物を人目につくところで見せた事のないテンフだ。そんな彼の実力を信じろ、という方が無理だろう。
「だがまあ、ファナックもそれなりの実力はあるし、プリュスも相当やれる。――それでも、学生レベルでは、だ。正直、不安しかない。おかげで人員を、護衛としては破格の人数つけるハメになった。そうでもしないと、お前らを入れるわけにいかないからな」
 気苦労を感じさせるため息に、思わずテンフは「おつかれさまです」と言っていた。すぐに「お前の所為だ」と言われた。

       

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