Neetel Inside ニートノベル
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「……それから、俺はアグレと一緒にスラムを出て、森で暮らし、どうやってかは知らないけどアグレが稼いだ金で生活をして、騎士学校にまで通えるようになったってことです」
 テンフは、そっと頭を上げる。自分の話を聞いて、シュティがどういう表情をしているのか気になったからだ。憮然とした表情で、「そんなもんか」と思っているのか、それとも甘えるなと眉間にシワを寄せているのか。
 あらゆる表情を想像したつもりでいたのだが、シュティの表情はテンフの想像を超えていた。
「うっ、ぐす……」
「えっ、泣いてんすか!?」
「私には想像も出来ない苦労をしてきたのだろう……。そのような苦労を背負う国民が生まれないよう、我ら王族がいるというのに、申し訳ない……」
「いや、別に、王様を恨んだ事はないんで、どうでもいいっすけど……」
「そういう物なのか?」
「恨むどころか、同時は顔すら知らなかったし。遠くの人間を恨むほど、余裕のある人生でもなかったし」
「そういう物なのか……」
 噛みしめるように、何度も頷くシュティ。やんごとなき立場である彼女にとっては、テンフの身の上話が新鮮らしく、泣いていたかと思えば清々しい顔で、
「お前との話、今後の人生に活かさせてもらう」と言いだした。
「そんな重たい話じゃなかったでしょう」
「いや、翼竜憑き。お前の仄暗い人生が、今の糧となっているのは間違いない。私にとっても、今の話は参考になった」
「それなら、まあ、よかったです」
 それ以外になんと言っていいかわからなかったので、そうしてテンフは黙った。
「だが、まだ肝心な事がわかっていない。お前が本当に、野盗を倒せるほど強いのか、ということだ。お前達見習いを私の護衛という大役に任命したのは、それを確かめるためだ」
「……俺は、何事も無くこの仕事が終わるのを期待してますよ」
「ふん。相変わらず、覇気の無い男だな。かつては、生き残る手段を選ばない男だったのだろう」
「選ぶ選択肢が無かっただけです。アグレのお陰で、俺は選択肢を選ぶ自由が生まれただけです。選ぶだけの力をもらえただけです。翼竜模法ワイバーンモード……アグレからもらった、俺の力」
「それだ。それを聞かせろ。その、『翼竜模法』というやつだ」
 テンフは、首を傾げた。聞かせろ、と言われても、アグレの教え方は下手だったし、かなり体で覚えた部分が多い。なので、なんとか頭の中で自分が学んだ物を整理する。
「学ぶ事の基本は、模倣だってアグレから言われました。あいつも、狩りの仕方や生きる方法は、親の背中を見て学んだとも。だから、俺にもその教育方針で教えていくって。それを武術の形にしたのが、人間の体で竜の動きを真似る、翼竜模法です。異国には、蟷螂の動きを真似る、蟷螂拳とかあるそうですが、まあ、それの発展形って感じらしいです」
「……そんなのが使えるのなら、普段から、他の皆が言うほどトラディスに負ける物か?」
「俺は学校ではナイフを、というか、翼竜模倣を使ってないんです」
「……我が国の文化か」
「はい。ナイフではなく、剣を使わないと、騎士とは認められませんから。――それに、俺にはこのナイフ以外は、どうも武器としてしっくりこなくて」
「そうなのか。――そのナイフ、少し見せてみろ」
「あ、はい……」
 テンフは、腰に提げていたナイフを引き抜いて、シュティに手渡した。
「いいナイフだ。刀剣には疎い私でも、オーラがわかる」
「それは、アグレが自分の牙で作ってくれたナイフです。銘は『気高き刃プライド・エッジ』」
「ほう。……寄越せ、と言いたいところだが、さすがに親からもらった一番のプレゼントを奪うほど、野暮な性格はしていない」
 シュティからナイフを受け取ると、テンフは手の内で回転させ、持ち直してから腰の鞘へと戻す。
「竜の牙は万物を砕くというが、刃にすれば万物を切れるということか」
「それはどうも、本人の技量によるみたいですけど……」
「……ふむ。とりあえず、面談はここらで終えておくか。当たり前だが、これだけでは貴様の実力など、わからんな……。もう任務に戻っていいぞ」
 テンフは頭を下げて、馬車から出ようとした。
 だが、その瞬間に、外から声が聞こえてきた。部隊長の叫びである。
「敵襲ーッ! 敵襲だぁ!!」
 外から悲鳴が聞こえてきて、テンフは入り口の布を小さく開き、覗き込む。どうやら、以前テンフが斃した野盗の仲間か、それとも別の野盗か。
「――チッ!」
 テンフは、先ほど納めたばかりのナイフを腰から引き抜いて、馬車から飛び出した。そして、空中で両手を広げ、二振りのナイフを逆手に持つ。
「翼・刃・疾・風――ッ!」
 その言葉で構えを思い出しながら、着地。
 ダッシュする瞬間、着地した際の衝撃を殺すのではなく、方向を逸らして、その衝撃に乗るイメージで走り出す。そうすれば、テンフはまさに疾風と化す。
「竜風斬!!」
 テンフが、敵陣の間を駆け抜ける。
 そうすると、まるですべてを切り裂く突風が吹いて、肉を裂いて飛ばして行ったように、周囲の敵がバラバラに崩れていく。
「テンフッ!?」
 目の前で、一瞬にして数人の敵兵を切り崩した彼を見て、プリュスは驚きのあまり叫んだ。それは、いつもトラディスに負け続けている彼の動きとは、まるで違っていたから。
 突然、違う存在と化してしまったようで、プリュスは驚きのあまり、一瞬立ち止まってしまった。
 戦場において、一瞬は多大なる意味を持つ。その意味を失うということは、命を落とすのと同義。
 プリュスの命を刈り取ろうと、彼女の背後から敵兵が剣を振りかぶる。
「プリュスッ!」
 それに彼女より早く気づいたテンフは、一足飛びで彼女の懐へ飛び込み、抱き寄せ、その敵兵の喉を掻っ切った。命が絶たれた敵兵が、テンフ達に向かって倒れこんでくるが、その腹を蹴っ飛ばして、仰向きに地面へ叩きつける。
 そして、一応プリュスは無傷だと確かめてから、彼女を放し、再び敵陣に突っ込んでいった。
「だ、ダメだってテンフ! ちゃんと味方との連携を取らなきゃ!!」
プリュスの言葉は、テンフの耳に届いていなかった。ナイフを振るい、敵兵をどんどん殺していく。
「もうっ!」
 プリュスは、掌に溜めた魔力を放ち、テンフのアシストをする。
「テンフ・アマレット! 貴様は姫さまを連れて離脱!! ここを離れろ!」
 部隊長の叫びと同時に、テンフは腕を掴まれて、やっとその動きを止める。
「――わかりましたッ!」
 翼を生やしたように跳んだ。竜の様に、地上を蠢くモノ達を無視しての移動。翼竜模法ワイバーン・モードには、毎日の走りこみで作った健脚が欠かせない。
「姫様! 一度ここを離れます!」
 先ほどとは違う真剣な表情で自分を見つめるテンフに、シュティは頷いて、素直に抱きかかえられる。
 馬車から飛び出した二人は、その戦線を早急に離れる。背後から、野盗達が迫ってくるが、しかし翼竜模法で鍛え込んだテンフの足には、到底追いつけるモノではない。それに、森を歩く事は慣れていないと普段通りにはいかないもの。かつてはアグレと共に森で修行していたテンフは、まるで平坦な道を走るように、弓矢でさえ追いつけない速度で走る。

 そうしていると、すぐに周囲から人の気配が消え、テンフはシュティを地面に下ろした。
「貴様、足が速いな。馬に乗っているかと思ったほどだぞ」
「馬じゃなくて、竜って言ってほしいところなんですけど……」
「ふむ。では、その様に訂正しよう。――それで? これからどうするのだ、テンフよ」
「とりあえず、ここからだとゲグゥトへ向かうよりも、コーラカルへ戻った方が早いし安全です。コーラカルへ戻りますが、いいですか?」
「うむ。ならばそれに従おう」
「では」と、テンフはシュティを再び抱きかかえようとするのだが、その手を軽く叩かれてしまう。「いたっ」
「たわけ。婚姻前の女が、そう気安く男に肌を許してはならんのだ。あれは緊急事態にのみ許す」
「はぁ……。そういうもんですか」
 理由はさっぱりわからなかったが、一国の姫が持ちあげるなというのならそうするだけ。
「結構歩きますけど、大丈夫ですか?」
「体力に自信はないが、しかししょうがない。貴様の指示に従おう」
 その言葉にテンフは頷いて、夜空を見上げる。星の位置から、方角を見出す。コーラカルの位置を把握し、その方向へ歩く。
「ほう、星読みができるのか?」
「アグレに習ったんですよ」
「ふむ、竜というのはいろいろ知っているものだな。叡智を極めた者という噂も、嘘ではないのかもしれない」
「そんな印象もないですけどねえ……」
 そういえば、俺ってあんまりアグレの事を知らないなぁ、とテンフは思った。
 アグレがどうやって料理を作り、その材料費を稼いでいるのか、学費というのもあるし、過去はどうしていたのかというのも気になる。今まで追求した事はなかったが、追求したところで、アグレが答えるとも思えなかった。
「……そういえば、一つだけ気になっていた事があるのだが、いいか?」
「はい? なんです」
「アグレって、父親なのか? 母親なのか?」
「――はっ?」
「ん?」
 歩いていた二人は、向い合って見つめ合う。戦場のロマンス、というには些か間抜けな雰囲気だが。
「いや、アグレの性別を訊いているんだが……」
「性、別……?」
 テンフは腕を組み、考えこむ。
「き、聞いたこと無い」
「なに? ――そういう、ものなのか? でも確かに、私も両親に『どちらがお父さまで、どちらがお母さまですか』などと聞いたことはないが……。貴様の場合、そういう話ではないな。私も、貴様が野盗を倒した夜に一度だけアグレの姿を見たが、見た目ではわからないし……」
「気にした事なかったなぁ……」
「竜っていうのは、雌雄同体だったりするのか?」
「さぁ……」
「気になるな……。よし、命令だ。無事帰れたら訊いてこい」
「まあ、別にそれくらいなら――ちょ、ストップ。止まってしゃがんでください」
「うむ」
 シュティをしゃがませ、テンフも地面にしゃがみこむ。
 そして、地面にナイフを突き刺し、その柄に耳を当て、周囲の音を探る。
「三、いや、五人――周囲に来てますね」
「……いけるか?」
「正面から戦って、仮に逃しでもしたら、俺達の場所がバレてしまう恐れがあるので、こっそり逃げましょう」
 ナイフを鞘に戻し、テンフの先導で、二人はしゃがみながら、木の葉の陰に隠れて進む。
「……面倒くさいな。テンフ、ヤツらを追っ払うとかできないか?」
「そう言われても、するなら戦闘は回避できないし、姫様に怪我をさせるわけにはいかないですから、難しいですね」
 テンフは頭上を見上げ、そこに蜂の巣を見つけた。
「っと――。刺されでもしたら大変だ……あれ?」
 蜂を刺激しないように、より気をつけて、静かに動く。
「……あれ?」
 そうしていると、テンフは手に触れた一輪の花に気づく。
「これって、ムガラ……。近くに蜂の巣があるなんて、珍しいなぁ」
「ムガラ? なんだそれは」
「虫にとっては栄養抜群の花、なんですけど、虫の嫌いな匂いを発してるから、虫が近寄れない花なんですよ。潰して肌に塗れば、虫よけになるんです」
「ほう。ここは虫も多いし、いいタイミングだ」
「――あっ」テンフは、何かに気づいたように、ムガラを見つめた。
 戦闘せずに敵を追い払う方法を見つけたのだ。

       

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