Neetel Inside 文芸新都
表紙

掌編道場
お題:地下室 作:和田 駄々

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「アンダーグラウンドワーキング」


 食器を片付け終え、トイレに行こうとする妹を引き止め、俺は尋ねる。
「てか今日おかんは?」
 食卓にはつい先ほどまで、俺と妹2人分の作り置きの煮物が並んであったので、6人家族休日の昼食としては寂しい風景だと食べ終わった後に気づいた。
「なんだっけ。ああ、確かカラオケ大会。町内会の」
 と答え、トイレに向かう妹を再び引き止める。
「おとんは?」
「ゴルフ。昨日言ってたじゃん」
 まだまだ引き止める。
「おばばは?」
「部屋で編み物でもしてんじゃない。てかいい加減うざいんだけど。おじじはどっかその辺、外ほっつき歩いてるでしょ」
 妹が段々適当になってきた所で、俺は仕掛ける。
「おい、テレビにお前の好きなジャニタレ出てるぞ」
「え! うそまじで?」
 妹の意識がテレビに向いた刹那の隙を突き、俺はダッシュでトイレに向かう。動機は1つ。一刻も早くうんこがしたかった。ただそれだけだ。
「ふざけんな糞兄貴!」
 追いかけてきた妹だったが、寸での所で俺のマジ加速に追いつく事は出来ず、無慈悲な錠がかかる。築20年2階建ての我が家にトイレは一箇所しかなく、その座席の奪い合いは時にこうした戦争を生む。猛烈な勢いでドアをノックする妹にジャック・ニコルソン的恐怖を感じた俺は、トイレ内に設置してあるおとんの本棚からゴルゴを取り出し、きばりつつも読む事にした。飛び飛びの巻数で置いてあるそれらの中から、これでもないあれでもないと背表紙を人さし指で引っ張り、戻し、を繰り返している時、事件は起きた。
 流されてしまったのだ。うんこが、ではなく、俺がだ。それから便器の中にではなく、便器ごと。正確に言えば、ケツ丸出しの俺を乗せた便器が、床ごと地面に向かって沈み、下へと流れていった。これにはこんにちはしつつあった物も思わず引っ込んだ。便意と一緒に人生観を吹き飛ばす驚きがあった。
「世界の理を」
『我が手に』
「では本日の会議は終了。解散」
 そこでは、年齢も性別も国籍も不明の、黒い頭巾を被った連中が円卓を囲んでいた。便器に乗って上から現れた俺に注目する者は1人としていない。周囲は暗闇で、この部屋がどのくらいの大きさなのかも分からない。唯一分かるのは、俺の理解を超越しているという事だけだ。
「おわああああああ!?」
 黒頭巾のうちの1人が、便器に乗って絶叫する俺に気づいた。そして立ち上がると、こう言った。
「トイレの仕掛けに気づいたのか」
 どことなく聞き覚えのある声だ。仕掛けというと、ゴルゴの単行本がトイレ方小型エレベーターの起動スイッチになっている事だろう。偶然俺のした操作が正しかったらしい。いやむしろ間違っていたのか。
 ブン、と電子音がして、黒頭巾のほとんどが目の前から消えた。どうやら立体映像だったようだ。残った黒頭巾は2人。
「本来ならこの秘密会議を知った者には死んでもらうが、家族のよしみで許してやろう」
 家族?
 1人が黒頭巾を脱ぐ。そこに現れた顔は、俺の良く知る顔だった。
「おとん!?」
 平凡な我が家の地下で、何やら怪しげな秘密結社の会議が行われていたというだけでも驚愕だというのに、その秘密結社メンバーの正体が実の父親だったとなると最早何が正常なのか分からなくなってくる。
「そろそろ隠しておくのは限界のようね」
 もう1人の黒頭巾もいつの間にかその素顔を晒している。俺を生んだおかんだ。
「夫婦で何してんだ!?」
 俺の心からの突っ込みに、いつもさきいかをつまみに酒を呑んで巨人の悪口ばかり言っている親父がキリッとした態度で答える。
「世界を裏から掌握し、正常な形に保つ為の活動だ」
「政界、財界、裏社会。我々の思い通りにならない物はない」
 カラオケの採点機能からも小馬鹿にされるおかんとは思えない台詞に、俺は思わず乾いた笑いを零す。
「一体いつから……?」
「お前が生まれる前からだ」
「……小遣い上げてくれ」
「よかろう。1000円アップだ」
 世界を操ってる割にショボ過ぎるだろ。いくらか冷静になった俺は、考えを巡らせる余裕が出てきた。
「ははは……凝ったサプライズだけど、俺の誕生日はまだ半年先だぜ」
 おとんとおかんは顔を見合わせる。真顔だ。子供の頃に悪い事して物置に閉じ込められた時よりも怖い。
「信じられないのも無理はないが、事実だ」
 パンッ。おとんが手を叩くと、暗闇の中に映像が浮かび上がった。居間のテレビをこれに変えてくれ、と思うほどに良い画質で映っているのは灰色の建物。大中小のバーコードを3つ重ねたようなその見た目。わが国の国会議事堂だ。
「会議でこの国の中枢機関の爆破が決定した。これより決行する」
 ただのテロリストじゃねーか。突っ込む暇も理由を問いただす時間もなく、モニターの上に時間が表示される。爆破10秒前の文字と始まるカウントダウン。テンポ良すぎるだろ。
 5、4、3……え、マジなのか……? 2、1。疑いつつも緊張する俺。0。
 が、爆発は起きなかった。
「何だと!? 作戦が失敗したのか!?」
 おとんが叫ぶと、おかんも「馬鹿な……!」とわなないていた。
 その時、モニターに映ったのはおばばだった。婆ちゃん。つまりリアル祖母だ。
「お前達の陰謀なぞ私にはお見通しさね」
「お婆ちゃん!?」
 床が真っ二つに割れた。俺とおとんとおかんの3人が下に落ちた。
 家の地下の更に地下。そこにいたのは巨大ロボの司令官的なオーラを放つ婆ちゃんだった。腕を組み、何も知らない俺と、1つ上の階で秘密結社をしていたおとんとおかんを見下ろす。襟の立った軍服のような物を着ていて、いつも曲がっている腰はしゃんとしている。
「馬鹿な……! ただの民間人ではなかったのか!?」
 おかんが憎々しげにおばばを睨んだ。その台詞は俺が3人全員に言ってやりたかった。
「あたしらが何年生きてると思ってるんだい」
 あたしら。どうやら3人ではなかったらしい。
「まだまだ甘いのう」
 解体された爆弾を片手に、黒いラバースーツを着たおじじが暗がりから登場した。最近深夜の徘徊が多くなってきたボケ老人とは思えぬキリリとした表情だ。サイバーなデザインのサングラスも着用しており、雰囲気はプロフェッショナルのそれだ。おじいさんは国会議事堂へ爆弾処理に。お婆さんは自宅の地下でオペレーションを。どんな日本むかし話だ。
「息子夫婦の陰謀を阻止するのも年長者の義務じゃからのう」
 苦虫を噛み潰す両親に代わって、俺は尋ねる。
「結局、おじじとおばばは一体何者なんだ?」
「わしらは国家秘密特攻警察。脅威から国を守る為にもう60年も働いておる」
「くっ、私達は手の平の上で転がされていたという訳ね……!」
 おかんはそう言ったが、それなら俺は小指の爪の先っちょの上で転がされていたという訳だ。
「わしらがいる限り」
「日本に悪は蔓延らん」
 決め決めのポーズを取る高齢者2人。こうなったらもう、俺としては何でもいいやと呆れていると、続けて声が響いた。今度はモニターではなく、脳内に直接。これまた聞き慣れた声で、具体的に言えばついさっき聞いた。確かトイレの前にいたはずだ。
『貴方達の行いは、全て見させて頂いていました』
 そして再び落下。秘密結社と特攻警察の4人は驚いていたが、俺としてはもう慣れた物だ。
『我は太古より存在するこの国の神』
 ふわり宙に浮かぶ妹の姿。俺は溜息を漏らしながら、ついでにうんこも漏らした。

       

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