Neetel Inside 文芸新都
表紙

未定。(正式タイトル)
真・未定。

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   序章

 何もない濃紺の世界に突如大地が浮かんだ。
 宙に家や木々が形作られ、すとんっと落ちて綺麗に並ぶ。
 その間を道が走り、空が青く染まって白い雲が浮き出す。
 暖かな陽光が差し込み、さぁっと爽やかな風が吹いて、木々の揺れる音に小鳥が歌い始める。
 そうしてあっという間に平和な住宅地が出来上がった。
 その中心に光が現れ、徐々に人の姿になる。
 暗い金髪に健康的な肌、鮮やかな青緑の瞳が印象的な十五・十六歳の少年だ。
「これが十九世紀のアメリカの一般的な住宅地だって」
「土地の使い方が贅沢だね。空が広い」
 違う声と共に二つの光が現れ、人になる。
 どちらも先の少年と同じくらいの年齢だろう。
 ニ人とも彼に続くように歩き、周囲を見回して目を輝かせている。
 メガネをかけた賢そうな少年が口を開いた。
「当時はほとんどの場所に人が住めたらしいよ。人口も五十億超えていたとか。
 それより、これってH社の最新だろ。しかもロストヒストリーの中期十九世紀の再現版って、さすが資産家の区長ご子息だよな、ノルベルト」
 称えられた最初の少年ノルベルトは得意気な笑みを浮かべた。

 そこは電脳世界と呼ばれる仮想世界。
 全てが思い通りに出来る自由な夢の世界……だったのは、電脳技術が完成してから二十年間程の話。
 現在は政府の厳しい監視と規制が行われていて『自由』には遠い世界だ。
 規制するに至った理由は、その依存性・中毒性の高さ。
 自由な夢の世界は現実よりずっと快適で魅力的。
 そのために現実世界に戻りたくないという人が増えた。
 電脳世界に繋がったまま死亡する人も続出し、他にも様々な悪影響を及ぼして大きな社会問題になり
 そして今では電脳の接続時間が決められ、破ったものは強制的に電脳世界から排除、更生施設に強制収容されるまでになった。
 未成年に対する規制・制限は特に厳しい。
 アダルトコンテンツは勿論、体験型ネットゲーム等中毒性が高いとされているものは、成人して一定のメンタル・生活水準などの審査基準をクリアしなければいけない、遠い大人の世界。
 子供に出来る事といえば、与えられた時間とフリースペースの中で、許可されているプログラムアイテムを使い遊ぶくらいだ。
 しかし、それでも現実よりずっと楽しいのは確かだった。

 のどかな町並みに電子音が鳴り響く。
 制限時間が迫っているのだ。
 家の中を見回っていた三人は顔を顰めた。
「あー……もう時間だ。一時間って短すぎるよなぁ」
「折角細部まで作りこまれてても、こんな短時間じゃぁね」
「制作の申請すれば最長三時間になるんだっけ」
「え、申請すんの?面倒じゃねぇ~?制作過程の提出とか完成品の評価とか色々あるんだろ」
「そう。んで、出来悪かったらボランティアな」
「最悪っ。ノルベルトのオヤジさんの力でどうにかならないのか?」
「区長レベルが電脳規制に介入できるかよ」
「やっぱり無理かぁ~」
 三人は愚痴を零し合い、間もなく鳴った二度目の電子音と共にそれぞれの現実に戻っていった。
 
 現実に戻ったノルベルトは固定装置を解除すると、電脳世界と繋がる首後ろのコードを抜き取って、電脳ベッドから立ち上がる。
 長期使用を防ぐ意図なのか、一般家庭用は寝心地がとても悪く、ノルベルトは嫌いだった。
 しかし転倒や事故を防止するためにと、体を固定できる専用ベッドの使用が義務付けられているので、使わないわけにはいかない。
「窮屈すぎて、息が詰まる……」
 低く呟いた後、背中や腰の痛みを和らげようと大きく伸びをした。
 呟きはベッドだけではなく、電脳規制の全てに対する不満の言葉だった。
 そして溜息を残し、苛立たしげに部屋を出ると、いつも通り一人で夕食を取ろうとキッチンに向う。
 その途中、玄関で父の姿を見つけた。
「あれ?おかえり。今日は早いんだ?」
「あぁ、ただいま。飯か?」
「うん、今から」
「そうか、じゃぁ久しぶりに一緒に食べよう」
「メイドに連絡は?」
「車の中から」
「そっか」
 じゃぁきっとメニューも変っているな、などと思いながらキッチンを覗くと、メイドはまだ料理をしていた。
 やっぱりメニューを変えさせたらしい。
 普通ならすでに出来上がっている時間だ。
 ノルベルトはやんわりと苦笑零し、ダイニングに移りテーブルに着いた。
 一度自室に向った父が戻ってきた。
「まだ出来てない」
 頷いて父はノルベルトの向かいに腰を下ろした。
「急だったんだね」
「一つ予定が変更になったから時間が空いてね。海外出張前にこういう時間を作りたかったから、丁度良かったと慌てて戻ってきた」
「そんな長期いく訳でもないだろ」
「まぁそうだが。そっちも長期休暇に入るじゃないか。その前に色々。成績について、前以て言い訳を聞いといてやったりな」
「失礼だな~言い訳するような成績はとっていませんよ」
 苦笑するノルベルトと対称に、父親はそうかと朗らかに、少し嬉しそうに笑った。
 ノルベルトの母親は幼い頃に亡くなっていて、父親と二人暮らしだ。
 父は仕事熱心な人であまり家にいない。
 一人を寂しく思う事はたまにあるけど、自由に出来る方が嬉しいので不満はなかった。
 しかし自由だからといって羽目を外し過ぎたり、問題を起こしたことは一度もない。
 信頼を失えば干渉が始まり、自由が失われる事を知っているからだ。
 父もそこを理解してくれていて、少々のことなら軽い注意で済ませてくれている。
 多くの人に支持されて、長年区長をやっているそんな尊敬できる父親から信頼され、その証として自由を許されている事はノルベルトにとって誇りであり、自由そのものよりもその事が失われる方が怖いのかもしれない。
 一緒に過ごす時間は少ないものの、良い親子関係であるとノルベルトは思っていた。
 生活もメイド型アンドロイドがいるので困ることは何もない。
 学校も友人関係にも問題はない。
 出来上がり運ばれた料理を食べながら、親子は語らう。
「今年のグループ課題はあのセットを使うと言っていたか?」
「そう。ロストヒストリーをテーマにしようって。まだセットとメインテーマしか決まってないけど」
「父の知り合いだった人に、ロストヒストリーに詳しい研究者がいたなぁ。連絡取ってみるか?」
「あ~・・・お願いしようかな」
「分かった。・・・で、ガールフレンドはどうなったんだ?」
「・・・」
「なるほどな~」
「プライベートな問題に突っ込むなよ」
「父親にとっては関係あるだろう。未来の娘になるかも知れないんだし」
「俺まだ16なんだけど」
「数を重ねれば良い人に出会うって訳でもないぞ」
「見る目は養えるんじゃない?」
「そして美化した過去のあの子が一番良かったんじゃないかって後悔する」
「嫌なこというな」
「はっはっは。まぁ見る目よりも自分が変る事は大きいから、経験を重ねることも悪いことじゃないさ。女たちや社会に揉まれ磨かれ、丸くなるといい。そして削られた部分に余裕が生まれ、その余裕で荷物を持ち合ったりと、そういうことがはじめて出来る。そして愛し合う二人のお互いの余裕の中に子供が生まれてくるんだ。子供が窮屈な思いをしないように、角で不要に傷つけてしまわないように、頑張って削られなさい。失うだけでも、無駄になるだけでもなく、新しい物を受け入れたり生み出すスペースを作ると事だと考えればいい。持っていないと言うことは多くを手に入れられるチャンスであると」
「俺は恵まれてる方だと、多くを与えられた人間だと思うけど」
 ノルベルトの父は区長、祖父は電脳技術開発に携わった人で、家は資産家。
 母の記憶は少ないけれど、時間があればこうやって父になりに来てくれる親がいて、生活に不満はない。
 五体満足で、頭も運動能力も一般平均はあり、顔やスタイルは良いほうだと自負している。
「恵みと幸福は必ずしもイコールではない」
「・・・うん」
 それは分かる気がして、ノルベルトは素直に頷いた。
 父はそんな息子の様子に微笑みを浮かべる。
 食事の後もしばらく話し込んだ後、ノルベルトは自室に戻り眠りに付いた。

     



 長期休暇に入って数日が経った。
 こういう長期の休暇中には学校から沢山の課題が出される。
 課題の中にグループ制作があり、休暇に入ってから毎日のように電脳世界に集まっていた。
 今日はノルベルトの十九世紀のセットを使い映像資料を作っている。
「えーっと、次はこのカット?」
「じゃぁ俺と……」
「私~」
 段取りの確認していた中、突然聞きなれない音が鳴り響き、機械音声アナウンスが流れ始めた。
≪区民番号20578-12、ノルベルト・アルバレス≫
 フリースペースに所有者以外が干渉を行えるのは管理者クラスであり、また、それは滅多に行われない事であった。
 グループに動揺が広がる。
 呼ばれたノルベルトは慌てて名乗り出た。
「は、はい。俺です」
≪システムマスターより貴方に緊急召喚命令が出されました。すぐに転送を行いますか?≫
「え?!あ~……の」
 ノルベルトには呼び出される心当りがまったくなかった。
 それに今まで大きなトラブルを起こした事がなく、こういう状況には慣れていない。
 助けを求めるように仲間を見た。
「申請関係かな?代表者ノルベルトにしてなかった?」
「ソレかも」
「とにかく行った方がいいと思う。私たちはもう帰るから」
「そうだな。じゃ、また明日~」
 そして短い挨拶を残しすと皆は戻ってしまった。
≪転送を行いますか?≫
 再び機械音声が問う。
 ノルベルトは観念し、小さく答えた。
「……はい」

 目の前が真っ白になり、次の瞬間には別の場所に居た。
 そこはロストヒストリー時代のサバンナだろう。
 今は亡き力強い生命に溢れる世界は、燃える様な夕陽の赤に染められていた。
 その美しい世界にノルベルトは思わず見入ってしまった。
「はじめまして」
 背後から聞こえた声で我に返り、慌てて振り向く。
 そこには誠実で優しそうな青年が立っていた。
 世界に合わせたのだろうか、見たことのない民族衣装を纏っている。
「は、はじめまして」
 青年は温かく微笑んだ。
「僕はエンリーケス・カブレラ。よろしく」
「ノルベルト・アルバレスです。よろしくお願いします」
 二十代半ばくらいだろうか、ノルベルトが想像してたよりも随分若い。
 青年はノルベルトの横に立ち、景色を見つめた。
「綺麗だね」
 頷きノルベルトも振り返る。
 匂いを含む乾いた風が吹き抜けた。
「生命に満ちていた地球。それはどうして失われたのか」
 視線を感じ、それが自分に投げかけられた問いだと理解して、ノルベルトは記憶を探った。
「確か……一つの決定的な原因があったのではなく、複数の要因が最悪のタイミングで重なってしまった、と記憶しています」
「そう。どれか1つ、2つ程度では、地球はここまで大きく変貌することはなかった。六割という大量の生物が死滅することも、これほどに環境が悪化することもなかったんだろうね」
 ノルベルトは頷いたが、正直そんなことはどうでも良かった。
 何故自分がここに呼ばれたかの方が気になっていた。
 しかし青年は続ける。
「人の文明が与えた地球への悪影響は、その中でも大きな要因の一つに挙げられる。しかし、文明の力のお陰で人は生き延び、他の生物も保護された」
 ノアの箱舟という計画の元、人類が生物保護を行ったらしい。
 全滅したと言われている生物の中には、その計画によって遺伝子情報を残されているものもいて、何種類かはクローン技術による復活が成功している。
 電脳世界では殆どの生物が再現されいて、恐竜だってペットに出来る程だ。
 だが、今のノルベルトにはやはり関係ない話だった。
「でも人がもっと早い段階で環境問題に取り組んでいたら、ダメージはもっと少なく済んだ事は確かだね」
「あの……?」
 まだ続くらしい相手の様子に、ノルベルトはたまらず口を挟んだ。
 緊急召喚など滅多に行われることじゃない。
 こんな話をする為に呼び出される訳はないし、そんなに言い出しにくい程の事なのかと、余計に不安でたまらなくなる。
「うん? あぁ、ごめんごめん。本題に入ろう」
 ノルベルトの不安を他所に、穏やかに笑う青年を見つめて言葉を待つ。
「実は君のお父様の事で、少し協力をお願いしたいんだ。今迎えを向わせているから」
 正面に大きな画面が現れた。
 そこにはノルベルトの近所を走る政府の車が映し出されている。
「父がどうかしたんですか?」
 父親は昨日から海外の方に出ている。
 父の身に何かあったんだろうか?それとも何かしでかしてしまったんだろうか?
 不安に胸がざわめく。
「詳しい話は此処では出来ない。ただ、君のお父様に何かあった訳じゃないから心配はいらないよ」
「分かりました……」
 エンリーケスの言葉に少し落ち着いたものの、子供の自分がこんな形で呼び出されるなんて、ただごとではないはずだ。
 その時画面から『到着しました』という声が流れてきた。
 画面はノルベルトの家の入ってる建物の前だった。
「それじゃ、また後で会おう」
 はい、と頷いた後、
「あ……ウチはメイド型アンドロイドがいるので、もし時間がかかる事なら外出許可プログラムも」
 各家庭での門限を過ぎる場合には前以てメイドに伝える必要があり、法で定められている時間を過ぎるものは許可されない。
 それも過ぎる場合には、保護者やその資格を認められた地位の大人に許可プログラムを用意してもらう必要がある。
 それを行わないと未成年保護法によるプログラムで通報され、捜索隊が出動してしまう。
「分かった、用意しよう」
 答えを確認して、ノルベルトは電脳世界から退出した。

 現実に戻ったノルベルトは父親と連絡をとろうとしたが、父親には繋がらなかった。
 しかし通信の相手は特に変ったことはないと言っていた。
 これ以上できることはないだろうと、仕方なく仕度を始めることにした。
 今は夜の七時、メイドの許可プログラムも用意すると言っていたから遅くなることは確かだ。
 泊まりも考えられるので、着替えと直ぐに食べられる携帯食を鞄に詰め込んだ。 
 間もなくしてメイドが来客を知らせた。
「オ客様ガイラッシャイマシタ」
「あぁ分かった」
 ノルベルトは部屋を出てメイドを引きつれ玄関に向う。
 玄関の外には政府要人専用型のボディガードアンドロイドが二体立っていた。
「お迎えにあがりました」
 政府の車に政府要人専用ボディーガード。
 しかも此処は区長の官邸が入っているセキュリティの厳しい建物だ。
 やはり身元は確かなんだろう。
 先ほどのエンリーケスの名前と格好と若さ、そして発音の微妙な違いから違和感を感じていて信用しきれないで居たノルベルトは安心した。
「メイドの方に許可プログラムをお願いします」
「了解しました」
 一体のアンドロイドが、メイドの首筋にプログラムカードを差し込んだ。
「外出許可、承認シマシタ」
 メイドはやはり承認した。
 他人の子供の保護プログラムに許可を出せる大人は多くない。
 不正を行えないように、メインシステムの管理の厳しさはかなり上のランクに入る。
 本人確認を行わなくても承認されたのは政府関係者だからだろうか。
 しかし、どうにも信用しきれない何かがある。
「データを」
「ハイ」
 そう言ってノルベルトはメイドとノートパソコンを繋ぎ、承認関係のデータを保存した。

 アンドロイドにつれられ、車に乗り込んだ。
 運転手もアンドロイドのようだ。
 生身の人間が誰もいないというのは落ち着かないが、珍しいことではない。
 ノルベルトはふと気になった事を聞いてみた。
「エンリーケスさんはオンラインでこちらの状況を?今話せる?」
「いいえ」
「じゃぁ、いまこの場の映像や音声の記録保存は?」
「行われています」
 嘘をつかせていない事は信頼できる。
 しかし、何故記録をとっているんだろうか?
 政府用ボディガード型では普通に行われることなんだろうか?
 区長の息子とはいえ、その辺までの詳しい事情は知らなかった。
 ノルベルトはノートパソコンを取り出し電脳に繋いだ。
 先ほどメイドから取り出したデータを確認する。
 承認された人物は<エンリーケス・カブレラ>とあった。
 写真も確かに電脳世界で会った青年だ。
 別人ではないかもしれない。
 更に詳細を調べようと思ったが出来なかった。
 名前以外の全てに≪機密事項≫と記されていた。
「なっ……」
 思わず驚きの声を上げた。
 しかしノルベルトは諦めず、すぐにネットでも検索してみた。
 個人情報は出回っていなくても、どこかの偉い人なら引っ掛ってもいいはずだ。
 しかし該当はない。
 メイドに承認させたということは、一般には公開されていないだけで、身元は確かなはず。
 お手上げと溜息をつき、ノートパソコンを仕舞った。
 それらしい経歴を並べ立てられるより不思議な説得力がある、と浅く笑い外に窓に目を移す。
 ノルベルトは眉を顰める。
 窓が真っ黒だった。
 景色が真っ暗なのではなく、いつの間にか黒いカヴァーを掛けられているのだ。
 見れば全ての窓が真っ黒。
 アンドロイドの運転手なら、外部カメラの映像で運転することも可能だ。
「何故目隠しを?何処に向っているんだ?」
「お答えできません」
「どうして?!」
「法に触れることになります」
「法に?」
 場所を教えたり詮索するだけで法に触れる場所とは、政府の重要施設くらいしか思い浮かばない。
 しかし何故そんな機密の場所に自分をつれていくのだろう。
 一体自分はどんなことに巻き込まれたんだろう。
 次第に不安が恐怖を帯びてきた。
 そうだ、とノルベルトは再びノートパソコンを取り出した。
 そして外出許可の期限を呼び出す。
 許可期間を過ぎれば通報されて騒ぎになる。
 つまり、期限には家に戻れるのだ。
 しかしその期待は無残に打ち砕かれた。

  ≪許可期間:無期限。≫

 画面には確かにそう表示されていた。


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表紙

椿ぴえ〜る。 [website] 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha