Neetel Inside ニートノベル
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 アホ二人。季作と一緒くたにされた事に些かご立腹なのか、結衣は
「誰がアホなのよ」
 と、大股で眉間にシワを寄せながら、幸太郎の元に歩み寄ってきた。その後ろをついてくる、照れた笑いを浮かべている季作。
「人の尾行しておいて、アホじゃないとは言わせねえぞ――ったく。まあ、今回はちょうどよかったがよぉ」
「ちょうどいい? なにが」
 幸太郎は、季作を見つめて、しばし考えてから、彼に言うのはやめて結衣を見た。
「お前、悪魔についてどれだけ知ってる」
「悪魔? ――あぁ、そういう事」
 結衣は、幸太郎の胸を見て、頷いた。だが、結衣と幸太郎の戦いを見ていない季作だけは、なにがなんだかわからないという顔色で、二人の間で視線を行ったり来たりさせることしかできなかった。
「ま、そうね。あんたの目的の為にも、あんたの中の悪魔がどういう存在か、知っておかなきゃならないものね」
「はぁ!? あっ、悪魔って、なんで幸太郎の中にそんな――まさか、幸太郎の故郷を滅ぼした悪魔って……」
「多分、そうだろうな。敵か味方かもわかんねえ――けど、この間みたいに、タイマンを台無しにされても困るんだよ」
 結衣は、つまらなさそうに舌打ちをした。以前、彼女も悪魔に取り憑かれた事を思い出したのだろう。
「あれは不愉快だったわね。――自分の体が、他人の好き勝手にされる感じは、二度と味わいたくないわ」
「ええ!? 蜂須賀先輩も悪魔憑きだったんスか!?」
 めんどくさそうに、結衣は頭を掻いた。いちいち季作に驚かれていては、話が全く進まない。仕方ないので、結衣は一気に季作へ事情を説明した。
 最初は信じられない、という風な表情をしていた季作だったが、信じなければ話は進まないと諦めたのか、最後には「なるほどな」と納得した。
「悪魔ってのは、契約をして、魂を対価に力を貸してくれるもんだと思ってたが、違うんだな。二人の話がマジなら、契約せず、一方的に乗っ取りができるみたいだし」
「そっちの方が、納得できる話だけどね。悪魔と人間の地力差は、それこそ蟻と巨象レベルだし。わざわざ契約なんてめんどくさい手段を持ち出す意味がわからないわよ」
「――つまり、オメーらはなんも知らねえってことだな?」
 黙りこくる二人。幸太郎は、舌打ちをして、歩き出す。
「ちょっと? どこ行くのよ」
 その背に声をかけ、呼び止めようとする結衣。
「わかんねえことがあったら、先生に訊くのが学生の常識だろ」
 顔を見合わせる結衣と季作。そして、「それもそうか」と納得し、幸太郎の後へとついていった。

  ■

 魔法の歴史と悪魔の存在は、密接な関係にあるとされる。
 人類で初めて魔法を手にした総魔家。人類が元々持っていた、魔力というエネルギーの運用方法を初めて悪魔から授かったとされているが、彼らが悪魔憑きだったという話はない。
 彼らはあくまで、魔法を世に広めただけ。
 そも、悪魔が確認されるまでは、総魔家が単独で魔法を作り上げたとされていた。悪魔という存在が確認されたのは、魔法が世に落とされてから数百年も後。
 総魔家を悪魔憑きだと疑うには遅すぎたし、仮に総魔家が悪魔憑きであれば、その力を使ってもっと大きな富を得ていたはず。
 彼らは魔法という力を売り、それなりの地位を得ることで満足した。
 そして、それは正解だった。
 総魔家だけでは、まだ生まれたばかりの未熟な技術だけでは、この世すべてを敵に回して勝てるわけがない。それならば、すべて明け渡し、対価を得る方がリターンは大きい。
 では、どうやって総魔家が魔法を得たのか?
 総魔家初代当主、総魔紫そうまむらさきはこう残している。
『ある日、私の前に、黒い靄が現れた。そしてその靄は、私に魔力という存在を教え、それが魔法という運用方法で扱えるという事を教え、消えていった。それだけだ』
 これは魔法歴史学に置いて、教科書の一ケタ台のページに必ず載っている出来事、通称『悪魔の悪戯』である。
 ただ一匹の悪魔が、なんの気まぐれか、自らの種族だけが持っていた魔法を人類に与えた。
 そして、悪魔の気まぐれは、その後人類を苦しめていく事になる。
 基本的には存在が疑われるほどの出現率しかない悪魔ではあるが、確かに存在し、大地震の様に期間を置いて、各地に現れては人々を殺したり、悪さを働く。
 それだけならまだしも、時として、人間に取り憑くことがあるのだ。
 これは歴史上、そう多いケースではなく、公になっているのはただ一人、『悪魔の尻尾を掴んだ男』こと『十時藍作とときあいさく』だけ。
 彼は悪魔に憑かれたが、契約した覚えはないという。対価はなにも支払っていないが、いつの間にか体の中に悪魔がいたのだという。

「――って、わけ。わかったかな?」

 そこは、埃臭くて薄暗い、歴史資料室。幸太郎、季作、結衣の三人は、魔法歴史学の担当であり、担任である南雲秀弥の元へやってきていた。
 先ほどまで妙に長ったるい魔法の成り立ちと、それに絡んでくる悪魔の暗躍をくっちゃべた挙句、微笑んだ南雲を見て、幸太郎は「ちげえんだよ、先生」と水を差した。
「え? 何が違うんだい?」
 デスクに座っていた南雲は、眼鏡をクイッと人差し指で押し上げた。幸太郎はそんな彼には目もくれず、周囲の魔法学的価値があるのだろうガラクタ達を見ながら、言った。
「俺が知りてえのは、なんつうかな……。そういう、歴史上してきた事じゃなくってさ。もっと根本的な、そもそも悪魔ってなに? とか、悪魔憑きを元に戻す方法とか、そういうんだよ」
「うーん、難しいねえ」困ったように笑う南雲。「悪魔っていうのはね、純魔力体といって、体がすべて魔力で出来ている存在で、未だにサンプル数が少ないから、どうやって魔力に意思が宿っているのか、そしてどこから生まれてくるのか、寿命はどのくらいなのか、種族を増やすのにセックスはするのかとか、まったくわかってないんだよ」
「――なによ? それじゃあ、『悪魔ってのは魔力で出来た生き物ってこと』しかわかってないんじゃないの」
「残念ながらね」
 結衣の言葉に肩を竦める南雲。
「そんなわけで、悪魔憑きは魔法学上、とっても重要なサンプルでね。もし悪魔憑きが見つかったら、大変だよ? 少なくとも、学会から召集かけられるだろうし」
 顔を見合わせる三人。そのあからさまに青い顔に、南雲は「ん? どしたの」と口を挟まずにはいられなかった。
「いっ、いやあ。なんでもないっすよ。ありがとうございます、先生! 俺たちの用事は済んだんで、これで! 行こうぜ、幸太郎、蜂須賀先輩!」
「おっ、おう!」
「そうね!」
「あ、ちょっと!? 君たち結局、なんで悪魔憑きになんて興味示してたの!?」
 季作に無理矢理話を打ち切られてしまい、南雲は彼らを止めきれず、結局疑問に答えてもらう事なく、教室から出してしまった。


 廊下を早歩きで行きながら、季作は「学会はマジーよ、幸太郎!」と眉間にシワを寄せていた。
「なんだよ、学会って」
「あんたね。モノを知らなさすぎよ! 学会ってのは、総魔家統括の魔法を管理する委員会のことで、魔法を極める為ならどんな無茶もやってのける連中って、評判なのよ」
「蜂須賀先輩の言う通り。学会に連れてかれたら、どんなむちゃくちゃされるかわかったもんじゃねえよ。さっき悪魔の話した時に出てきた『十時藍作』だって、学会に追い回されてたって話だぜ」
「少なくとも、まともな生活は送れないと思って、間違いないわよ」

「――失礼な事を言わないでもらえますか?」

 背後から聞こえてきたその声に、三人は思いっきり飛び退いて、声の主を見た。
 その声の主は、総魔告葉だった。彼女は、三人を侮蔑的に一瞥した後、ため息を吐いた。
「学会は極めて理知的な機関です。十時藍作の件にしても、彼が悪魔の力を使って好き放題していたからこそ、捕まえようとしていたわけですし」
「お、お前、――どこから話を聞いてた?」
 幸太郎は、思わず腰で隠した拳を握る。だが、告葉はきょとんとした表情で首を傾げ、「どこからって……そこの方が」季作を指差し、「十時藍作の話題を出していたところから、ですが」
 三人は、一斉に安堵のため息を吐いた。
「ったく……驚かせんじゃねえよ。寿命が何年か縮まったぜ」
「なんですか、不躾に。――まあ、それはいいですけど、なぜあなた達が十時藍作の話題を?」
「ん? ――あー……」
 学会統括、総魔家の娘に対し、馬鹿正直に「悪魔憑きになったから」と言えるわけもなく、幸太郎は言葉をすぐに出すことができなかった。彼は嘘が苦手なのだ。
「ああ、実はね、俺らもちょっとばっか真面目に魔法の事を勉強しようと思ってさ。そしたら当然、悪魔と悪魔憑きは欠かせなくなるでしょ?」
「はぁ、なるほど。それは確かにそうですね」
 幸太郎は、こっそり季作の背中を叩いて、咄嗟のファインプレーを褒めた。
「荒城幸太郎が魔法を見つめなおすというのは、感心ですね。よろしければ、私がお教えしましょうか?」
「それには及ばないわよ。お嬢様」と、結衣が幸太郎の前に立ち、告葉に対峙した。
「幸太郎には、私が、しっかり教えるから」
「そうですか。確かに、二年の蜂須賀先輩がいれば、私が出る幕はなさそうですね。――それでは、ごきげんよう」
 告葉は、三人の隙間を縫うように通り抜けていき、廊下の先へと歩いて行った。その背中を見ながら、結衣は「けっ! お高く止まってんじゃないわよ」と悪態を吐いた。
「――ここらで解散にするか? どっちにしても、今日はこれ以上収穫なさそうな気がするぜ」
 そう言って、季作は時計を見る。言った事も真実ではあるが、どうやらこの後に予定があるようだった。
 それを察し、そして彼自身も情報が行き止まりになったことは感じていたので、
「そうだな。今日はやめるかーっ」と、伸びをした。
「んじゃ、各自明日までに悪魔について、ちょっと調べて来ましょうか」
 結衣はそう言って、「また明日ね」と手を振りながら、来た方向へと歩いて行く。季作も、「じゃ!」と走って行って、その場に残ったのは、幸太郎だけになった。
「……俺も帰るかな。いや、その前に、学食でメシでも」
 中身を確認しようと、財布を取り出そうとした瞬間、幸太郎の頭の奥に水滴が落ちたような感覚がして、次の瞬間、待っていた感覚が、彼の脳を走り抜けた。

『やれやれ。やっと一人になったわね』

 それは、赤い悪魔。
 ハチェット・カットナルの声。

       

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