Neetel Inside ニートノベル
表紙

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  ■

 首を捻り、骨を鳴らして、倒れている九波を見つめる幸太郎。完全に気絶しているか、しばらく構えを解かずに見つめて警戒するも、ぴくりとも動かないので、両拳を腰に落とし、ふぅ、と小さくため息。残心を終えて、勝ちを確信する。
 幸太郎はポケットに手を突っ込み、その場から離れようとする。季作は、そんな彼に労いの言葉をかけるつもりで、一歩踏み出す。その彼よりも先に声をあげたのは、助けられたはずの総魔告葉だった。
「待ちなさい! 荒城幸太郎!!」
「あん?」
 幸太郎は、肩越しに振り返る。なぜか、告葉が自分を睨んでいて、意味がわからず「助けたのになんで睨まれてんだ俺は?」と彼女に訊いてしまった。
「先ほどの戦いはなんですか?」
「なんですか、って。お前を助ける為にやったんだろうが」
「……その事については、ありがとうございます。しかし、先ほどの戦い方はなんですか。あれが、森厳坂に通う生徒の、魔法使いを目指す者の戦いですか?」
「わりーけど、俺ぁ別に、魔法使いを目指してるわけじゃねえし」
「なら、なぜここに入学をしたのですか」
「っせーな! なんでもいいだろーが。助けてやったんだから、お礼の一言でもあっていいんじゃねえのか?」
「頼んだ覚えはありませんし、あの程度、助けてもらう必要もありませんでした」
「可愛げのねえ女だなぁ。そう思っててもよぉ、ありがとうくらい言って、穏便に済ませろよな。そう言われちゃあ、こっちだってムカついて引き下がれ無くなんだろうが」
 好戦的な笑みを浮かべながら、腰を曲げ、彼女の瞳を覗き込むようにして挑発する。だが、告葉は、それに怯むこと無く、幸太郎を睨み返してきた。
「まだ余裕でしょう。もう一戦、やりますか」
 幸太郎は、告葉から一歩離れて、「やめとくわ。今お前に殴りかかったら、俺ワルモンだしな」と、踵を返して、人混みを掻き分けてその場から離れた。
 そんな彼の後を小走りで追ってくる季作は、追いつくと、彼の肩を叩いて「すっげえな!」と無邪気に言った。
「あん? 何がだよ」
「何が、って、さっきの立ち回りだよ。魔法も使わねえで、魔法使い倒しちまうなんてよぉ。あんな光景がまさか見れちまうとは。お前、よっぽど魔法の使い方を熟知してんだなぁ」
 尊敬するぜ、と言いつつ、まったく敬っている様子を見せず、背中を叩く季作。「いてーよ」と言って、不機嫌そうに季作の手を払い除け、幸太郎は「……期待に添えねえと思うぜ」とだけ呟く。
「へ? 何がよ」
「……授業でも始まればわかるさ」
「だから、何がよ?」
 幸太郎の言葉の真意をさっぱり理解していない季作。その説明を求めるのだが、幸太郎は憮然とした表情を保ったまま、なにも答えない。

  ■

 手から火を出す。
 これが、魔法学校にやってきた生徒が初めてやる魔法と言ってもいい。まあ、当然大抵の場合、入学前から魔法が使える生徒が多く、この授業は生徒の魔法レベルが最低ラインに達しているかを確認する物となっていた。
 魔力を大気に混ぜ、燃焼させることでその性質を変化させ、燃焼した魔力で自分の手を火傷しないよう、皮膚に薄く膜を張る。そう言った、魔法に不可欠な魔力のコントロールができなければ、手から発火させる事なんてできない。
 一年E組は、初授業で校庭に出て、クラス全員、魔法基礎学担当の桂場かつらばから指導を受けて、発火魔法を行っていた。
 基礎中の基礎であるだけあり、総魔告葉を始めとした入学前から魔法に触れていた生徒達は、軽々と腕を燃やしていた。
 
「まあ、こんくらいなら楽勝だよなぁ」
 幸太郎の隣で右腕を燃やしながら笑う季作。その光景は、魔法を知らない人間が見たら、頭のネジが二、三本外れたと思うほど常軌を逸している。
 だが、魔法使いからすれば、まだまだひよっこという光景だ。
「……荒城はやらねえのか?」
 幸太郎は、舌打ちをして、掌に魔力を練り込む。
「かぁぁぁぁぁぁぁ……ッ!」
 幸太郎は、右手首を押さえ、足を開き、右腕を燃やすイメージを頭の中でグルグルと回す。具材を鍋に入れて煮込む様に。
「そんなに気合入れる事か?」
「かぁッ!」
 幸太郎の叫びと同時に、腕がボウっと大きな音を立てて、燃えた。
 ただし、一瞬だけ。
「……は?」
 その一瞬だけ立った大きな火柱を見て、季作はそれが出た掌と幸太郎の顔を交互に見比べる。
「なんだ、今の?」
「……魔力のコントロールが、苦手なんだよ」
「いや、いやいやいやいや! これ初歩の初歩! これができないんじゃ、魔法なんて――」
「――使えねえよ」
 幸太郎はバツの悪そうな顔をして、季作から目を逸らした。
「つ、使えないって」
「魔法が使えないから学校来たんだろうが。なんか間違ってるか?」
「い、いや……そりゃ、元々学校ってのはそういうもんだが……」
 魔法使いにとって、学校という物は学びに来るというよりも、卒業証書をもらいに来る場所と化している。一人前になった事を証明する為の場所であり、その為に入学前から魔法の研鑽を行っている人間も少なくはない。
 学校という言葉は、すでに形骸化しているのだ。
「ふぅむ……。そこまで壊滅的に魔力コントロールが下手な生徒は、初めて見たなぁ。コントロールができていないというより、なんだか外に出した魔力が一瞬で消えてるみたいにも見えるが」
 と、小太りに焦げ茶のジャージを来た、頭髪の薄い中年の男性が幸太郎達に近づいてきた。彼が魔法基礎学担当教諭、桂場禅道かつらばぜんどうである。
「ちょいショックなんですけど、その話」
 幸太郎は、言葉とは裏腹に、わかっていたと言わんばかりに不敵な笑みを見せる。
「その割にゃあ、なんかあんまりショック受けてるって感じじゃねえなあ」
 魔法使いとしての才能が無いと宣告されたにしては、幸太郎の態度が堂々とした物だったので、季作は頭の中が変にでもなったのかと思い、幸太郎の頭をジッと見つめる。
「小せえ頃から、師匠にずっと言われたからよぉ。『お前、才能ねえなぁ』って。結局、魔法らしい魔法は一つっきゃ使えねえし」
「へえ、師匠と魔法ねえ? 話せよ。面白そうだ。俺はさ、面白そうな話とラーメンが大好物でさ」
「ラーメンだぁ?」
 幸太郎はすぐに、この森厳坂魔法学院が全寮制である事を思い出す。
「この学校は全寮制で、しかも外出にゃあ届け出がいるだろうが。なかなか受理されねえって評判だがよ。ラーメン食うのも一苦労だろ」
「へっへ」したり顔で、鼻の下を人差し指の腹で擦る季作。「この学校はよぉ、出るのは苦労するが、普通に入ってくる分には結構緩くってよ。入学前にみっちり調べたから間違いねえ。出前も普通に取れるし、材料を注文すんのもヨユーなのよ。俺って結構作るのも好きでさ、今度作ってやるよ」
「そりゃあいい。いつかは食わしてもらいてえなぁ。――けどよぉ、出前っつったって、ここは山奥だぜ。伸びる前に、どうやってラーメン運んでもらうんだよ?」
「……あっ!」
 今気づいた、と言わんばかりに目を見開き、口を押さえる季作。幸太郎は彼とは違い、彼のアホさ加減を憐れむ様に、額を押さえた。
「ラーメンの話ばっかりしない」
 と、生徒名簿を頭に乗せるくらいの力加減で、桂場教諭は幸太郎と季作の頭を叩いた。
「まあ、荒城には驚いたが、学校はそういう人間を育てる為にある。わからないことがあったら、バシバシ! 聞きに来なさい」
「はぁ……。意外と熱いっすね、先生」
「こう見えても、熱血教師ドラマに憧れててね。出来の悪い子ほど可愛いんだコレが」
 出来が悪い、と言われた幸太郎だったが、そんな事は昔から知っているので、特に反論はせず、「なんかあったら言いまスよ」と愛想笑いを浮かべた。
「えー、それじゃあ、みんなの基礎魔力と魔力操作の実力はわかったので、今後のカリキュラムに活かさせていただきます。それでは、解散!」
 生徒たちは、「ありがとうございました!」と頭を下げ、その場から離れていく。幸太郎は背筋を伸ばして、大きなあくびで口を開ける。
「あーっ、終わった終わった。退屈な授業だったぜ。飯だ飯だ」
「それって、魔法ができるやつのセリフだろ」
「できねーから退屈なんだよ。普通の勉強みたいに、覚えりゃできるみたいなんだといいんだがよぉ」
 心底うんざりした表情の幸太郎に、季作は「お前、普通の高校行った方がよかったんじゃねえの?」と親切心で告げる。
「そういうわけにもいかねえんだよ。俺にゃあ、ここでやりてえ事があんだから」
「やりてえ事? なんだよ、それ。言っとくけど、可愛い彼女がほしいとかは、魔法使っても難しいと思うぞ」
「バッカやろー。彼女に人生の三年間捧げてどーすんだよ。俺はもっと有意義な事にだなぁ」
「その話、詳しくお聞かせしてもらってもいいでしょうか?」
 と、雑談しながら歩いていた幸太郎と季作の前に、告葉が立った。彼女は、幸太郎を睨み、笑っているのか怒りで眉間にシワを寄せているのか、判断しづらい表情を見せていた。
「なんだ? オメー、俺に興味があんのか? もしかして、俺に惚れてんのかぁ?」
「……くだらない冗談は、よしてください」
 表情が今度こそ、怒りに染まる。季作は自分よりも実力が上の魔法使いが怒っている事に危機感を抱いたのか、震えて幸太郎の後ろに隠れる。
 だが、幸太郎は片眉を釣り上げて、ため息を吐いた。
「っかぁー。可愛げのねえ女だなぁ。そんなんじゃあ、好きな男が出来た時、苦労すんぜ」
「……私をバカにしているのですか?」
「おう。戦う可能性があるやつは、勝ったくらいの勢いでバカにして怒らせろってのが、ウチの師匠の教えなんでよ」
「乱暴な師匠……。まあ、その辺りの話も含めて、聞かせてほしいんです。癪な言い方になりますが、あなたには興味があります」
「ほぉ。スリーサイズ以外なら、なんでも答えてやるぜ」
 幸太郎の挑発にいちいち乗る事もないと気づいたのか、黙って先頭を歩き出す告葉。
「お、俺も行っていいのかなぁ?」
 季作の耳打ちに、幸太郎は普通の声で「いいんじゃねえの? つうか、いてくれ。あの女と二人で飯食ってもあんま美味くなさそうだし、来てくれると助かるぜ」と言った。
 当然、その言葉は告葉も聞こえていたらしく、肩が震えていたが、幸太郎は気づいていない。季作も、わざわざ触れる事もないだろうと無視した。

  ■

 学食には、すでにたくさんの生徒が居た。体育館と同程度のスペースが取られており、新入生達が味わってみたいとたくさん押し寄せているからか、人であふれていた。
 三人は人混みを掻き分け、なんとか自分の分を確保し、席についた。
 幸太郎と季作の向かいに座る告葉は、焼き鮭定食を摘みながら、幸太郎を見つめる。
「単刀直入に訊きます。あなた、何者ですか?」
「何者って言われてもな。プロフィールでも言えばいいか?」
「でしたら、あなたの師匠と、魔法の才能がないにも関わらずここに来た理由を教えてください」
「ちっ。乗ってこなくなったな」幸太郎は自分の前に置かれた生姜焼きを口に放り込み、つまらなさそうに言った。「師匠の名はホープ・ボウ。知ってるか?」
「ほっ、ホープ・ボウ!?」告葉と季作が、大きな声を出し、机まで叩いて立ち上がった。驚いた幸太郎は、思わず味噌汁を机から落としそうになるが、なんとか死守した。
「知ってんのか?」
「し、知ってるも何も……。ホープ・ボウといえば、現存している魔法使いの中で、唯一悪魔を倒せるっていう、『悪魔狩り』の異名を持つ、伝説級の魔法使いだぞ!?」
 季作は知らないことが罪と言わんばかりに、幸太郎を怒鳴るが、幸太郎はそれでも、『そういやそんな風に呼ばれてたなぁ』としか思えなかった。
「おっさんはそういうの自分から言うタイプじゃなかったし、俺もおっさんと旅ばっかしてたから、魔法使いの常識みたいなのは詳しくねえんだよ」
 幸太郎は、白米生姜焼き味噌汁と三角食べで片付けながら返事をする。
「なぜ、ホープ・ボウに師事しておきながら、あなたはそんなに才能がないのです?」
 そもそも、よくホープ・ボウが見捨てなかった物だが、と告葉は思ったが、しかしそれを口にするほど彼女の性根は腐っていない。
「元々、俺ぁ弟子やるつもりはなかったんだよ。故郷が悪魔に滅ぼされて、生き残った俺はおっさんに引き取られて、せっかくだから習っとけってことで習った。元々、俺が才能に恵まれてないのはおっさんも知ってたからな。魔法っつーよりは、別のモンを習ってたし」
「別の物?」
 告葉はやっと立っている自分に気づいたのか、腰を下ろし、季作もそれに釣られて腰を下ろす。
「簡単に言うと、対魔法使い戦術。魔法を使えない俺の為に、おっさんが考案した格闘技だ」
「……あの悪魔狩りが、そんなモン作ってたとはなぁ」
「誤解されてるらしいが、おっさんは元々、魔法の才能に恵まれてたわけじゃねえよ。ただ、使い方と工夫が抜群に上手いだけだって、本人が言ってた。俺の対魔法使い戦術も、おっさんの戦術を魔法使えないヤツようにアレンジしただけだしな」
 体一つで魔法使いを倒す技術、それが対魔法使い戦術。幸太郎は自らの拳を見つめながら、さらに続けた。
「まあ、俺は一個だけ魔法は使えるが……。ま、才能がないのを補う為だな。肉弾戦の才能は結構あったみたいだし」
「……なるほど? 並みの魔法使いなら、その『たった一つの魔法』を出さなくても、楽勝というわけですか」
「まあな。特に、遠距離しかしてこないタイプは俺の餌だ」
 魔法使いにとって、近距離戦闘は邪道。自らが鍛えた魔法力のみで、不動のまま勝利を手にするというのが、もっとも理想的な戦闘。だから、幸太郎の言葉は『魔法使いは全員俺にとって楽勝』と言っているのと同義。
「でしたら、今度はぜひ実際に見せていただきたい物ですね……。私も、魔法には自信があるので」
「おもしれえ。今度は是非、俺を寝かしつけてほしいもんだな」
 幸太郎と告葉は、互いに睨み合いながら、自分の食事を平らげていく。
 それを見ながら、季作は学食の醤油ラーメンを啜り、「面白くなってきたなぁ」と呟いた。

       

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