Neetel Inside ニートノベル
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  ■

 幸太郎と告葉の二人は、互いに少し急ぎ気味に昼食を食べ終え、同時に立ち上がって、食堂を出た。
「どこでやんだよ。俺ぁどこでもいいぜ、ここでもいい」
 と、幸太郎はニヤニヤと笑いながら言った。
 告葉は彼の方を見ず、「校舎の裏に、格技場があります。そこで正々堂々、決着をつけましょう」
 背後からついてきている季作は、互いに一触即発な雰囲気を出す二人を見て、「あいつらって結構、似たもの同士なんかなぁ」と考えたりしていた。
 そうして、二人は季作以外には知られず、校舎裏の格技場へとやってきた。フェンスで囲まれた、テニスコートほどの広さがある――というか、事実ネットとラインが取り払われただけで、ほぼテニスコートと言ってもよかった。
 幸太郎と告葉は、そこで向かい合った。幸太郎は、手にバンテージを巻いて、告葉は右手の人差し指に指輪を填める。
 戦闘が突発的ではなく、計画的に始まる場合、相手がどう準備するかを観察するのが大事だ。
 もう何度も巻いているバンテージなので、手元を見なくてもしっかり巻ける。自分の準備をしながら、相手を観察することを忘れない。
 告葉が填めた指輪、幸太郎はいくつかの想定を頭の中でしておき、警戒を強め、バンテージの上からオープンフィンガーグローブも填める。
 これで、幸太郎の拳は大幅に強化された。元々、全身を激しく叩き、鍛えている幸太郎だ。裸拳でもそれなりに戦えるが、どういう魔法が来るかわからない以上、自分ができる最大限の装備をしておくのは当然。
 準備を終えた幸太郎は、左のガードを下げ、右拳を顎の横に添えるような構えを取り、左手の指を曲げて、告葉を呼ぶように挑発する。
「どーぞ、先手は譲ってやるよ」
 幸太郎はそう言って、余裕の笑みを浮かべる。
「自分が強いという、プライドですか? そういうのは実戦において、無駄なだけですよ」
 告葉は右手を幸太郎に向かって突き出す。その掌から、まるで弾丸のように光弾が発射される。加速魔法もかけていないのに、九波信介の湖流陣よりも速く、幸太郎目掛けて飛んでくる。
「はっ、はぇえ!」
 遠くで見ている季作だからこそ、その速度を目で追う事ができた。俺なら躱せない、そうまで思ったけれど、幸太郎は「おっと!」と横へ転がる様にして躱す。
「中々やるようですが、それならこれで!」
 今度は、光弾を三つ連射した。左右どちらに逃げても躱せはしない。ジャンプして躱せるような甘い弾丸でもないし、とにかく幸太郎が躱す術はない。
 躱す、術は。
「俺に半端な魔法は効きゃあしねえ!!」
 幸太郎は、自分の真正面に飛んできた光弾へ向かって右ストレート。
 光弾とは、魔法使いにとって最もポピュラーな攻撃だ。出すなら火が簡単ではあるが、例えば火の魔法が得意な魔法使いなら、その防御は完璧になる。吸収されて、魔力を奪われるという可能性がないわけでもない。
 相手の得意属性がわからない以上、うかつに属性攻撃を仕掛けるのは危険。
 なので告葉は、『魔法が使えないというのもフェイクなのでは』という考えから、幸太郎相手でもいつも通り光弾を選択した。
 戦闘に置いてポピュラーということは、つまりそれだけ安定した威力が望めるということ。それを拳で叩き落とすなど、ただ拳を殺すだけの行為。告葉の光弾であれば、最悪幸太郎の右腕が全て吹っ飛んでもおかしくはない。
 それなのに、幸太郎の右拳が、告葉の光弾を撃ち抜いていた。
「まっ、こんなモンか」
 幸太郎は自らの右拳を開き、調子を確かめる。悪くない、むしろいいくらいだ。
「ば、バカな……!」
 告葉は、先ほどの光景が信じられないとばかりに、今度はマシンガンばりに光弾を連射しはじめた。
「一目でわかれよ! 俺に遠距離攻撃は効かねえってよぉ!」
 拳のラッシュ、光弾をすべて打ち砕き、幸太郎は地面を殴って、その推進力で告葉へ向かって距離を詰める。
「速い……!」
 ただ地面を殴っただけでは、あそこまでのスピードは出せないはず。おそらくは、あの現象こそが――魔法を打ち砕いたり、異常な推進力を生むあの力こそが、幸太郎が使えるたった一つの魔法。
 あれだけの事を、たった一つで賄える。つまりは――。
 告葉は眼前に防御魔法で透明な壁を作り出し、バックステップ。
「しゃらくせえ!!」
 その壁を、幸太郎は再び拳で砕く。拳に先ほどの魔法を込めたのだろう。しかし、そのせいで推進力は止まってしまい、二人の距離は開いたまま。
 告葉は、一瞬大きく息を吸った。
「あなたの魔法は――もしや、拳から一瞬だけ魔力を放出する魔法では……?」
「へえ」幸太郎は、嬉しそうに顔を歪める。「よくわかったじゃん。そう、俺の魔力はなんでか知らねえけど、外に出た瞬間一瞬で消えちまう。だから、全開の魔力を思いっきり叩きつけるしかできねえんだ」
「そ、それって……」
 二人には聞こえないくらいの声量で、季作が呟いた。
「それって、逆に難しいんじゃねえのか……?」
 魔力は基本的に、出して止めてを一瞬でやる必要がない。そんな風にして魔法を出しても、ほぼ意味がないからだ。先ほどの幸太郎みたいに、火でそれをすれば何かを燃やす事もできないし、水なら少し湿らせるのが限界。
 やる意味がないのだ。蛇口から一瞬だけ全開で水を捻り出し、そしてすぐバルブを締めるようなもの。意味がないし、手間がかかる上に、それが使い物になるレベルで捻り出せるには、蛇口の性能、つまりは魔力の総量に比例する。
 つまり、相当の魔力量を要求される。
 だが、そもそもそんな魔力量を持っているなら普通に魔法を撃った方が強い。
 幸太郎がしたような使い方しかできないので、『遠距離こそ王道、近距離は邪道』と考える魔法使い達はしないのだ。
「そう、これが俺が一つだけ使える、俺だけの魔法。『魔力バースト』だ」
 幸太郎は、地面を殴って空中へと飛び上がる。
 先ほどの、幸太郎が手から火を出した光景は告葉も見ていた。
 頭の中で仮説が生まれる。
(あの男……。魔力のコントロールを不得手としているようですね。潜在の魔力量自体は大きいけれど、その所為で魔法が満足に使えない……けれど!)
 告葉は、地面を靴裏で鳴らし、地面から氷の柱を生やして、幸太郎に向かって突き出す。
「おっとぉ!」
 空中を魔力で叩き、方向転換をする幸太郎。くるくると空中で、落ちる木の葉みたいに回転しながら、もう一度空を叩いて、告葉へと突っ込む。
「やりにくい、ですね……ッ!」
 魔法使いの戦闘は、お互いの距離が縮まることがない。遠距離からの打ち合いで、左右に動く平行線の戦い。だから幸太郎と戦うと必然的に間合いを守る戦い方をするハメになる。いつもとは違う戦い方をしなくてはならないのだ。
「お前ら魔法使いは、戦いを知らねえからだよ!」
「それは、魔法使いを侮りすぎです!」
 告葉はもう一度、足で地面をタップする。すると、氷の柱から幸太郎を追って、枝のような氷が生えてきた。
 幸太郎は、真上を叩き、地面に向かって急降下。その氷の枝を躱す。だが、今度はその枝から幸太郎に向かて氷柱が落ちてきた。
「無駄がねえな!」
 幸太郎はもう一度地面を叩き、告葉に向かって跳ぶことで、その氷柱を躱した。
「近寄らせはしません!」
 告葉が腕を振るうと、突風が幸太郎へ向かって吹く。
「ぬぁッ!!」
 その風の所為でバランスを崩した幸太郎は、推進力も止められてしまう。さらに告葉は、それだけでは満足せず、その風に氷柱を乗せて、幸太郎へ飛ばす。
氷柱旋風つららかぜ!!」
 腕をクロスさせ、腰を引いて、急所を守る幸太郎。体の端々に氷柱が刺さり、「ぐぅ……ッ!!」と苦悶の声を上げる。
「ギブアップは!?」
 四肢から血を流す幸太郎へ、告葉は慈悲のつもりでその言葉を投げたのだが、彼は慈悲を『ナメられている』と取るタイプ。
「いるか!!」
 そう返して、右肩に刺さっていた氷柱を引き抜いて、地面に捨てる。
「……それでしたら、本気で行きます!」
 告葉は、先ほど右手に填めた指輪へと魔力を注ぎ込む。そして、地面を右手で叩き、叫ぶ。
銀の名を与えられし水プラスシルバー!!」
 地面に魔法陣が展開、そして、その魔法陣から、身の丈五メートルはありそうな銀色の蛇が現れた。
「行きなさい!」
 その蛇は、告葉の言葉で幸太郎へ向かって突進してくる。動きに妙な重厚感があり、幸太郎はその物体がどういう材質で出来ているのかを推測する。
(鉄……に見える、だが、そうなるとあのしなやかさに説明がつかねえ)
 結局、突っ込んでみるまでわからない。
 そういう時は、触ってみるまで。
 幸太郎は右拳を握り直し、銀の蛇の額を魔力バーストでぶん殴る。
 ヒビが入って崩れるか、あるいは自分の拳が撃ち負けるかだと思っていた。だが、そうはならなかった。
 銀の蛇が、地面に叩きつけられた水風船みたいにはじけ飛んだのだ。
「なっ……!」
 今の手応えはなんだ、まるで水を叩いたみたいな――。
 そう思った幸太郎は、すぐに気づく。周囲に飛び散った銀色が、また元の場所へ集まっていく事を。
「これはっ……!」
 幸太郎は、すぐにその材質を悟った。金属の様に重厚で、かつ水のような特製を持つ物など、一つしかない。
「水銀かッ!!」
 まさに『銀の名を与えられし水』であり、これこそが、総魔告葉の得意魔術であった。
 あらゆる属性を混ぜ合わせる事で水銀を作り出し、それを自在に操る事ができる。
 幸太郎の拳で砕け散ったにも関わらず、再び蛇と成って幸太郎へと襲い掛かってきた。
「野郎ぉ!」
 もう一度幸太郎は、水銀の蛇に向かって拳を放つ。だが、結果は先ほどと同じ。砕けて、飛び散り、再生する。
「一度で察したらどうです? そんな攻撃は効かないと」
 先ほど言われた事の意趣返しか、告葉は笑った。
 幸太郎も、釣られたように笑う。
 彼の持つ唯一の魔法、魔力バーストでは『銀の名を与えられし水』はどうにも出来ないのに、なぜ笑うのか。告葉にはわからない。
『勝負する時は笑え、それが鉄則だ』
 幸太郎の師匠、ホープ・ボウの教えの一つである。笑えないということは、余裕がないということ。それは相手に弱みを見せる事に他ならない。だから、お前のしたことなんてどうってことはないと、相手にアピールするため、笑うのだ。
 その裏で、知略を巡らせる為に。
「――なぜ、笑っているのです?」
 告葉は、警戒を露わにして呟く。
 魔法使いは戦いを知らない。幸太郎にとって、彼女の言葉はそれの証明に他ならない。
「さっき言ったろーが。お前みたいな魔法使いは、餌だってよぉ」
 幸太郎は、そう言いながら銀の名を与えられし水プラスシルバーの攻略法を練る。
 プラスシルバーの様に、操作するタイプはリモコンの様に操作する媒体が存在している事が多い。そして、その媒体として最も怪しいのは、指輪だ。
 指輪を奪い取れば、プラスシルバーはコントロールを失う。
 だが、指輪を奪い取るためには、どちらにせよプラスシルバーを掻い潜る必要がある。
 しかし問題はない。プラスシルバーの弱点は、もう見つけてある。
「プラスシルバー!」
 告葉の叫びと同時に、銀色の蛇が、その形を幸太郎の三倍はありそうな巨大なな人型へと変える。
 幸太郎へ鉄槌とも言える拳を振り下ろすが、幸太郎はそれに真っ向から立ち向かい、右ストレート。
「魔力バーストォッ!!」
 銀の人形と、幸太郎の拳がぶつかり合う。
 今回のプラスシルバーの拳は、砕けなかった。幸太郎の拳と競り合い、彼を押しつぶそうとする。やはり単純な力勝負では勝てない。
 幸太郎は、空いている左手をプラスシルバーの拳に添え、一瞬魔力を流して弾き、いなす。
 バランスを崩すプラスシルバー、そして、幸太郎はその隙を突いて、地面を殴った推進力で告葉へ向かって突っ込む。
 プラスシルバーは液体と金属両方の性質を持つが故、スピードには恵まれていない。
 もしも使うのなら、幸太郎ならば姿を表さず、陰からプラスシルバーを操り、追跡させて戦う。今回は試合形式だからこそ、そうはならなかったが、とにかく今勝てさえすればそんなもしもの戦いなんてどうでもいい。
 極論ではあるが、勝てば強いのだ。
 幸太郎は、拳を振り上げ、告葉へ向かって放つ。
 放ったはずだった。

「はい、ストップ!」

 幸太郎と告葉の前に、二人の担任である南雲秀弥が突然現れた。
 まさか突然現れた担任をぶん殴るわけにはいかない、そう思うだけの良心は幸太郎にも残っていたのか、幸太郎は進行方向とは逆に魔力バーストを叩きつけ、急停止した。
「テメッ、急に出てくんじゃねえ!」
「そうです! 決着はまだ――」
 二人の抗議に挟まれながら、南雲はサイズの合っていない眼鏡のツルを押し上げ、困ったように笑う。
「いや、ははっ……。ダメですよ、君たち、本気すぎます。どっちかが大怪我を負うハメになる。回復魔法で治せるとはいえ、それでも当たりどころが悪ければ最悪死ぬかもしれない。総魔さん、キミはやりすぎだ」
 南雲は、幸太郎を親指で差す。彼は体中に刺さった氷柱のせいで血まみれ、どう贔屓目に見ても重症だ。
 試合を途中からしか見ていない南雲にしてみれば、告葉が魔法の才能がない生徒を虐めている様にしか見えなかったのも仕方がない。
 しかし、告葉は逆の事を考えていた。
(冗談じゃない……! この男、手加減ができるような半端者ではなかった……。もしも最後の一撃が撃ち抜かれていたら、私が沈んでいた……)
 幸太郎も、苦々しい顔で南雲を睨む。
(チッ……! これじゃあ、俺が勝ったのかどうかわかりゃしねえ。総魔がまだ奥の手を隠し持ってるかもしれねえっていう、疑念を抱えたまま終わるハメになっちまった……)
 それでは完全勝利とは言えない。
 ここで幸太郎が「俺の勝ちだろ」と告葉に問うことは、彼の性格上ありえないし、もし訊ける性格だったとしても、「アナタの勝ちです」と言われても信じられないし、「いえ、まだ奥の手がありました」と言われては、もうやるしか無い。
「……わかりましたわ。今回は引きます。ですが、その前に、一つ訊きたいことがあります。荒城幸太郎さん」
「……あぁ?」
 告葉を威嚇するように、苛立ちを隠さない幸太郎。
「あなたは魔法使いを目指しているわけではないと言った。しかし、ここへ来た。つまり、理由があるはずです。その理由を教えてください」
 幸太郎は舌打ちして、目の前の二人を睨む。
「人を探してる。ここに居ると噂で聞いた。――黒い魔法使いを知ってるか。全身をフードで覆い隠した、闇魔法を使うやつだ」
「闇魔法、ですって……?」
 告葉、そして南雲の眉が歪む。
 魔法には属性があり、『火、水、土、風、金』の五つ。だが、何事にも例外があり、その例外の一つが、闇魔法だった。
 それは、普通の人間には使えない禁忌の力。人を殺傷することに特化した魔法であり、人間が扱うには、条件があった。
「闇魔法は、悪魔憑きにしか使えないはずですが……」
 悪魔。人間に魔法の使い方を教えた異形の存在。彼らを取り込んだ人間を、悪魔憑きと呼ぶ。悪魔自体の数が多くない上に、そもそも人間に悪魔が取り込まれるという事態が起こりえないので、ほぼ伝承上の存在と化している。つまり、闇魔法もまた、伝承の存在であるという事。
「そんな御伽話の様な存在を、なぜアナタが探しているのですか」
 幸太郎から、本気の殺意が漏れる。一瞬空気がひんやりと冷たくなったように感じ、告葉は幸太郎から目が離せなくなってしまう。

「俺の師匠、ホープ・ボウを殺した。その復讐だ」

 幸太郎の瞳は、濁っていた。

       

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