Neetel Inside ニートノベル
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赤い悪魔と魔法使い殺し
■一『女王蜂』

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 ■一『女王蜂』

 総魔の名は、とてつもなく重い意味を持つ。
 魔法使いの始祖である一族、才能に溢れたその末裔に半ば勝利を納めた、魔法が使えない男、『荒城幸太郎』
 森厳坂学園において、彼の名もまた、大きな意味を持つ事となった。

「……なんで昨日の今日で、こんな広まってんだよ」
 総魔告葉との戦い、その翌日である。
 幸太郎は、登校して早々周囲から感じる無数の視線に辟易としながら、自分の席に腰を下ろす。
「どうも、生まれついてのおしゃべり。スピーカーの擬人化、口から生まれた男こと、風島季作です」
「殺すぞ」
「怖い」
 季作は、幸太郎の前に腰を下ろし、「あんな面白そう――もとい、衝撃的なニュースを俺が喋らないとでも思ったか?」
「お前と出会ってまだ二日目なんだから知るかよ」
「やっぱ総魔の名前は食いつきがいいよなぁ。もう全校生徒が知ってるぜー」
「お前、総魔サンに殺されないといいな」
 幸太郎は、組んだ腕に人差し指を立て、明後日の方向を指差す。そこでは、告葉がナイフみたいな視線で幸太郎と季作を睨んでいた。
「あ、あれはお前を睨んでるんだろ?」
「可能性が高いのは、俺達二人共、だろうな」
 今更になって、喋った事を後悔し始めたのか、季作は頭を抱えて、ため息を吐いた。一発くらいぶん殴ってやろうかと思っていた幸太郎だったが、その表情を見て溜飲が下がったので、人知れず拳を解いた。
「まっ、話しちまったもんはしょうがねえよな。総魔さんも、まさか後ろから殴りかかってきたりはしないだろうし」
「……試合申し込まれたらどうするつもりだ?」
「受けない」
「情けねえなぁ」
「だって『銀の名を与えられし水プラスシルバー』と俺の風魔法じゃ相性悪いんだもん。勝てない勝負はしないのが、俺のモットーなの」
「まあ、別にお前がぶっ殺されようがなんだろうが、俺は構いやしねえが……。話すんなら、俺が勝ってからにしろよな」
「わかったよ。ま、次にまた引き分けか、あるいはお前が負けた話しても、話のインパクトとしては薄いからな。――でも、実際さ、俺はお前の為と思って、この話広めたんだぜ?」
「あん?」どこがだよ、と幸太郎は思い、態度にその言葉を示す。
「まず、お前が師匠殺しの犯人を追ってるってみんなが知ってるってことは、犯人がお前に接触してくる事もあり得るだろ? それに、情報も集まりやすい。こういう人情に訴える話ってのは、結構受けがいいし、総魔さんを倒しかけた男ともなれば、強いやつが突っかかってくる事もある。強いやつってのは、情報を持ってる事も多いだろ?」
 少し言い訳がましい理由付けではあったが、幸太郎はその言葉を信じる事にした。実際、ある程度は納得できるし、黒い魔法使いについて、どんなに小さな情報でも欲しい。釣り餌は撒けるだけ撒くに限る。
「……いやぁ、しかし、楽しみだなぁ」
 何故か、楽しそうに笑う季作。なぜこの話の流れでそんな表情をして、そんな言葉を発するのか、幸太郎にはわからない。
「何がだよ」
「お前、話聞いてたか? 総魔さんを倒した――倒しかけた? お前を狙って、多分今後、いろんな魔法使いが戦いを挑んで来ると思う」
「……それの何が楽しみなんだよ。俺を戦闘狂か何かと勘違いしてんのか?」
「違う違う。俺はあんまり魔法強くないからさ、強い魔法使いの戦い見るの好きなんだよ。お前の戦いは面白かったから、もっと見たいしさ。――見せてくれるギブアンドテイクってわけじゃないが、俺も情報はしっかり集めるぜ」
「普段なら、余計なお世話って言う所なんだが、事が事だしな。しょうがねえから、お前を頼ってやるよ」
「おうっ、そうこなくっちゃな!」
 と、季作は手を差し出してくる。
 幸太郎は、その古臭いとも思える交流の儀式に苦笑して、その手を握った。

  ■

 人類に魔法という概念を持ち込んだのは、総魔家である。
 つまり、電気を生活に利用しようとした人間が歴史に名を残したように、総魔紫が歴史に名を残すのは当然。そして、その末裔である告葉が学園で注目されるのも当然。
 そして、彼女が注目される以前に、学園で最も輝いていたと言われる人間がいるのも、また当然の話。

「……情報が集まんのはいいが、この居心地の悪さはどうにかなんねえのかなぁ」
 幸太郎は、授業が始まる前に教室を脱出し、屋上に忍び込んでいた。
 学校が始まってまだ数日なのにサボりだすというのは、あまり真面目な方でもない幸太郎でも少しだけ罪悪感があったけれど、その罪悪感は修行で埋める。
 咄嗟に動く為には、普段から何度も何度も積み重ねておく必要がある。幸太郎は、ブレザーとYシャツを脱いで、タンクトップだけになり、構えを取る。
 拳足を振るい、何回も熟してきた動きを、もう一度体に染みこませる。最初はゆっくり、軌道を確認するように、どんどん動きを速め、実戦で使えるレベルにしていく。
「はぁッ!!」
 ハイキックの流動的な動きを、しっかりと確認しながら、虚空を蹴る。少し、魔力バーストと打撃のタイミングが甘いかもしれない、と微調整していると、背後に誰かの気配を感じ、幸太郎はハイキックを戻す勢いで、後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
「うひゃぁ!」
 背後の人物は、そのキックをしゃがみ込むことで躱した。
「――誰だ、テメエは」
 幸太郎は、足元の人物を睨みながら、打ち出した足を戻す。
「ちょっ、アンタね! 私の顔面潰しかけといて、それしかないわけ!?」
 立ち上がった妙に小柄な少女は、怒鳴って幸太郎を睨んだ。
 金髪に黒い髪留め、毛先がカールした、猫みたいな丸い瞳の、あどけない少女だった。
「潰れてねえんだから、いいだろうが」
「そんなの結果論じゃない!」
「修行中に後ろから話しかけてきたお前が悪い」
「はぁ!? それが先輩に対する態度なわけ!?」
「……同い年じゃなかったのか?」
「見たらわかんでしょーが!!」
 見てもわかんねえよ、と言いそうになったが、幸太郎は言わずにおいた。このタイプは口喧嘩すると声量で押してくるタイプだ、と悟ったから。
「わかったわかった。ギャーギャー喚くな。もうスピーカーに用はねえ」
「……無礼なヤローね。ま、いいわ。あなた、荒城幸太郎で間違いないわね。魔法学院でそんな野蛮な事してるのなんて、魔法が使えない荒城幸太郎くらいなもんだろうし」
 一人、うんうん頷いて納得する少女を見ながら不快に思い、幸太郎は「で、テメエは誰だよ?」と、人知れず臨戦体勢を取った。まさか早速戦闘になるのか、と警戒したのだ。
 さっきまで修行をしていたし、体は暖まっている。最初からトップギアでいける。
「あたし? あたしの名前は蜂須賀結衣はちすかゆい。この学園の女王蜂といったら有名なんだけど、知らないかしら?」
「知らん」思い返すまでもなく、即答する幸太郎。そもそも入ったばかりの一年生たる幸太郎が、彼女の事を知るわけがないのだが、何をどう勘違いしたのか、結衣は頬を膨らませて幸太郎を睨む。
「アンタも、総魔告葉の噂ばっかりで、私の噂なんて聞いてないのね。昔は他学年まで、私の噂が轟いたもんだけど――」
 深いため息を吐く結衣。
「去年まではね、この学園一の美少女、蜂須賀結衣ちゃんが注目の的だったのよ? わかる?」
「いや、知らねえけど」
「ちょっとそこ座りなさいよ、後輩」
「えぇー……」
 めんどくせえなあ、と思いながら、実際立ちっぱなしでいるのは嫌だったし、幸太郎は大人しく地面に腰を下ろした。何故か結衣は、立ったまま話を続ける。
「あたし、美少女でしょ」
 いきなり何言ってんだこいつ。
 幸太郎はその一言から、彼女のめんどくささを理解して、すぐにでもこの場から逃げ出したいと思ったが、結衣は幸太郎を逃がさない気で満々らしく、隙が見当たらなかった。
「そうなんじゃないすかね」
「でしょ!? 話のわかる男ねえ。――小さい頃から蝶よ花よと育てられてきた私、学校では人気者だし、群がってくる男も多かったわ」
「よかったっすね」
「まるでお姫様みたいで気分もいいし、なんだか配下の男がコレクションみたいに見えて面白かったのよ。あたしの夢はね、いつか自分の配下で騎士団を作る事なの」
「壮大っすね」
「でしょう。アンタ、夢はある?」
「……ま、当面は復讐ですかね」
「ふぅん。やられたらやりかえさなくちゃ嘘だものね。それでね、あたしがアンタに会いに来たのは、他でもない大事な用があるからよ」
 正直、その用事というのを幸太郎はもう推測できていた。そして、それを断るという決心もしていたので、彼女がその用事を口にする前に先手を打った。
「配下になれって話ならお断りっすよ」
 幸太郎は、結衣に背中を向けて、再びシャドーボクシングを始める。
「なんでよ!? 今なら、あたしの右腕にしてやってもいいとまで言うつもりだったのよ!?」
「あんたの右腕になって、俺になんの得があんだよ。おっぱいでも揉ましてくれんのか?」
「そんなわけないでしょーが!」
「言ってみただけだよ。それに、揉めるほどなさそうだしな」
 肩越しに、結衣の胸元を見て、また視線を逸らす。
 こいつとは戦うかもしれないと思ったので、とりあえず煽っておこうと思ったのだ。
「ガ――ッ! ……その失礼な発言、今配下になるって返事をするなら、不問にするわよ」
「返事して胸が膨らむんなら、そうしますよ」
「……総魔告葉を倒したっていうから、見どころがあるかと思えば、とんだ跳ね馬だわ」
 その言葉で、幸太郎は結衣が諦めたのかと思ったが、一瞬の殺意を感じ取り、勢いよく振り返った。
 目前に何かが迫ってきていて、幸太郎は首を傾け、顔面を貫こうとしていたその槍を躱す。
「や、槍だと!?」 
 幸太郎は、結衣の振るった武器を見て、思わず叫んでいた。彼女の小柄な体躯には合わないほど大きいからではなく、魔法使いだと言うのに、近接用の武器を使ってきたからだ。
「もう一度言うわ。配下になりなさい。可愛がってあげるわよ」
「生憎、俺は可愛がられるより、可愛がる方が好きなんすよ」
 しばらくの間、二人は睨み合う。
 そして、結衣は槍を魔法でどこかへ収納して、幸太郎から離れていく。
「覚悟しなさい。そして後悔すればいいわ。真剣に謝ったら許してあげなくもないから」
 それだけ言って、結衣は屋上から出て行った。
 幸太郎は無意識の内に、あるいは、常にしてきた習慣からか、彼女との戦いをシュミレートした。
 近接戦闘と魔法を組み合わせて戦う魔法使いというのは、珍しい。
 魔法を躱しても、今度は槍の攻撃を掻い潜らなくてはならない。不思議と、それを想像すれば笑いが込み上げてくる。どうやって勝とうか考えるのは楽しい。
 戦闘狂とまでは言わないが、やはり俺は戦うのが好きなのかもしれない。
 幸太郎はもう一度、虚空に向かって拳を放った。

       

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