Neetel Inside ニートノベル
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  ■

 幸太郎の制空圏に、槍の穂先が入ってくる。
 命を刈り取る穂だ。結衣は、戦いの結果どちらかの命がこぼれ落ちようとも関係ないと思うタイプ。
 それは、この短い刺し合いの中で幸太郎も察していた。
 望む所だった。まさか学生の魔法使いと――それも女と、こんなにスリルのある戦いができるとは思わなかった彼は、体の奥から響いてくる歓喜の音に乗り、その切っ先を――胸を狙ってくる切っ先をサイドステップで躱す。
 躱した方向へ、追いかける様に横薙ぎ。体から離れた位置にヒットポイントがある武器は、こうして敵を追いかける事に長ける。
 だが、幸太郎はすぐにバックステップ。中途半端な距離に居ては、まさに蜂の巣と化してしまうだろう。だからこそ、まずは横薙ぎを誘ってから、即射程圏外へと飛び出す。
 横薙ぎは大きく振る為、ニュートラルに戻すのに時間がかかる。
 戦いの攻防に置いて、一瞬でも隙を作る事は、命を投げ出す事と同意。
 幸太郎は爪先で地面を蹴り、それと同時に魔力バーストで弾丸スタート。
 ニュートラルに戻る前に、先ほどと同じく顎へ一撃叩き込む。
 ――だが、同じことが通じるほど、蜂須賀結衣は甘い女ではない。
 ニュートラルに戻すのではなく、そのまま横薙ぎの軌道に身を任せ、一回転。一度止めてから戻すのでは、その止めた時間で幸太郎がスイートスポットに踏み込んでくる。
 流れに身を任せれば、戻す時間は圧倒的に短縮されるのだ。
 まるで風に舞う蝶の様に回って、槍の位置をニュートラルに戻した。
 まさに蝶のように舞フロートライクアバタフライ蜂のように刺すスティングライクアビー
 幸太郎の腹目掛けて、穂先が飛ぶ。
 しかし、幸太郎も同じ手を二度使うほど甘い男ではない。
 地面を思い切り足で叩いて、跳んだ。
 身長、およそ一四〇センチ弱。そんな体格の結衣を、幸太郎はジャンプで飛び越え、背後に回った。
「チ――ッ!」
 結衣は、穂先を地面に突き立てる。そうすると、石突が斜め上を向き、幸太郎の腹へと突き刺さった。
「ぐぅ――ッ!!」
 槍が若干押されるような手応えと、幸太郎の声から、狙った位置に石突が入った事を悟る。
「やぁぁぁぁぁッ!!」
 槍を肩に乗せ、まるで釣り竿を投げるように、全身の筋肉を隆起させ、石突を幸太郎の鳩尾に引っ掛け、幸太郎を持ち上げ、目の前の地面に叩きつけた。
「ぐぁ――ッ!」
 痛いのは慣れている。
 追撃が来る前に、幸太郎は立ち上がろうとするが、呼吸がままならない。胸の中心と背に、激痛が走る。
(クソッ! ――鳩尾で横隔膜、背中強打で直接肺を潰しに来やがったか!)
 幸太郎は、魔力バーストで地面を叩いて、無理矢理射程圏外に出た。
 本来、魔法使いは強烈な痛みに襲われると、その痛みで集中ができず、魔力を練る事ができず、魔法が使えない。しかし幸太郎の魔力バーストは、魔法というよりも、ただ魔力を勢いよく垂れ流すだけ。練っていないから、対して集中する必要もない。だから激痛の中でも出せるのだ。
 魔力バーストの威力で飛び、地面に肩から落ちる幸太郎。
「ガー……ッ、ハァー……ッ!」
 なんとか呼吸を整えようと、幸太郎は立ち上がる。だが、横隔膜は痙攣し、背中の激痛で肺が上手く機能しない。
 これが蜂須賀流槍術、『落葉らくよう』だ。
 鳩尾を突き、動きと呼吸を同時に止め、鳩尾に石突を引っ掛けて、そのまま投げる。
 本来ならこれは一撃必殺の奥義。背骨くらいなら折れていてもおかしくないが、幸太郎は激突の瞬間、四肢で魔力バーストを地面に叩き込んで、衝撃を殺したのだ。
 立ち上がった事に驚きながらも、結衣は走った。
 幸太郎はフェンスに追い詰められ、寄りかかっている状態。呼吸困難にある以上、幸太郎一番の武器である拳は震えない。
 筋肉を使うには、酸素を必要とするのだ。
 結衣は穂先を地面に突き刺し、棒高跳びの要領で跳んだ。
 そして、空中で槍を持ち上げ、頭上で回転させ、遠心力を貯める。
電撃ライトニング!」
 叫びと同時に、槍の穂先に電撃が走る。
放電ディスチャージ!」
 そして、幸太郎に向かって、槍の穂先を振り下ろした。
 蜂須賀流魔法槍術、『稲光レーザーランス
 高密度の魔力を電撃に変換。そして、遠心力を込めて袈裟気味に空中で振り下ろす。それはまさに、稲光の様な一閃を描き、幸太郎の頭へと落ちる。
(迎え撃つ――駄目だっ、拳がダメージで出せねえ……!)
 当たる部分に魔力バーストを出して、刃を逸そうと考える。だが、当たるのはおそらく頭頂部。幸太郎が魔力バーストを出せるのは四肢の先だけ。頭頂部には出せない。
 しかし、ありとあらゆる事態を、創意工夫で乗り越えるのがホープ・ボウ考案の『対魔法使い戦術』である。
 こういう危機こそ集中。思考速度を加速させて、状況を整理する。
 避けなければならないのは、刃の部分。電撃を纏っているから、掠ってもマズイ。白刃取りという手段は使えない。
 無理矢理息を吸って、一歩踏み出し、ズボンのベルトを外して、それをまるで手錠の様に手首へ巻いた。
 そのベルトで、槍の柄を受け止め、絡めとり、槍をレールの様に道標とし、走り出す。
(この呼吸量だと、走りに回す分も含めて一発分――。これで決めないとマジでやべえ!)
 幸太郎は、拳の間合いに入ると、右手をベルトから開放。左手で槍を制したまま、思い切り右の拳を弓引き、放った。
 意表を突いた。防御魔法の暇なんて無い。槍を持つことで逃げ場を封じている。
 勝った!
 勝利を確信した幸太郎だった。
 だが、結衣はなんと槍を手放し、バックステップで幸太郎の拳から逃げたのだ。
「な――ッ!」
 その光景が、幸太郎には信じられなかった。
 槍の使い手がそれを手放すなど、戦いを放棄しているも同義。幸太郎の観察眼には、戦いの最中負けを認めるほど、プライドの無い女ではないはずだった。
 ――そして、幸太郎の考えは当たっていた。
 誇り高い彼女が、戦いの最中に武器を手放すには、それ相応の理由がある。
 彼女の手に、もう一本の槍が現れた。
 これが蜂須賀流槍術と魔法が融合した、真骨頂である。実家にストックしてある槍を、時空間魔法でいつでもどこでも何本でも取り出せる。
「グッ、くそ……」
 今のチャンスをモノにできなかったのは痛い。
 しかし、距離ができたのは不幸中の幸いだった。幸太郎も魔力バーストでバックステップし、さらに距離を取って、空手の呼吸法、息吹で体の中にたっぷり酸素を取り込んで、落葉のダメージを極力回復した。
「……まさか、あの追い詰められた状態から稲光レーザーランスを躱されるとは思わなかったわ」
「あの程度、楽勝なんだよ。あれじゃあ俺は殺せねえな」
 話しながらも、幸太郎は先程外したベルトをズボンに戻す。その間にも、結衣は攻めてこない。
 ここまでの戦いで、幸太郎が動ける限り、どんな状況も打開するとわかったのだ。
「――蜂須賀流魔法槍術。それがあたしの使う流派」
「あ、そ。俺に勝てねえ槍術になんて、興味ねえ。その名前、俺が地に叩き落としてやるから、来いよ」
 人差し指のみで手招きをする幸太郎。
「あんたの減らず口に免じて、蜂須賀流の本気、見せてあげる」
 結衣は槍を構え直し、その手から槍に魔力を注入していく。
「――蜂須賀流は、戦国時代に端を発した古流槍術。一対多数を得意とするが、蜂の名を関するのは、鋭い刺撃だけが由来じゃない」
 ぴちゃり。
 どこからか水音がして、発生源を探る。水音は、結衣の持っている槍の穂先から垂れる、粘り気のある透明な雫だった。
 なんだあれはと見つめる幸太郎の視線に、結衣が答える。
「蜂須賀流は、その槍の技術だけじゃない。穂先に塗った毒による、一撃必殺。そしてこれは、私が特別に作った毒魔法、『雑に混ぜられた毒カクテル・ポイズン』当たれば動けなくなる、即効性の神経毒」
 あれか。昼間にラーメンに入れられたのは。
 納得した幸太郎は、毒を飲んでしまった季作の姿を思い出す。ああなったら、戦うどころの話ではない。

       

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