Neetel Inside ニートノベル
表紙

赤い悪魔と魔法使い殺し
■二『お前は誰だ』

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 ■二『お前は誰だ』


 遠距離こそ、魔法使いの王道ではあるが、しかしだからと言って、魔法使いが全員、魔法の遠距離攻撃が得意というわけではない。
 遠くに魔法を飛ばすのが苦手、というタイプも当然いる。
 今、幸太郎の目の前に立っている男は、そういうタイプの魔法使いだった。
 それは、腰に提げた魔法銃ですぐにわかった。
 普通の拳銃を改造し、弾丸を込める部分(今彼が提げているのはオートマチックタイプなので、マガジン)に、魔力を溜める回路を取り付ける。こうすることで、普通の弾丸は発射できないが、自らの魔法を遠くに射出するサポート装置となる。
 普段、幸太郎はある程度以下の実力なら、速攻で相手の腕を取って、骨を折り、痛みで魔力を練れない様にしてから、改めて気絶させるという手段を取ることが多い。
 だが、魔法銃となれば、話は違ってくる。
 相手が魔法銃を構え、光弾を連射してくるので、いつもの様にそれを躱しながら、懐に飛び込む。
 魔法使いは近距離攻撃の術を持ち合わせていない。仮に拳を振るってきたとしても、それは幸太郎の土俵。カウンターを合わせて、気絶させるだけ。
 しかし、今回の相手はそうしてこない。
 幸太郎は相手の腕を脇に挟んで、銃に触った。奪おうとしているのではない。
 もし奪おうとすれば、何かしらの魔法で攻撃を許すだけの時間を与えてしまう。
 それならどうするか。奪うのではなく、銃を一瞬で解体してやるのだ。
 銃を使う場所は、当然のことだが鉄火場が多い。もしもその場で銃に何かがあり、手早く修理できなければ命の危険に繋がるので、工具を使わずに解体できる銃がほとんどだ。
 だから慣れてしまえば、一瞬でスライドをずらして外し、発射不可能な状態にしてしまえる。
 魔法銃とはいえ、そうなってしまえば発射できない。
 そうしてしまえば、幸太郎は体を離して、相手のプライドを砕いた後、相手の顎を撃ちぬくみたいに拳を振るって、相手を気絶させた。
 地面に倒れた男を見下ろし、「つっまんねーの」と言って、頭を掻いた。
 そこは校舎裏。
 幸太郎は、名も知らぬ男子生徒に呼びだされ、そこでタイマンを張った。特に何かあったわけでもなく、こうして放課後の時間を少し浪費する事になったのだ。
 特に最近、勝負を挑まれる事が多くなった。
 理由は単純明快。
「楽勝だったわね、幸太郎?」
 近くで見ていた結衣が、幸太郎に駆け寄ってきた。
 彼女こそ、最近幸太郎への挑戦者が増えた原因である。
「楽勝だったが、こういう連中が増えるのは嫌だな。めんどくせえ……」
 お前のせいだぞ、という思いを込めて、幸太郎は結衣を睨んだ。
 元々ファンの多い結衣が、通学路で堂々と幸太郎に抱きついて、「ダーリン」と呼べば、男子生徒から睨まれるのも当然。
 そして、さらに結衣は森厳坂学園で最強候補の一角に当たる。それを倒したのが、魔法を持たない男となれば、魔法使い達が『まぐれで倒したやつを倒せばトップランカーになれるなんて、美味しい話じゃないか』と思っても無理はない。
 蜂須賀シンパと、野心を持った魔法使い達。
 学校のほとんどが、幸太郎を狙っていると言ってもよかった。
「しっかし、相変わらず見事な手際だなぁ。俺にも教えてくれよ、さっきの銃を解体する技」
 結衣に遅れて、季作も幸太郎へと歩み寄ってくる。
「構いやしねーけど、あれは結構練習がいるぞ。その時間、魔法の練習に回した方がいいんじゃねえのか」
「まあ、それはそうだけど、アクション映画みたいでかっけえじゃん」「こいつに教えるんなら、あたしにも教えなさいよ」
「魔法銃買ってきて練習してろ。――俺ぁやる事あるからよ、教えてらんねえぞ」
「やる事? なによ、それ」
「――強いて言えば、自分探し?」
 季作と結衣の二人は、顔を見合わせて、互いに理解できていない事を察した。
 結衣が意味を問い質そうとした時、幸太郎は既に、遠くへ向かって歩き出していた。
「自分探しって何よ? 絶景でも観に行くの?」
 結衣が、季作の足を蹴って言った。
「痛いっす蜂須賀センパイ。――俺なら、美味いラーメン食べに行きますね」
「デートでラーメンなんて連れてったら嫌われるわよ。服に汁飛ぶし、口紅気にしなきゃいけないし、にんにくも入れられないし」
「ええっ! あ、それでかぁ!」
 思い当たる節があったらしい季作は、頭を抱えた。
「ま、アンタの非モテエピソードなんてどうでもいいわ。それより、幸太郎を尾行するわよ」
「ええっ? いやぁ、幸太郎にだって、プライバシーってもんがあるでしょ。それより、俺と学食でも行って、コーヒーでも飲みません?」
「飲まない。アタシを誘いたかったら、幸太郎以上に強くなることね」
「ええっ、そんなぁ。ショック……」
 季作は肩を落とすが、しかし幸太郎の事が気になるのか、結衣の後についていった。


  ■

 幸太郎を追った二人がやってきたのは、結衣が幸太郎と戦った屋上だった。
 そこで、幸太郎はシャドーボクシングを始める。ドアの隙間から、二人はそんな幸太郎を見つめていた。
「……あれ、シャドーボクシングってやつっすよね?」
 格闘技に明るくない季作は、結衣に確認を取った。
「ま、幸太郎がメインで使う格闘技が、ボクシングだからね。――それにしたって、あの目線の高さ」
 結衣は、幸太郎が見ている先を見つめる。幸太郎の身長、およそ、『一七五センチ』幸太郎が見ている先から推測できる身長は、およそ二メートルほど。
「あんなに大きなやつ、この学園にいたかしら」
「いないっすよ。それなら、俺の情報網に引っかかる。――多分、幸太郎の師匠、ホープ・ボウじゃないすか? 巨漢だって聞いたことあるし」
「ほっ、ホープ……!? 幸太郎、そんなお偉いさんに指示してたの……?」
 幸太郎のシャドウは、その後、五分ほど続いた。だが、普段の幸太郎とは違って、ほとんど拳を出さなかった。というよりも、何度か出そうとしたのに、全然出せず、頭を動かし、ウィービング主体で戦いを進めているようだった。
「……ホープ・ボウってやつは、どうも相当肉弾戦が上手いみたいね」
 呟く結衣。
「……そうなんすか?」
「普通シャドウボクシングってのはね、相手を倒すイメージを養う為の、自信をつける作業でもあるのよ。想像でさえ、幸太郎が一発も当てられないってことは――」
「それだけ相手が強い、ってことですか」
 頷いた結衣は、再び幸太郎の動向に注目を向ける。
「……人選ミスった」
 幸太郎は、最後に一発、顔面コースの右ストレートを放ち、舌打ちをしてから、地面にあぐらを掻いて座った。目を閉じ、膝に手を置いて、精神集中。
「……なんであんなメンタルトレーニングばっかやってんのかしら?」
「さぁ……。聞いてみたらいいんじゃないすか? というか、なんで俺達隠れてるんすか」
「そんなの、面白いからでしょ。あたしは幸太郎に惚れたけど、まだ勝つのを諦めたわけじゃないんだから。立場はやっぱり、上の方がいいからね」
「……そういうもんすか」

  ■

 あいつらうるせえな、と幸太郎は思っていた。
 メンタルトレーニングで精神が集中している幸太郎は、すべて聞こえていた。
 だが、ここで彼らに構っている時間はなかった。
 特にリミットがあるというわけではないのだが、幸太郎は焦っていた。
 それは、彼の中にいる『ハチェット・カットナル』が原因だ。おそらく、彼女は悪魔だ。いつの間に自分が悪魔憑きとなっているのか、彼は知らなくてはならない。
 だから、精神集中をして、自身の中にいるであろうハチェットを常に呼びかけているのだ。
(……出てこい、ハチェット・カットナル。俺の中に住んでんだ。家賃くらい、払ってもらうぞ)
 いくつものドアを開けていくようなイメージ。
 しかし、どこまで行っても暗闇で、そこにハチェットの姿はない。これから、黒い悪魔へ挑むのだ。不確定要素はすべて無くしておきたい。
(そもそも、俺はいつ、どこで悪魔憑きになった……?)
 幸太郎は、考える。
 彼の人生で、悪魔が関わってきたのは二度。故郷を滅ぼされた時と、ホープを殺された時。
 ホープを殺した悪魔は、すでに誰かに憑いていたので、そっちではない。
 つまり、故郷を滅ぼした悪魔が、彼の中に居るということになる。
(……おっさんは、あの時確かに、「悪魔は倒した」って言ってた。だが、確かに俺は悪魔が人間に憑くメカニズムを詳しく知らねえ。知らない間に、俺が全く知らない悪魔が体に入り込んでいた可能性もある)
 まず、悪魔について知らなくてはならない。
 しかし本を読むというのも面倒で嫌だったので、幸太郎は仕方なく、「おい、そこのアホ二人!」と、隠れている二人を呼んだ。

     

 アホ二人。季作と一緒くたにされた事に些かご立腹なのか、結衣は
「誰がアホなのよ」
 と、大股で眉間にシワを寄せながら、幸太郎の元に歩み寄ってきた。その後ろをついてくる、照れた笑いを浮かべている季作。
「人の尾行しておいて、アホじゃないとは言わせねえぞ――ったく。まあ、今回はちょうどよかったがよぉ」
「ちょうどいい? なにが」
 幸太郎は、季作を見つめて、しばし考えてから、彼に言うのはやめて結衣を見た。
「お前、悪魔についてどれだけ知ってる」
「悪魔? ――あぁ、そういう事」
 結衣は、幸太郎の胸を見て、頷いた。だが、結衣と幸太郎の戦いを見ていない季作だけは、なにがなんだかわからないという顔色で、二人の間で視線を行ったり来たりさせることしかできなかった。
「ま、そうね。あんたの目的の為にも、あんたの中の悪魔がどういう存在か、知っておかなきゃならないものね」
「はぁ!? あっ、悪魔って、なんで幸太郎の中にそんな――まさか、幸太郎の故郷を滅ぼした悪魔って……」
「多分、そうだろうな。敵か味方かもわかんねえ――けど、この間みたいに、タイマンを台無しにされても困るんだよ」
 結衣は、つまらなさそうに舌打ちをした。以前、彼女も悪魔に取り憑かれた事を思い出したのだろう。
「あれは不愉快だったわね。――自分の体が、他人の好き勝手にされる感じは、二度と味わいたくないわ」
「ええ!? 蜂須賀先輩も悪魔憑きだったんスか!?」
 めんどくさそうに、結衣は頭を掻いた。いちいち季作に驚かれていては、話が全く進まない。仕方ないので、結衣は一気に季作へ事情を説明した。
 最初は信じられない、という風な表情をしていた季作だったが、信じなければ話は進まないと諦めたのか、最後には「なるほどな」と納得した。
「悪魔ってのは、契約をして、魂を対価に力を貸してくれるもんだと思ってたが、違うんだな。二人の話がマジなら、契約せず、一方的に乗っ取りができるみたいだし」
「そっちの方が、納得できる話だけどね。悪魔と人間の地力差は、それこそ蟻と巨象レベルだし。わざわざ契約なんてめんどくさい手段を持ち出す意味がわからないわよ」
「――つまり、オメーらはなんも知らねえってことだな?」
 黙りこくる二人。幸太郎は、舌打ちをして、歩き出す。
「ちょっと? どこ行くのよ」
 その背に声をかけ、呼び止めようとする結衣。
「わかんねえことがあったら、先生に訊くのが学生の常識だろ」
 顔を見合わせる結衣と季作。そして、「それもそうか」と納得し、幸太郎の後へとついていった。

  ■

 魔法の歴史と悪魔の存在は、密接な関係にあるとされる。
 人類で初めて魔法を手にした総魔家。人類が元々持っていた、魔力というエネルギーの運用方法を初めて悪魔から授かったとされているが、彼らが悪魔憑きだったという話はない。
 彼らはあくまで、魔法を世に広めただけ。
 そも、悪魔が確認されるまでは、総魔家が単独で魔法を作り上げたとされていた。悪魔という存在が確認されたのは、魔法が世に落とされてから数百年も後。
 総魔家を悪魔憑きだと疑うには遅すぎたし、仮に総魔家が悪魔憑きであれば、その力を使ってもっと大きな富を得ていたはず。
 彼らは魔法という力を売り、それなりの地位を得ることで満足した。
 そして、それは正解だった。
 総魔家だけでは、まだ生まれたばかりの未熟な技術だけでは、この世すべてを敵に回して勝てるわけがない。それならば、すべて明け渡し、対価を得る方がリターンは大きい。
 では、どうやって総魔家が魔法を得たのか?
 総魔家初代当主、総魔紫そうまむらさきはこう残している。
『ある日、私の前に、黒い靄が現れた。そしてその靄は、私に魔力という存在を教え、それが魔法という運用方法で扱えるという事を教え、消えていった。それだけだ』
 これは魔法歴史学に置いて、教科書の一ケタ台のページに必ず載っている出来事、通称『悪魔の悪戯』である。
 ただ一匹の悪魔が、なんの気まぐれか、自らの種族だけが持っていた魔法を人類に与えた。
 そして、悪魔の気まぐれは、その後人類を苦しめていく事になる。
 基本的には存在が疑われるほどの出現率しかない悪魔ではあるが、確かに存在し、大地震の様に期間を置いて、各地に現れては人々を殺したり、悪さを働く。
 それだけならまだしも、時として、人間に取り憑くことがあるのだ。
 これは歴史上、そう多いケースではなく、公になっているのはただ一人、『悪魔の尻尾を掴んだ男』こと『十時藍作とときあいさく』だけ。
 彼は悪魔に憑かれたが、契約した覚えはないという。対価はなにも支払っていないが、いつの間にか体の中に悪魔がいたのだという。

「――って、わけ。わかったかな?」

 そこは、埃臭くて薄暗い、歴史資料室。幸太郎、季作、結衣の三人は、魔法歴史学の担当であり、担任である南雲秀弥の元へやってきていた。
 先ほどまで妙に長ったるい魔法の成り立ちと、それに絡んでくる悪魔の暗躍をくっちゃべた挙句、微笑んだ南雲を見て、幸太郎は「ちげえんだよ、先生」と水を差した。
「え? 何が違うんだい?」
 デスクに座っていた南雲は、眼鏡をクイッと人差し指で押し上げた。幸太郎はそんな彼には目もくれず、周囲の魔法学的価値があるのだろうガラクタ達を見ながら、言った。
「俺が知りてえのは、なんつうかな……。そういう、歴史上してきた事じゃなくってさ。もっと根本的な、そもそも悪魔ってなに? とか、悪魔憑きを元に戻す方法とか、そういうんだよ」
「うーん、難しいねえ」困ったように笑う南雲。「悪魔っていうのはね、純魔力体といって、体がすべて魔力で出来ている存在で、未だにサンプル数が少ないから、どうやって魔力に意思が宿っているのか、そしてどこから生まれてくるのか、寿命はどのくらいなのか、種族を増やすのにセックスはするのかとか、まったくわかってないんだよ」
「――なによ? それじゃあ、『悪魔ってのは魔力で出来た生き物ってこと』しかわかってないんじゃないの」
「残念ながらね」
 結衣の言葉に肩を竦める南雲。
「そんなわけで、悪魔憑きは魔法学上、とっても重要なサンプルでね。もし悪魔憑きが見つかったら、大変だよ? 少なくとも、学会から召集かけられるだろうし」
 顔を見合わせる三人。そのあからさまに青い顔に、南雲は「ん? どしたの」と口を挟まずにはいられなかった。
「いっ、いやあ。なんでもないっすよ。ありがとうございます、先生! 俺たちの用事は済んだんで、これで! 行こうぜ、幸太郎、蜂須賀先輩!」
「おっ、おう!」
「そうね!」
「あ、ちょっと!? 君たち結局、なんで悪魔憑きになんて興味示してたの!?」
 季作に無理矢理話を打ち切られてしまい、南雲は彼らを止めきれず、結局疑問に答えてもらう事なく、教室から出してしまった。


 廊下を早歩きで行きながら、季作は「学会はマジーよ、幸太郎!」と眉間にシワを寄せていた。
「なんだよ、学会って」
「あんたね。モノを知らなさすぎよ! 学会ってのは、総魔家統括の魔法を管理する委員会のことで、魔法を極める為ならどんな無茶もやってのける連中って、評判なのよ」
「蜂須賀先輩の言う通り。学会に連れてかれたら、どんなむちゃくちゃされるかわかったもんじゃねえよ。さっき悪魔の話した時に出てきた『十時藍作』だって、学会に追い回されてたって話だぜ」
「少なくとも、まともな生活は送れないと思って、間違いないわよ」

「――失礼な事を言わないでもらえますか?」

 背後から聞こえてきたその声に、三人は思いっきり飛び退いて、声の主を見た。
 その声の主は、総魔告葉だった。彼女は、三人を侮蔑的に一瞥した後、ため息を吐いた。
「学会は極めて理知的な機関です。十時藍作の件にしても、彼が悪魔の力を使って好き放題していたからこそ、捕まえようとしていたわけですし」
「お、お前、――どこから話を聞いてた?」
 幸太郎は、思わず腰で隠した拳を握る。だが、告葉はきょとんとした表情で首を傾げ、「どこからって……そこの方が」季作を指差し、「十時藍作の話題を出していたところから、ですが」
 三人は、一斉に安堵のため息を吐いた。
「ったく……驚かせんじゃねえよ。寿命が何年か縮まったぜ」
「なんですか、不躾に。――まあ、それはいいですけど、なぜあなた達が十時藍作の話題を?」
「ん? ――あー……」
 学会統括、総魔家の娘に対し、馬鹿正直に「悪魔憑きになったから」と言えるわけもなく、幸太郎は言葉をすぐに出すことができなかった。彼は嘘が苦手なのだ。
「ああ、実はね、俺らもちょっとばっか真面目に魔法の事を勉強しようと思ってさ。そしたら当然、悪魔と悪魔憑きは欠かせなくなるでしょ?」
「はぁ、なるほど。それは確かにそうですね」
 幸太郎は、こっそり季作の背中を叩いて、咄嗟のファインプレーを褒めた。
「荒城幸太郎が魔法を見つめなおすというのは、感心ですね。よろしければ、私がお教えしましょうか?」
「それには及ばないわよ。お嬢様」と、結衣が幸太郎の前に立ち、告葉に対峙した。
「幸太郎には、私が、しっかり教えるから」
「そうですか。確かに、二年の蜂須賀先輩がいれば、私が出る幕はなさそうですね。――それでは、ごきげんよう」
 告葉は、三人の隙間を縫うように通り抜けていき、廊下の先へと歩いて行った。その背中を見ながら、結衣は「けっ! お高く止まってんじゃないわよ」と悪態を吐いた。
「――ここらで解散にするか? どっちにしても、今日はこれ以上収穫なさそうな気がするぜ」
 そう言って、季作は時計を見る。言った事も真実ではあるが、どうやらこの後に予定があるようだった。
 それを察し、そして彼自身も情報が行き止まりになったことは感じていたので、
「そうだな。今日はやめるかーっ」と、伸びをした。
「んじゃ、各自明日までに悪魔について、ちょっと調べて来ましょうか」
 結衣はそう言って、「また明日ね」と手を振りながら、来た方向へと歩いて行く。季作も、「じゃ!」と走って行って、その場に残ったのは、幸太郎だけになった。
「……俺も帰るかな。いや、その前に、学食でメシでも」
 中身を確認しようと、財布を取り出そうとした瞬間、幸太郎の頭の奥に水滴が落ちたような感覚がして、次の瞬間、待っていた感覚が、彼の脳を走り抜けた。

『やれやれ。やっと一人になったわね』

 それは、赤い悪魔。
 ハチェット・カットナルの声。

       

表紙

七瀬楓 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha