Neetel Inside ニートノベル
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短編小説集
夏と水滴

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ピーン、ポーン!

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」

ピーン、ポーン!・・・・・・


ピーン、ポーンピーン、ピーンピーンピーンピピピピピピピピーン、ポーン!


異常だ。狂気じみている。非常におかしい。・・・・正確にいえば、怖い。

どう考えても、夏の真昼に人通りの少ない住宅街の家の前で、こんなに必死なチャイムの連打音をならすのは何者だ?


居留守をいつもきめこむ僕も気になった。重たい重たい腰をあげ、漬物石のようなデカい尻を椅子から持ち上げる。


そっと、覗き穴から外を伺う。そこには見知らぬ女が汗だくで立っていた。
うちの家の玄関扉は磨りガラスで加工されており、玄関先に誰かが立つと、その影がドア越しに映る。

そのことを僕は思い、玄関前に立ってしまった僕はドア越しに居る彼女と顔を合わせなければならない、と考えた。
彼女はおそらくドア越しに僕の気配を感じとっているだろう。このまま僕は部屋へ帰って居留守を決め込むのは僕の生きていく上でのプライドが許さない。

「はい・・・・・?」

4日ぶりの真夏の直射日光がドアの隙間から入り込み、僕の顔を射す。

「あせだくなんです、、どうか、水をください」

「・・・・・・・・・・・」

「わかりませんか?ほら、服も透けてる。ブラジャーみえてるでしょう?ほら。」

彼女はTシャツを指先でつまみ、汗で体と張り付いたのをはがすようにしてみせる。

「困った、びしょぬれだ・・・・・」

困った、困った、、と彼女は連呼した。

まるで本当に困っている人のように"思われたい"ようなセリフにきこえたが、そんな彼女に僕は降参した。

「・・・・・・・・一杯で、いいですか・・・」

「はい?」

「水・・・一杯で、いい?」

「うん」

「そ、そこで、待ってて・・」

「はい」

玄関の段差を跨ごうと片足を上げて、そこからリビングになっている床を踏んだ。
そこでふともう一度彼女の顔、、いや、存在を確認したくなった。

僕は首だけくるっとねじり、後ろをみた。

彼女はなぜか、玄関先で正座していた。太ももの上に両手をあて、まったく敵意のない素直な表情で僕をみている。

僕は何故か安心して、、それどころか、彼女に悪いと罪悪感を抱きながら台所へ小走りした。
目一杯氷をいれたグラスに水を並々注ぐ。
氷が割れる音がする。少しグラスを持った手を円を描くように揺する。サッとグラスの表面は小粒の水滴で群れた。

お上品なお嬢様は、夏の直射日光を浴びながら、石畳の玄関先で正座で待っていた。
ジーンズをはいているとはいえ、石畳の上での正座では、足が悲鳴をあげているのではないだろうか、、と初めて僕は人間らしい気持ちを彼女に向けていたことについて少し驚いた。

「あせだくじゃない、君」

「えっ・・・・・あ、あのぅ・・水・・・・」

僕はいつの間にか滝のような汗を額から流し、紺色の半袖Tシャツの首もとをびしゃびしゃに濡らしていた。

彼女は僕が差し出したグラスを手に取り、"いただきます"と小さくお辞儀して、一気に呑んだ。

アコが天を突き、首筋があらわになる。首からアゴの形が、まるで男性器のようだ、、と僕は純粋にイメージした。
そのようにイメージした事はこれまでに生きてきた中で幾度もあった。

女性は男性器を持っている。

確信があった。猥雑なんてものは、自然に生きてたらいくらでも周りに転がっているものなのだ。

そんな身近な猥雑には過敏に反応しないくせに、僕のアレは彼女の首筋からアゴにかけての男性器そっくりなフォルムに興奮したようだ。
小粒の汗が首肌の表面に浮かぶが流れず、後ろから強い陽が差すので、まるで後光に照らされているように、その輪郭は光っている。

「ぷはぁあっ!!」

「・・・・・・・・・」

「生き返ったーーーーーーーっ!!さいっっこうっ!」

「・・・・・・・・・」

「氷・・・惜しいけど、、氷はすぐには食べられんから・・しゃあないか・・・」

彼女は僕にグラスを返した。

「きみ、顔あかいよ?どうした?」

「・・・・あつい」

僕は考える事も無く、ただ夏の日差しの暑さのせいにした。


「ふぅーん。たしかにねえ〜、この日光じゃ、いつ日本が滅んでもおかしかないかもね」

「そだね・・・」

「屋根の色。真っ黒じゃん、君ん家。だからここにした」

「あ、、、、え・・・?」

「だから、私が訪れた理由よ、理由!」

「あ、、、あああ・・・・そう、、そうなんね」

そういえば彼女の容姿は真っ黒だ。

真っ黒い半袖Tシャツに、真っ黒なバンダナ、真っ黒な輪ゴムで後ろ髪をとめていて、ポニーテール。真っ黒なくるぶし靴下に真っ黒な靴。真っ黒な大きな瞳。


「夏、というか、日光を集める色だって、、小学校のとき習ったよ・・・?」

「ねー、そうなんだよね。あちぃーんよ、じっさい、凄くね・・・」

僕は何となくこの人が、今日が"お通夜"であるとか、そういった特別な日であるから、黒にこだわっているのではなく、純粋にただ、その色が彼女にとって何故か馴染んでしまうのだということがわかった。


「僕は青が好きなんだけどね。明るい青とかじゃなく、、この色、紺色のような深い青」

「へえ〜、、君もか。なんか似てるね、あたしたち。君の場合、、そうだね、少しお腹でてて、暑苦しいから、青がなんか落ちつくね。似合うよ、青。じゃなくて、、、紺、か」


グラスの中の氷は冷たい水に変わり、僕のグラスを持つ手はびしょぬれで、水滴がまもなく落ちようと準備していた。

彼女は玄関の靴箱の上に置いてある丸い鏡を覗き込み、顔や髪の毛をチェックしている。

「よし!そろそろ行くわ!ありがとう!コン!!」

「・・・・・こん?」

「紺色好きだから、コン。あなたのことね」

「・・・ああ、、ありがとう。じゃあ、君は、、クロ」

「ははっ、、やるじゃん。では、またどこかで・・・」

彼女が玄関先をすこし離れると、まるでこの場では何も無かったかのような彼女の横顔を見て、僕のどこかがチクリと痛んだ。

「黒い服!!たまぁーーーーーに着るからぁっ!!!」

「着れば良いさー」

「・・・・・・・・そ・・」

そうじゃなくて、、と僕は言いかけて、片手に持ってるグラスを見る。
足下にはいくつもの水滴が弾けた後がたくさん残っていた。

例えば、その弾けた水滴のひとつは、今日のような一日を表しているかのように。



そしてまた、夏が戻った。

       

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