Neetel Inside ニートノベル
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 「…少し移動しましょう」
 「少し?」
 「…少なくとももっと開けた場所に…」
 現在2人の周囲は木々に囲まれており、背後はケーゴが転げ落ちてきた崖。もし、原生生物が襲ってきたら逃げ道が一方向奪われているうえに、非常に戦いづらい。
 と、そこでシンチーは思い出したかのように腰の防具に装着していたナイフをケーゴに渡した。
 「ロビンから。護身用です」
 そう渡されたナイフはケーゴの目に非常に頼りなく映った。シンチーの剣のようにうまく戦える代物ではないし、あの宝剣のように魔法が使えるわけでもないだろう。
 ただ、そんなどこにでもあるようなただのナイフが、自分と重なった。身の丈に合った武器。何となくそういわれた気がした。
 
 しばらく足元をごそごそさせていたが、ようやく立ち上がったケーゴに向かってシンチーは肩を貸すそぶりを見せた。
 一人で大丈夫だ、と喉まで出かかったが、ケーゴは素直に助けを借りた。
 完全に森が闇に包まれるまでにはまだ少しだけ余裕がある。二人はできるだけ急いで歩いた。
 「…おねーさんはさ、なんであのおっさんと一緒にいるの?」
 「…」
 答えはない。それでもケーゴは寂しさや痛みを紛らわそうと話し続けた。
 「だってさ、おねーさんめちゃくちゃつえーじゃん。あのおっさんの従者なんてやってなくたって」
 「…おっさんというほどの年齢ではない」
 今度はまったく核心とずれた答えが返ってきた。
 「…」
 このまま会話を続けようと試みても、余計わびしいだけではなかろうか。そう思って黙ってしまった時である。
 「…身の丈に合わないものは持つべきじゃない」
 ぽつりとシンチーが呟いた。
 「夢とか、目標とか…誓いとか」
 ケーゴはぱちくりと目を開いてシンチーを見る。これはさっきの自分の問いかけに対する答えなのだろうか。
 「…私が剣に、盾になれば…可能なの」
 「…」
 重要な部分はかなり省略されているような気がする。結局シンチーが何を言いたいのか掴みあぐねてしまった。
 あるいはわざとわからないように言ったのだろうか。ケーゴにその真実はわからない。
 一応もう少し掘り下げてみようかと、口を開いた時である。
 「…っ」
 シンチーが突然立ち止った。
 ケーゴはその意味をすばやく理解し、不安げに辺りを見回した。
 静寂。辺りは闇に飲まれ始めている。
 シンチーが剣を抜いた。ケーゴは邪魔にならないように少し離れようとした。
 「…あまり離れないで」
 そうシンチーは警告する。
 彼女が察知した気配、先ほどのヌルヌットとは違うものだ。もっと小さいが、無数にいる。しかも、四方八方に。
 神経を研ぎ澄ませる。いつ飛び掛かってくるかわからない。
 こんな木が密集する中で剣を振り回すのはかなり不利だがいたしかたないだろう。
 静寂。しかし、殺気は体中に感じている。
 「………伏せて!!」
 「ひぃっ!?」
 言うが早いかシンチーは体ごと剣を回転させた。
 四方八方から飛び出してきたのは、蜘蛛のような足を6本持つ緑色の甲殻虫。牙をがちがち鳴らしながら飛び掛かってきた。
 それらを全て切り終え、シンチーは第二波に備える。
 一方、危うく首が飛んでいたケーゴであったが、シンチーの言葉に反応して伏せたというよりも彼女の怒声に腰を抜かしたという方が正しい。
 文句の1つも言いたいところだが、ばさばさと虫を切り捨てるシンチーに何も言えない。おとなしく縮こまっていることにした。
 やがて、あたりが完全に闇に飲まれる。
 半亜人のシンチーは夜目がきく。そのためどこから何が来ようが対応が可能だ。
 しかし、きりがない。巣にでも紛れ込んでしまったのかというほどに大量の虫が襲い掛かってくる。
 だが、ここで倒れるわけにはいかない。ケーゴを守り、ロビンのもとに帰るのだ。それだけは果たさなければならない。まだ足元にケーゴはいる。この場から一瞬でも離れればケーゴが危ない。
 前からも後ろからも虫が来る。幸い虫自体はまったく強くはない。だが疲労がたまっていく。
 その時である。
 「危ない!!高くジャンプだ!」
 ケーゴの声に聞こえた。
 反射的にシンチーはそれに従ってジャンプをする。
 だが、脊髄よりもある程度冷静な脳がそこで気づいた。
 シンチーは夜目がきく。だからこそ虫が襲ってくることがわかるのだし、戦えるのだ。それに対してケーゴはただの人間のはずだ。ただの人間がこの真っ暗な森の中、何をもって危ないと判断したというのだ。何をもって跳べという決定を下したのだ。
 「しまっ…」
 一度高く飛び上がり、それから重力に従って落下するはずのシンチーの体はしかし、そのまま宙に浮かんだままであった。違う、何か粘着質の物に体が囚われている。
 動けど動けどそれは振り払えず、逆に体にまとわりつく。
 知っている。こういう性質のものを知っている。だがシンチーの知っているそれは人間をとらえるほどの大きさはなかった。
 森の中、頭上に周到に張られた蜘蛛の巣で、宝石のような眼が怪しく揺らめいた。


 「…!?おねーさん!?」
 突然自分に似た声がしたと思ったら、突然自分の傍で剣をふるってくれていたものが消えた。
 同時に眼前に光る生き物が現れた。
 違う。光っているわけではない。放電しているのだ。バチバチと体毛を逆立たせ、現れた獣。
 「半亜人といえどもたいしたことはないの」
 ヌルヌットだ。

       

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