Neetel Inside ニートノベル
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ミシュガルド冒険譚
穢れに捧げ、癒し歌:8

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―――――

 「刳!」
 円錐形の水が回転し、魚人の胴体を貫く。
 身体を肉塊と言えるほどまでに崩し、ようやく魚人の動きが止まった。
 しかし海からは次から次へと新たな亡者が現れ来るようだ。
それを認めたウルフバードはちぃ、と舌打ちをする。
 埒が明かないのだ。
 中途な攻撃では魚人の身体は再生する。しかし一体一体に全力を傾けていてはこちらの消耗が激しい。
 自分に体力がないのは承知の上だ。だからこそビャクグンを連れているというのに、今回はビャクグンの剣が全く機能していない。
 そもそも接近戦自体するべきではないと思われる。
 フロスト曰くあの黒い魚人に体を食われたものが、同様に全身黒くなり人々を襲いだしたということだからだ。
 故に彼は現在剣の衝撃波というそれはもう人間離れした方法で魚人たちを退けているのだが、決定力に欠ける。
 そして、目の前のエルフ女は魚人を凍りつかせることしかしない。せめて広範囲を凍らせてほしいものだが、津波から交易所を守ったその直後でそれはないものねだりだろう。
 要するに、相当不利。ウルフバードの頬ににじむ汗は冷や汗だ。
 事実、彼らは徐々に後退をしている。既に何体かの亡者は交易所の奥へと歩を進めている。
 「おい、エルフ女。お前、この腐敗物共を消滅させられないのか!?」
 「無理言わないでくれるかしら…ッ!」
 唸るようにフロストは返した。ウルフバードと彼女の視線が何度目になるだろうか、交差する。
 目の前の魚人を氷漬けにしながら言い放つ。
 「私は氷魔法が専門なのよ!文句言うならあなたがこいつら焼き払ったらどうッ?」
 そう言われたウルフバードはその場の3人を包み込むように水の障壁を作り出した。
 飛び掛かって来た魚人たちはその激流に阻まれ体を崩す。
 「…俺は生憎水魔法しか使えないんでな。魔法に長けたエルフ様にこうやって期待してる訳なんだが」
 「それは残念だったわね…ッ」
 フロストがウルフバードの背後の魚人を凍結させる。
 そうして辺りを見回す。
 再びの緊急事態にさきほど津波を防いだ魔法使いをはじめ、今度は剣と盾を持った兵士も駆けつけている。
 が、戦況は不利。
 物理的な近接攻撃は推奨され得るものではないし、魔法使いたちは津波への対処で魔力を消費している。
 「どうしたもんかねこりゃ…」
 こうなるなら駐屯所でゆっくり休んでいるんだった、とぼやきながらウルフバードが水を集め刃へと姿を変える。
 「大体、こいつらが何者なのかが全く分からないから困るのよッ!」
 「確かにな。正体さえわかれば対処のしようもあるってもんだ。…アルフヘイムの魚人とは全く違う奴らってことか」
 「……確かに魚人とは違う」
 ウルフバードはフロストの口ぶりに引っ掛かりを覚えた。
 「…心当たりがあるのか?」
 立ち止まったウルフバードをフロストが顧みる。
 それまでの怒りとは違う緊張に満ちた視線がウルフバードを刺した。
 戦場ながらもエルフとの間に奇妙な空気を共有してしまったウルフバードはしかし、続きを促す。
 「…アルフヘイムの沿岸部、お前たちの国が戦争末期に占領していたあの土地。その一帯に禁断魔法が放たれたのは知ってるわね?」
 「あぁ」
 「その禁断魔法によってその地は不毛の地となってしまった。あの魚人たちみたく、恐ろしいほどの黒に染まって…」
 フロストは目を伏せ、ウルフバードは軽く目を見開いた。
 「…同じ、黒なのか」
 「えぇ、嫌でもわかるわ」
 心臓を凍てつかせる黒。死を予感させる黒。本能が忌避を叫ぶ黒。
 それがこうして目の前で蠢いている。
 誰もが恐怖を押し殺しつつ戦っているに違いない。
 フロストの言葉を考えつつウルフバードは辺りを見回した。
 「…考えるべきことが多いがそれ以上にこの魚人共が多いな…」
 「しかし、最低限交易所の人々の避難が完了するまでは我々で彼らを食い止めねばなりません」
 ビャクグンがそう反応し、ウルフバードはため息をついた。
 「乗りかかった船は泥船だったな…」
 「あら、あなた1人で帰ってもいいのよ?別に私たちは皇国の人間の助けなんて必要としていないもの」
 「そういう言葉は…刳!」
 水の刃が回転しフロストの死角の魚人を貫いた。
 「…1人でこいつらを一掃できるようになってから使うんだな」
 そうフロストを見下ろしたウルフバードの頬を氷の刃が掠めていく。その刃はウルフバードにむけて斧を振り上げていた黒い兵隊の右肩を貫き、兵隊の右腕は一時的に地面へと落下した。
 「そんな風に人の世話を焼く暇があったら自分の心配でもしてなさいッ!」
 「あぁそうかい」
 そうして背中合わせに黒い亡者たちを相手取る。
 先ほどから何度もお互いを助けているのだがそれをわざわざ意識するような2人ではない。
 そんな彼らを横目にやりつつ、ビャクグンは脳内でハナバと会話を続けた。
 (ハナバ、報告所への避難者は?)
 (それなり…ってところかな。もうここまで数体…数人なのかな、やって来てるよ…あっ、でもこっちにも護衛はいるから大丈夫だよ!)
 (…そうか。ニフィル殿との連絡は?)
 (…交信は続けてるんだけど向こうも会話を続けてる状態じゃないみたいだよ…)
 (…)
 海に現れたという巨大な怪物の話を思いだしビャクグンの太刀筋に力がこもった。
 戦っているのはこちらだけではない。
 彼の懸念が伝染したかのようにフロストもニフィルのことを唐突に思い浮かべた。
 「…こんなところで…ッ!」
 負けるわけにはいかない。きっとニフィルさんたちは帰ってくる。
 その時に交易所をこんな亡者どもで埋め尽くさせてたまるかものか。

       

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