Neetel Inside ニートノベル
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ミシュガルド冒険譚
穢れに捧げ、癒し歌:9

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 ピクシーの助けもあり、程なくしてケーゴは調査報告所にたどり着いた。
 建物の中には人々がひしめき合っている。種族はまったく関係ないようだ。
 扉を荒々しく開けると、人々の恐怖した視線がケーゴに注がれた。
 相当外からの脅威に恐れを抱いているようだ。無理もない。
 「アンネリエ―!」
 それを無視して探している彼女の名前を呼ぶ。
 不安と恐怖の声がさざめく中で、その叫びはかき消されてしまう。
 獣人とぶつかり鳥人の羽を押しのけ、エルフに押されながらケーゴは報告所の中を探し回った。
 どうやら開放されているのは一階だけらしく、二階に避難してきた者はいないと職員に説明された。
 「マスターケーゴ」
 空からアンネリエを探していたピクシーがケーゴの肩に戻る。
 「どうだった!?」
 「私が気落ちして返答するに、この屋内にアンネリエ様、ベルウッド様の両者の姿も発見することはできませんでした」
 「そんな…っ!」
 息が荒くなる。心臓の鼓動が重くなる。
 いない。
 アンネリエがいない。
 どうしてだ。どうしてアンネリエがいないんだ。
 ケーゴの脳裏に黒い獣人が浮かんだ。
 次に剣士に斬られる魚人たちが浮かび、最後に灰になるまで焼き尽くされた彼らの姿が浮かんだ。
 「…っ!」
 違う。そんな訳ない。
 呼吸が震え、苦しい。
 次第に思考が停止し、喧騒が遠くなっていく。
 吐き気と共に目に涙が揺れる。
 アンネリエは無事だ。どこかに絶対にいる。間違いない。
 死んでない。アンネリエは死んでいない。違う。死んでない。あんな姿なんかになってない。
 そんな訳がない。アンネリエはもう逃げている。ここではないどこかに逃げているんだ。
 殺されるわけがない。燃やされるわけがない。あんな風に黒くなってる訳がない。
 そうだ。ここにいないだけで、きっと、他の安全な場所にいるはずだ。
 だって、守ると決めた。
 自分がアンネリエを守ってみせるって、そう決めたじゃないか。
 そうだ、死んでなんかいない。…死んでなんかいない。
 「マスターケーゴ、落ち着いてください。私がマスターの精神状態を慮るに、深呼吸を一度して、緊張を解いてください」
硬直したケーゴをピクシーが呼ぶが答えはない。
 そこで彼の肩を叩く者がいた。
 ケーゴの瞳に光が戻り、はっと振り返る。
 「アンネリエ!」
 「…あなた、大丈夫?」
 ケーゴより頭一つ背の高い女性だ。
 銀色の髪を背中に流し、顔を隠すためのものらしい布を今はまとめ、垂らしている。
 薄紅梅のワンピースドレスは露出部分が多く、スリットも大胆だ。美貌も加わり、普段のケーゴなら視線に困っていただろう。
 露わになった耳からエルフということが分かるが、彼女の背には翼が生えている。
 狙いの人物とは違うとわかり、露骨に消沈するケーゴに彼女は尋ねた。
 「…人を探しているのね?」
 彼は食らいつくように応えた。
 「アンネリエを…!エルフの女の子を探しているんです!見ませんでしたか!?緑色のひらひらした服で、大きな杖を持っていて…!」
 女性はケーゴを目で制した。
 「落ち着きなさい。私ならあなたを助けることができるかもしれないわ」
 「…本当ですか!?」
 「えぇ、ちょっと待ってね」
 そう言うと彼女は水晶を取り出した。
 途端にケーゴの表情が怪訝そうなものに変わる。
 察した女性の声が低くなる。
 「…あら、信じていないのね。」
 「……だって占いでしょう、それ」
 「嫌ならいいのよ?突如化け物が現れて混乱している人の中でもあなただけ特別にこうして助けてあげようと思ったのだけれど」
 「…何で、俺を?」
 「そこは気にしなくていいのよ」
 「はぁ…」
 藁でもいいから縋ってみようかと考えたケーゴにピクシーが進言する。
 「マスターケーゴ、私が彼女の提案を受け入れようと考えるに、彼女はエンジェルエルフのようです。エンジェルエルフといえば神に通じる神聖なる種族…と本人たちの内では言われています。それが真実かどうかは置いておくとしても、彼らの能力に偽りはないでしょう。ただの占いと侮らない方が良いかと」
 「…そうなの?」
 思い出したようにケーゴは彼女の羽をしげしげと眺める。鳥人とのハーフではなかったのか。
 女性はクスリと笑った。
 「その機械妖精は賢いのね。…それで、どうするの?」
 「…っ」
 唾をごくりと飲み込み、ケーゴは答えた。
 「……お願いします。アンネリエの…居場所を知りたいんです」
 恐れも同時にあった。
 もし、この人の占いが正確無比なものであったとして、最悪の事態が宣言されたらどうしようかと思うと怖くて身が震える。
 それでもケーゴはアンネリエの無事を祈って女性に占いを頼んだ。
 「……それじゃあ、始めるわ」
 そう言うと、女性の持つ水晶が輝き始めた。
 「探したい人のことを思いながら水晶に手を触れて」
 従う。水晶の冷たさが心地よい。
 アンネリエの姿を思い浮かべる。
 最後に見たのは、悲しげな背中。
 彼女の顔は何度も見たはずなのに、どうしても思い浮かぶのはその後姿だけだ。
 それが悲しくて、それが悔しくて、ケーゴの手が震える。
 刹那、水晶に映像が映った。
 「っ!!」
 ケーゴは瞠目した。紛れもない後姿。アンネリエだ。
 「…よかったわね、あなたの彼女は無事みたいよ」
 女性の言葉は耳に入らないかのようにケーゴは水晶を凝視した。
 どこか暗い場所の様だ。土壁が見える。
 周りに多くの人がいる。ベルウッドもいる。
 「私が推測するに、他の避難所に逃げ込むことに成功したのでしょう。周囲の方々を見るに、種族や所属関係なくこの場に集まって来ているようです。壁の様子から見るに地下。一瞬映った足元から地下通路のような場所なのではないでしょうか」
 「地下通路…」
 放心したようにケーゴは反復した。
 とにかく、無事らしい。足が震える。体中の気力が抜け落ちていきそうだ。
 「…とは言っても、地下通路なんかこの交易所にあったのかしら?今占ってみるわ。……ここ、かしら」
 水晶に浮かぶ像が変化した。
 どこかの路地裏だろうか。乱雑に置かれた荷物に隠れてマンホールがある。
 「もう少し詳細な情報がないと…これじゃあ広い交易所のどこか分かり難いわね。…くまなく探すには外は危険すぎるし…」
 「ピクシー」
 先ほどまでとは打って変わって静かに、しかし落ち着いた声でケーゴがピクシーを呼んだ。
 確信を持った。水晶に映ったその姿が、現実のアンネリエのものだと。そして、その場所もわかった。
 だから、もう恐れる必要はない。焦る必要もない。
 ただ、彼女のもとへ。
 「交易所全域はもう把握しているはずだ。これがどこかわかるか?」
 アンネリエを探すために交易所を飛び回ったのだ。ピクシーも確信をもって頷いた。
 そしてピクシーのバイザーから像が投影され、交易所の全体図、そして赤く記された当該場所が宙に浮かぶ。
 「ここまでの最短経路を頼む。おねーさん、ありがとう!俺もういかないと!」
 確認するや否やケーゴは翻し、入り口へと人混みをかき分けていく。
 「どういたしまして。気をつけてね、ケーゴ君」
 彼女に応えることなく、違和感を抱くこともなく、ケーゴは報告所を出ていった。
 その後姿を見送った女性の目が鋭く光る。
 「……ケーゴ…何の変哲もない村の出身…。特に秀でた能力がある訳でもなく、魔力に長けたわけでもない。…なら、どこで因果が交差したというの…?」
 気まぐれで助けた訳ではない。
 理由があって声をかけた。
 神に連なるエンジェルエルフだからこそ、それを察知できたのだ。

 「…どうして、あの子に――の…それに…我らが神の力が……?」


       

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