Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

――――


 「何がどうしたらこんなことになるんだろうねぇ…」
 諦めのような声でロビンが呟いた。
 隣に立つシンチーは無言をもって返す。
 いくら論じたところで結論は出ないからだ。
 現在2人はアレク書店の前で亡者たちへの警戒を行っていた。
 店内にいるのはローロとアルペジオ。屋内にいれば安全と言うことであったが何が起こるかわからない。
 「正体不明の化け物とは恐れ入るね。さすがミシュガルド」
 「…そんなことを言っている場合では」
 「いかないだろうね。海に現れた巨大な化け物のこともある。こんなことを言うのはよくないんだろうけど、この交易所もいつまでもつかわからない」
 シンチーは眉をひそめた。
 気楽に言ってはいるが、その実彼の声は硬い。
 「…とにかく、この辺りにその化け物が来たときは」
 「全力で排除するしかなさそうだね」
 2人がそう結論づけた時だ。
 近くの曲がり角の方角から派手な機械音がした。鉄がぶつかり合うけたましい音。
 その音は次第に大きくなっている。どうやらこちらに近づいてくるようだ。
 シンチーが素早くロビンの前に出て、剣を抜く。
 ロビンもナイフを手に構えた。
 音が止まる。
 何か話す声が聞こえたような気がした。
 刹那、人影が角から躍り出た。
 鋭い目線で剣を構え、威嚇のように前方を睨んでいるその人物を見てロビンとシンチーは目を見開いた。
 「…っ!お前は!!」
 シンチーの声が荒い。ロビンも予想だにしない再会に表情を硬くする。
 一方でその人物は怪訝な顔をしてみせた。
 「…化け物ならともかく、人間相手にその反応はないんじゃないか?」
 「ラナタ、この方たちは…?」
 角からメルタが機体を覗かせた。
 ラナタは振り返って応える。
 「異様に警戒されてしまっただけです。特に問題はないでしょう」
 「そうなの」
 メルタが乗る機体がその全貌を現した。
 初めて見る機械に2人は固まったままだ。
 が、様子からしてこの皇国兵はこちらのことを覚えてはいないようだとロビンは考え、口を開いた。
 「…いやぁ、すみません。化け物が出たということでこの書店を守っていたのですが、こちらもその化け物がどんな姿なのかわからないもので」
 ラナタは納得したようにうなずいた。
 「成程な。…化け物は全身真っ黒の生き物だ。攻撃を加えても再生してしまう。奴らに傷つけられた者は化け物の仲間入りをしてしまうようだ。効率のいい方法かどうかは知らないが、動きを止めて炎で焼き尽くしてしまうというのが現在私たちの取っている対策だ」
 「情報提供感謝します」
 以前命を狙ってきた剣士とこうして落ち着いて話すというのは奇妙な感覚を覚える。
 シンチーはこれが全て皇国の罠なのではと未だに警戒を解いていない。
 そんな彼女の視線に疑問を感じつつも、ラナタは尋ねた。
 「私たちは人を探している。お前たち、アルペジオという皇国兵を知らないか?…外見は緑色の長髪、背は少々低く痩せている。恐らく甲皇国の軍服を着ているはずなんだが」
 「…すみません、アルペジオと言う名前も、そのような女性の姿も記憶にはありません。…シンチーは?」
 動揺を表情の奥に隠しつつロビンは答え、ラナタから目をそらすようにシンチーを見た。
 シンチーは無表情で顔を横に振る。
 「…そうか。知らないのだな」
 ラナタは目を閉じた。
 ロビンとシンチーが内心安堵したその時、ラナタの冷たい声が彼らの胸を刺した。
 「…なら、何故今お前は“女性”と言った?」
 心臓が凍った。
 確かにラナタはアルペジオの性別に言及をしなかった。それにも関わらずロビンは女性と答えたのである。
 「…長髪と言っていたので女性かと思っただけですよ。まさかかまをかけているつもりですか?」
 冷や汗を気取られぬように一見平静にロビンは言いつくろう。
 ラナタの表情から疑いは消えない。
 「…今日日長髪の男なんていくらでもいるだろう。…それに、兵という言葉から大抵は男を想起するんじゃないか?」
 「そうは言ってもあなた方も女性ですしねぇ…」
 これは化け物どころじゃなくなってきたぞとロビンがいよいよ引き攣った笑みを見せかけた時だ。
 「あの、ちょっといいかしら」
 メルタが2人の会話に割って入った。
 ラナタの表情とは対称的に機内のその表情は明るい。
 その煌びやかな視線から自分に話があるのだと察したロビンはおずおずと彼女を見上げた。
 「…何でしょうか」
 意図せず年下の少女に敬語になってしまう。
 が、メルタはロビンの不安を吹き飛ばすようなことをここで言ってのけた。
 「あなた、もしかしてロビン・クルーではなくて?」
 「…そうですが…」
 メルタの表情の輝きがいやました。
 「やっぱり!シンチーなんて珍しい名前、あなたの本でしか見たことありませんでしたもの!」
 「…メルタ様、それではこの者たちが…?」
 至極驚いた風にラナタが2人を指さす。
 「えぇ、前話した私の大好きな冒険作家、ロビン・クルーですわ」
 メルタの機体がずいと前に出る。
 逃げ出すわけにもいかずロビンは彼女を見上げる。
 「私、あなたの本なら全部読みましたのよ!特に好きなのはヤミパン遺跡で謎の水晶を手に入れた話ですわ!」
 「あぁ、短編集のあれか」
 ロビンの緊張が少々和らいだ。
 シンチーもそんなこともあったな、と会話に加わる。
 「甲皇国の郊外にあった遺跡でしたか」
 「そうそう。君が中にいた動物を追い払っていたら勢い余って壁を破壊して隠し通路を破壊した所だよ」
 むっと睨まれながらもロビンはからからと笑う。
 「それにしてもどうしてあの話が気に入ったんです?」
 これまでに出した本の中にはもっとスリルに溢れた長編やら人々との触れ合いを緻密に描いたものが沢山あるのだが、その中で何故あの短編なのだろうか。
 メルタは少し考える素振りを見せた後に応えた。
 「あの話は特に文章が軽快で…なんだか別人が書いたように感じましたの。それに、検閲箇所が少なかったのも決め手の1つですわ!」
 「……」
 一転、ロビンの表情が消える。
 やや間を置いて彼は尋ねる。
 「…失礼ですが、私の小説の第一作目はお持ちですか?」
 「もちろん持っていますわ!“僕は闇のトーギッジョじゃない”。衝撃的な題名とは裏腹にとてもスリリングな冒険活劇でしたわ!」
 「…そうですか。、ありがとうございます」
 それは2作目だ、とロビンとシンチーは同時に思う。
 しかし、その回答はある程度予想していた。
 甲皇国の軍人と行動しているのだ。この少女も皇国出身だろう。
 かの国で自分の本が規制を受けているのは百も承知だ。
 恐らく記述もいくらか変えられているようだ。別人が書いたようだと評されたが、逆だろう。それこそが自分の文章だ。
 検閲も改編も少なくて当然だ。皇国が舞台なのだから、人と亜人が手を取り合う描写など出てくるはずがない。
 そんな事情など露知らず、メルタは無邪気にもラナタに告げる。
 「この方たちなら心配いりませんわ。この私が保証します」
 「メルタ様がそう仰られるなら…」
 不承不承と言った体でラナタは頷いた。
 メルタは残念そうにロビンを見下ろす。
 「こんな状況でなければゆっくりとお話をしたかったのですけど…残念ですわ。事態が沈静化したら…また会ってくださるかしら?」
 「えぇ…喜んで」
 無理やり笑顔を作ってそう返す。
 ラナタが歩き出す。メルタもそれを追おうとする。
 難しい顔をしていたロビンであったが、踏ん切りをつけたかのようにメルタを呼び止めた。
 「あの、1ついいですか」
 「何ですの?」
 ラナタがこちらを睨む。
 それに気づかないふりをしてロビンはシンチーの肩を抱き寄せて見せる。
 メルタが瞠目した。
 「シンチーは奴隷なんかではなく、私の愛すべき従者であり、良き友人ですよ」
 「…っ、そ、そうですの…?」
 混乱して何を言えばいいかわからなくなるメルタ。
 突然抱き寄せられたシンチーも、それを傍から見ているラナタも何が起きているのか理解できない。
 メルタは何か言おうと口を開いたが、何を言えばいいのか思いつかず、結局諦めたようにロビンたちに背を向けた。
 「…ラナタ、行きますわよ」
 「…はい」
 次第に機体の仰々しい足音が遠くなっていく。
 シンチーはどういうことだ、とばかりにロビンを睨む。若干顔が赤い。
 ロビンは2人の背中を眺めたまま答えた。
 「…甲皇国では君のことを奴隷だと修正されているんだろうなと思っただけだよ」
 そう思われるのは、嫌だったのだ。

       

表紙
Tweet

Neetsha