Neetel Inside ニートノベル
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 ウルフバードたちの体力回復と五色の束ね盾に協力してくれる魔道士を探すために一度散会となった。
 禁断魔法や今交易所で起きている事実について聞かされたケーゴはしかし、特にすることもなかったため、エントランスホールへと足を運んだ。アンネリエとベルウッドも一緒だ。
 ケーゴは改めてホールを見回した。
 アンネリエを探しに来たのが遠い昔の様だ。未だに人々は不安にうずくまっている。
 と、ケーゴは見覚えのある2人を見つけた。
 「ブルー!それにヒュドールも!」
 駆け寄る。2人とも無事なようだ。
 「ケーゴ、それにみんなも!」
 見知った顔に再会できたからだろう、ブルーたちも安堵して顔をほころばせる。
 「良かった、みんな無事だったのね…」
 事態が事態だけに樽に入っていないヒュドールにもの珍しさを感じつつケーゴは答えた。
 「俺たちはね。おっさんとおねーさんは分からないけど…多分無事だと思う」
 そう信じたい。こんなことであの2人に会えなくなるだなんて微塵も考えられないけど。
 「それよか、ブルーたちもよく無事だったね」
 先の激しい津波を思いだしケーゴが言う。ブルーたちの表情が一瞬曇った。
 「うん、大変だった。…でも、親切なエルフが助けてくれたんだ」
 「エルフが?」
 「僕たち、何だか変な誤解されちゃって捕まるところだったんだけど、それを助けてもらってそれにここまで送ってもらえたんだ」
 「へぇー…」
 彼らの表情から誤解という生易しいものではないとケーゴは察した。まさかここでも亜人差別が起きたんじゃないだろうな。
 彼の胸の内で赤い炎が頭をもたげる。
 ちょうどそこでブルーが声を落とした。
 「…それに、海がとんでもないことになってた」
 「海が?」
 聞き返すケーゴ。ブルーは横目でヒュドールを見ながらさらに声をひそめた。
 「うん、海が黒かったんだ。それでヒュドがすごく怖がって…」
 件のヒュドールはベルウッドとアンネリエと話している。
 酔っぱらってない彼女が珍しいのか、ベルウッドもケーゴが負った使命を忘れているようだ。
 「マスターケーゴ、私が納得しながら話すに、恐らくは件の禁断魔法による怪物がそこにいたのでしょう」
 「うん、俺もそう思う」
 と、そこでもう一つ海の黒色をケーゴは思い出した。
 昨日、ミシュガルドビーチが黒く染まった。そして人魚に襲われたのだ。
 そこでケーゴは思わず苦笑いをした。
 昨日。そう、たった一日しかたっていない。
 それなのに、一生分の経験を積んだみたいだ。
 窓からは赤い光が差し込んでいる。
 もう日が落ちる。そうしてまた、世界に黒の帳が降りる。
 津波に始まった激動の一日。人々の疲労も限界のはずだ。外で戦っている衛兵や魔道士はなおのこと。
 今日中に魔道士は集まるだろうか。今日中に全て終わるだろうか。
 何の気なしに目をやるとアンネリエと目があった。
 が、アンネリエはすぐにケーゴの背後に目を向けたようだ。
 おっさんでもいたのかとケーゴは振り返る。
 「お目当ての彼女は見つかったようね、ケーゴ君」
 「あなたは!」
 ケーゴにアンネリエの居場所を教えたエンジェルエルフだ。
 慌ててケーゴは頭を下げた。
 「ありがとうおねーさん!占いのお蔭でアンネリエを見つけることができたんだ!」
 エルフはそう、とこともなげに微笑む。
 「私のことはニッツェでいいわよ」
 自己紹介も交えつつ、目の前の少年が探していた少女を見る。
 そこでエルフの女性はついと目を細めた。
 「――あぁ、そういうこと」
 彼女の呟きはケーゴたちには届かない。
 笑みとも驚愕ともとれぬ表情をしているニッツェにケーゴはそうだ、と口を開いた。
 「ニッツェさんって、その占いでなんでも見ることができ…ました、よね?」
 慣れない敬語を使いつつ上目遣いをするケーゴにニッツェは頷いてみせる。
 「えっと、このブルーが海からここまで戻ってきたんだけど、海が黒くなってたらしいん…です。それを見ることってできないかなって思って」
 ケーゴの声が聞こえたらしくヒュドールの肩がびくりと震えた。
 ブルーが批難するような目でケーゴを見る。
 ケーゴは2人に目で詫びた。
 禁断魔法やその影響で現れた化け物の話を聞いておいて、何も見ないという訳にはいかないのだ。
 「できなくはないと思うわ」
 頼もしくニッツェは水晶を取り出した。そしてブルーに近づく。
 「さ、この水晶に手を当てて」
 ブルーは戸惑ってニッツェに食って掛かる。
 「な、何で僕が…。ここにはヒュドもいるし…」
 が、ニッツェはブルーの腕を掴んで強引に水晶に触れさせた。
 「悪いけど、私も気になるのよ」
 端的にそう言い捨て、ニッツェはケーゴに水晶を見せた。
 覗き込む。確かに海が黒い。赤に染まる水面に一点の染みの様。
 その中心に、いる。
 くすんだ灰色の怪物。巨大な眼球をぎょろりと動かし、様々な海洋生物から継ぎ足したかのようないくつもの腕で宙を叩いている。
 もしかしたらこの様々な腕は犠牲になった海洋型亜人のものだったのかもしれない。
 「どうやら結界に閉じ込められているようね」
 ニッツェの言葉と共に水晶に映る映像が切り替わった。
 黒い海の周囲に艦隊が展開されている。
 話に出てきたニフィルというエルフが結界を作っているのだとケーゴは思った。
 そのまま水晶の映像は切り替わる。今度は怪物により近づいている。
 腐敗しているかのような肌は見ているだけで気色が悪い。
 黒い海は荒波を立て、船などすぐに沈没してしまうだろう。
 その中で。
 「マスターケーゴ、私が高性能カメラ機能を誇りながら報告するに、昨日交戦した人魚が映り込んでいます」
 「え?それマジで言ってる?」
 「私が首をかしげながら応えるに、何故虚偽の報告をする必要があるのでしょうか」
 それもそうだ、とケーゴはニッツェに目くばせをする。
 応じたニッツェが水晶の映像を更に拡大してみせる。
 いた。確かに映っている。
 「昨日戦った人魚だ…」
 間違いない。血管のように赤い筋の入った黒い身体、黒い武器、そしてくすんだ青い髪。
 黒い水で宙に浮かび、化け物の肌を得物で斬り裂いている。
 斬り裂かれた部位からは黒い液体がどろりと流れ出すが致命傷ではないようだ。
 何故この人魚だけ怪物と戦っているのだろうか。
 「まだ小さな男の子の人魚よね…これ」
 「小さな男の子の人魚…」
 ニッツェの呟きに思いもかけないところから反応があった。
 ケーゴとニッツェが振り返るとヒュドールが呆然と目を見開いている。どうやらケーゴ達の会話を聞いてはいたらしい。
 「ヒュド…?」
 訝しがるブルーの姿は彼女の瞳に映らない。
 否、この場にいる誰の姿も今のヒュドールの目には映っていない。



 ――声がする。助けを求める声が。
 手が伸ばされる。その時つかめなかった手が。

 黒い。目の前が黒い。
 これは。この場所は。

       

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