Neetel Inside ニートノベル
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――――


 「これが…生焔礼賛…!」
 驚嘆したのはペリソンだけではない。
 さきほどから船内ではどよめきが絶えない。
 SHWの艦隊と協力して怪物に砲撃を繰り返していた。
 途中で幾度となく怪物はアルフヘイムでニフィル・ルル・ニフィーが詠唱しているであろう魔法に反応し、その巨体を回転させようとしていたがその時はぎりぎりまで近づいてなんとしてでもこちら側に注意を向けさせた。我ながら無茶な行動ではあったと思う。
 しかし、それが今結実したのだ。
 どれだけ攻撃しても全く致命傷を与えることが出来なかった怪物は今、禁断魔法であろうあの光の柱に飲み込まれた。後は消滅を待つだけだろう。
 「これが…アルフヘイムの力か…」
 誰ともなく呟く。それを隣にいた兵に聞かれたようだ。
 「正直、我々だけではこんなことは無理でした」
 「そうだろうな」
 いくら皇国の最新鋭の兵器を用いたとしてもあの化け物を倒すことは叶わなかった。
 それはきっとSHWとて同じことだろう。
 アルフヘイムと協力をすることができたからこそ、この結果を得ることができた。
 「乙家には感謝せねばな…」
 まばゆい光の柱にペリソンは目を細める。
 あの時、彼らに諭されなかったらこの作戦は成立していなかったかもしれない。
 戦いの中でしかペリソンはアルフヘイムを知らなかった。魔法とは凶悪な代物で、エルフに心が通っているなど考えたこともない。
 しかし彼らはそんな自分とは違い、本気でアルフヘイムを、世界の変革を信じている。
 それはきっと自分にはできないことだ。
 「なぁ君」
 些か弱弱しい声がでた。それに気づきつつもペリソンは隣に立つ兵に尋ねた。
 「この共同作戦の後…我々はどう変わるのだろうな」
 兵士は慎重に言葉を選んだ。
 「突然我らとアルフヘイムの関係が大きく変わるとは…私には考えられません…。しかし、この出来事は1つの転換点となり得るのではないかと」
 「そうか…」
 本気で乙家の者たちに同調するのなら、本気で戦争のない世界を目指すというのなら。
 変えられるままに任せるのではない。
 自分たちで変えなければならないのだ。
 「これから、忙しくなるかもしれんな」
 ペリソンたちの眼前では未だ光の柱が輝いている。


――――


 「…っ!どうして…!!」
 闇夜を斬り裂いた光の柱。ニフィルの生命力によって必要な条件も満たされ、もはや怪物は封印の一途をたどるはずであった。
 しかし、一向にその気配がない。
 怪物は生焔礼賛の結界の中で抵抗こそできずにいるが、その魔法が予定通りの働きを見せる様子が見受けられないのだ。
 禁術発動によって作戦がうまくいったと喜んでいたダート達はニフィルの表情から状況を察し、顔色を変える。
 「ニフィル…どうしたのじゃ?」
 ダートが問いかけるが彼女は虚ろに首を横に振るだけだ。
 何故だ。どうして化け物は封印されない。
 5年前とは違い、確実な発動ができたはずだ。
 一歩後ずさってしまう。
 それだけは考えないようにしていた。それだけはあってはならないと思っていた。
 しかし、この状況では。
 「まさか…失敗したのですか…?」
 オツベルグがその言葉を口にした。
 「違…っ!!…っ!!」
 反射的に否定しようとするが、言い切る気力は既に潰えていた。認めてしまったのだ。
 「あ…あ…」
 白い光の中では未だ何も起きない。
 再び後ずさった。
 船が揺れ、よろめく。
 体勢をなおした彼女の目の前にはダート達が立っている。
 彼らは悄然とニフィルを見つめていた。
 その眼には動揺と失望が見え隠れする。
 それは、5年前と同じ絶望。
 ニフィルの心も真っ白に染まっていくようだった。
 「どうして…」
 脚も声も震えていた。音を立てて今立っている場所が崩れていく感覚を覚える。
 夫婦神の言葉も忘れ、ニフィルはすがるようにダート達を見た。
 助けてほしかった。泣いてしまいたかった。どうすればいいかわからなかった。
 「私は…私は…っ!!」
 「失敗したのよ」
 冷たい声がニフィルを刺した。
 その言葉にニフィルは硬直してしまう。この声は。
 ダートが声のする方を見るとソフィアが傘に腰をかけ、宙に浮いていた。
 その眼に宿しているのは凍てついた炎。怒りと侮蔑が入り混じっている。
 「あなたは…!」
 オツベルグが驚いて口を開く。瞬間、ソフィアの手から衝撃波が放たれ、オツベルグの身体を吹き飛ばした。
 彼の身体は船上を面白いほどに跳ねた。
 「オツベルグ!!」
 ジュリアが悲鳴をあげ、船体に叩きつけられたオツベルグの傍による。
 意識を失っているらしい彼の手からタンバリンが落ちシャン、と小さな音を立てた。
 「人間が私に気安く声をかけるとはね。穏健派と行動して調子に乗ったのかしら?」
 ソフィアは言葉と共に左手を軽くジュリアに向けた。
 察したダートがジュリアを押し倒す。彼らの頭上を禍々しい気を帯びた魔法弾が掠めていく。
 「亜神あじんは決して人を許さない。それは神の御世よりの決め事。兄たる人の決してぬぐえぬ罪」
 次は外さないとばかりにソフィアは倒れ伏すオツベルグ、そしてジュリア、ダートに狙いを定めた。
 「何を…」
 ジュリアがソフィアを睨み付けるがその程度で怯む彼女ではない。再び魔法弾を発動しようとしたその時だ。
 「ソフィア…!」
 うめき声に近い、その声でニフィルがソフィアを呼んだ。
 ソフィアは緩慢に首を動かし、再びニフィルを見下ろす。ニフィルは歯ぎしりと共に問うた。
 「あなた…何をしに…!」
 「何をですって?」
 吐き捨てるかのようにソフィアは応えた。
 「あなたの失敗の後始末に決まっているでしょ?それともあなた一人であれをどうにかするつもりなの?」
 失敗。その言葉がニフィルの心を容赦なく裂く。
 言葉に出すだけでも勇気が必要だ。しかし認めるかのようにニフィルは再び問うた。
 「私は…また…禁術に失敗したのですか…?」
 「その通りよ」
 ソフィアはにべもなく言った。
 眼下で愕然とニフィルが膝をつく様を眺めながら、ソフィアは滔々と続ける。
 「ニフィル、魔法は生きてるのよ。この世に生み出された魔法は全て、私たちと喜怒哀楽を共にし、そして戦う。いわば私たちと魔法は一蓮托生の間柄。互いに信じ、愛し合うことが必要。それをあなたは…」
 次第にソフィアの言葉に怒気がこもり始める。
 ニフィルは作戦前の自分の言葉を思い出した。
 「友たる魔法を恨み、蔑み、そして憎んだ。あまつさえ生焔礼賛が欲する命の焔を自らの生命力などという中途なもので代えようとした。それが魔法への裏切りであると何故気づかなかったのかしら?」
 ニフィルの足元の甲板が姿を変え木の腕となる。反応が遅れたニフィルを捕まえ、彼女の胴を握りつぶそうとする。
 「…っぁああ!」
 苦痛の声をあげるニフィルを眺め、ソフィアは言った。
 「戦後、あなたは善人を気取って魔法を使わないようにしてたようだけど、私に言わせればあなたははなから魔法を使う資格なんてなかったのよ」
 「そんなこと…っ」
 反論しかけたニフィルを木の腕が甲板に叩きつける。
 息がつまり、言葉が途絶える。
 今度はダートとジュリアがニフィルのもとに駆け寄る。
 亜神と人が手を取り合う光景を見下ろしながらソフィアは右手を高く掲げた。
 「…よく見ておきなさい。これが本当の生焔礼賛よ」
 言葉と共にソフィアの右手の上に魔法陣が出現した。
 ニフィルが皇国やSHWの援護を受け、長い詠唱の末につくりあげた生焔礼賛の魔法陣だ。
 ただしニフィルのものとは違い七色に輝いている。
 「一瞬で…その陣を…」
 力なくダートが呟く。見上げる先のエンジェルエルフはやはり全てが規格外だ。
 「詠唱とは魔法発動のための補助。私と生焔礼賛の間にそんなものはいらない」
 ふつ、とソフィアが掲げる魔法陣が消える。同時に怪物を包み込んでいた光の柱も消滅し、七色の魔法陣が代わりに怪物を取り囲んだ。
 ソフィアは無感動な目でその方向を眺めている。
 圧倒的なその光景に呆然としていたニフィルはとある事実を思いだし、悲鳴をあげた。
 「ソフィア!待って!!」
 生焔礼賛には、贄が必要なのだ。
 「何を待つ必要があるのかしら」
 ニフィルははじめ、ソフィアは怪物を見ているのだと思っていた。しかし違う。彼女の視線の先にあるものは。
 待って。やめて。そんなことをしないで。
 オツベルグとジュリアを顧みる。そこでジュリアとダートもニフィルの思惑に気づく。
 「まさか…!」
 「…やめるんじゃソフィア!儂らはようやく新たな一歩を…っ!」
 「そんな一歩は必要ない」
 ソフィアが右手を突きだす。その先にあるのは皇国国の艦隊。
 「やめなさい!!」
 金切声にも似た叫びでニフィルが最後の抵抗をみせた。
 攻撃の魔法陣を展開し、ソフィアに狙いを定めた。
 生焔礼賛発動に再び失敗し、ソフィアに自身を否定された彼女にいつもの矜持は残されていない。
 それに、ニフィル自身も信じたかった。壊したくなかった。アルフヘイムと甲皇国が手を取り合えるそんな未来を。
 だのに。
 「黙ってなさい」
 ソフィアは左手をニフィルの展開した魔法陣に向けた。途端に魔法陣に刻まれた文字が変化し、その性質と効果が変わる。
 「なっ…」
 ソフィアに向けて放たれるはずであった衝撃波は逆噴射を起こし、ニフィルの側に向けて放たれた。
 弾け飛んだニフィルは辛うじて海への転落を免れる。
 その間にソフィアは皇国の艦隊に向けて魔法を発動していた。


――――


 突如怪物を覆っていた光の柱が消え去ったと思うと別の魔法陣が出現した。
 事態の変化に乗組員たちのどよめきが大きくなる。
 「…どういうことだ…?」
 アルフヘイムの艦で起きていることなど露知らず、ペリソンは首をかしげた。
 魔法の第二段階目かなにかだろうか、そう予想を立ててみる。
 いずれにせよ魔法陣は怪物を包囲しているのだ。問題はないだろう。仮に何か間違いが起きれば連絡が来る。
 「いずれにせよ今はアルフヘイムを信じる他ないだろう」
 そう周囲の者に言う。
 それもそうだ、と彼らも頷いたその時だ。
 艦が揺れた。
 「何だ!?」
 アルフヘイムの魔法によって荒波は軽減されているはずだった。否、それ以前に魔法陣の完成によって化け物が起こした津波は全て魔法陣によって阻まれていた。
 再びぐらりと艦が揺れ、ペリソン達は均衡を崩した。
 外にいた兵士たちが船内に転がり込んでくる。
 「てっ、提督…!艦が空中に…!!」
 「何だと!?」
 見れば水平線が次第に下へと移動している。否、この艦が上昇しているのだ。
 「アルフヘイム!アルフヘイム!一体何が起きている!?」
 焦燥を隠すことなく通信用の魔法陣に向かって叫ぶ。しかし何の返答も得られない。
 ソフィアによってその魔法は全て阻まれていたのだ。
 「アルフヘイム!」
 ペリソンが怒鳴る間にも戦艦は上昇を続ける。そして怪物の方へと移動を開始した。
 「このままでは…!」
 このままでは怪物を囲う魔法陣に侵入することになる。
 乗組員たちもそれに気づいたらしく、恐慌の中海に飛び込む者まで現れた。
 しかし、海は荒れている。加えて既に相当の高さにまで浮遊しているのだ。助かるとは到底思えない。
 「アルフヘイム!SHW!応答しろ!!」
 次第に怪物が近づく。否、こちらが近づいているのだ。
 何故だ。どうしてだ。何が起きている。
 焦燥の中ペリソンは愕然とある結論に達した。
 「……我々は…騙されていたのか…?」
 全ては皇国の艦隊を葬るための罠だった。
 怪物も、SHWも、乙家も、そしてアルフヘイムも。
 全ては仕組まれていたのだ。
 「馬鹿な……っ」
 ペリソンの全身が震えだした。
 「何が…何が手を取り合うだ…!何が新たな一歩だ…!」
 姑息で狡猾で、全ての信頼を壊すお前たちは。
 やはり人類の敵なのだ。
 「アルフヘイムゥウウウウウウウウウ!!」
 ペリソンの怒号が響く中、戦艦は魔法陣の中に突入した。
 瞬間、艦隊は蒸発したかのように消え去り、後には怨念のごとく軍服を纏う人骨が漂っていた。


――――


 皇国艦隊の船員たちが贄として確かに命の焔を消したことを確かめるとソフィアは涼やかに言った。
 「――禁忌よ花開け。生焔礼賛」
 魔法陣から極彩色の光がほとばしる。
 ニフィルが発動した白色の光の柱と異なり様々な色の光を発しながらソフィアの魔法は怪物を覆う。
 魔法陣は命をもてあそぶ殺戮の庭を成し、贄となった皇国の軍人たちの骨が新たな命の焔を目指して動き始める。
 何人もこの結界からは逃れられない。そして全ての焔が尽きた時、結界内の全ての亡者は封印されてしまうのだ。
 怪物はそもそも5年前の生焔礼賛によって命を落とした亡者たちの成れの果て。命の焔は宿していない。
 故に亡者たちの目指す先は怪物ではない。


       

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