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貫かれた右腕をむりやりに動かし、切られた左腕もあたかもその先があるかのように彼の背にまわす。
全身傷だらけになりながらヒュドールは少年を抱きしめていた。
尾びれがちぎれている。ブルーがほめてくれた淡い紫の髪も黒く染まりつつあった。
意識が朦朧としている。もう体は動きそうにない。
それでもこの腕の中にこの子はいる。
――お姉ぇちゃん…
幻聴だろうか。
それとも今、呼んでくれたのだろうか。
ヒュドールは柔らかく微笑んで、たった一人の弟に呼びかけた。
「なぁに?」
もう、離さない。ずっと、ずっと一緒にいてあげる。
あぁ、まばゆい。海の中、黒の中だったはずなのにこの極彩色の光は何だろう。
「――…」
なんだか、とても眠い。せっかくあなたを捕まえたのに。うとうとしちゃって、本当に駄目なお姉ちゃんね。
お酒を飲みすぎちゃったかしら。
「…ぉ……」
少年が小さく声をあげた。
彼の身体は既に黒に染まっている。死の穢れを抱きしめたヒュドールの身体も次第にそれに染まりつつあった。
しかし、彼の目に映るヒュドールの姿はまだ人魚の里が平和だったころの優しく、淡い青と紫を纏っていた。
「……ねぇ」
つつ、と少年の目からも涙が流れた。やはりそれは海の黒と混ざることなく、清浄を保ち揺蕩う。
のろのろと彼もヒュドールに手を回した。
「ちゃ……」
ヒュドールの消えかけそうな命の焔をめがけ、皇国の贄たちが迫っていた。
それでも二人は動かずに互いを抱き合う。
もう二度と離れないと互いに示しあうために。それを証明するように。
少年がゆっくりと目を閉じた。
そう、あなたも眠いのね、とヒュドールは微笑んだ。
「――、お姉ぇちゃんが…子守唄を歌ってあげる」
よく眠れるように。
私が隣にいるって安心できるように。
黒い海に優しい歌声が響く。
それは穢れに捧ぐ癒し歌。
死の黒色に染まった愛する者を救う慈愛に満ちた子守唄。
その癒し歌は、歌い手の命の焔が消えるまで海中に響いていた。