Neetel Inside ニートノベル
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――――

 
 「――大神の高き御恵み深き導きを頂き奉りて…」
 イナオが唱えているのは鎮魂の祝詞。救われぬ魂を慰める癒しの言霊だ。
 彼が詠唱を続ける間にもケーゴとアンネリエは宝剣のコントロールをしている。
 そんな彼らを守るようにゲオルク達は剣を振るう。
 「はぁああああああああああっ!」
 フロストが亡者たちを凍てつかせ。ビャクグンがそれを怪力でもって打ち砕く。
 ゲオルクはゼトセのサポートを行いつつも着実に戦いをこなす。
 しかし、彼らを目指して亡者は集まり続ける。
 イナオの詠唱がどれほど続くものかわからず、とはいえそれを彼に問うことができるわけでもなく、彼らはひたすらに戦い続けた。
 亡者を薙刀で貫いたゼトセの背後に別の亡者が爪を立てて襲い掛かった。
 それを躱すが薙刀が亡者の身体から抜けない。
 ゲオルクがゼトセに向かう亡者を切り伏せる。
 「ゲオルク殿!」
 ゼトセが叫ぶ。ゲオルクの背後にも亡者がいるのだ。
 「むっ…!」
 ゲオルクが振り返りざまに剣を振るおうとする。その刹那。
 「メルタ☆バーナー!!」
 突如火炎が放たれ、ゲオルクの目と鼻の先で亡者が焼き尽くされた。
 「横やり失礼!ですわ!」
 自信に満ち溢れた声。機械に乗り込んだ少女がこちらにその機械の腕を向けている。
 戦闘への闖入者にさすがのゲオルクも目を瞠る。
 フロストやビャクグンも唖然と手を止めてしまった。
 そんな2人を囲むように蠢いていた亡者たちを赤い剣が刺し貫く。
 「呆けている場合か!」
 剣の持ち主は2人を一喝し、手にした剣を横に振るう。
 赤い刀身は鞭のようにしなり、そして元の剣の内へと収まった。
 先端から赤色の刀身を繰り出す蛇の剣。ラナタの得物だ。
 「一体ここで何をしていますの?見たところ魔法を使っているようですけど」
 「説明は後だ!今はこの戦いに加勢してくれると助かる!」
 「もとよりそのつもりだ!!」
 ゲオルクの呼びかけに勢いよく答え、ラナタが剣を振るった。
 メルタも臆することなく火炎放射を開始する。
 ゲオルクはこの戦いが終わったらこの機械少女に戦場で無暗に炎を使わないように言って聞かせようと思った。
 先ほども危うく亡者と共に丸焼きにされるところだったではないか。
 と、そこで炎から連想してケーゴ達の様子を視界の隅に捉える。
 その時だ。
 「――舞ひ立ち舞ひ出で舞ひ退き舞伏しつつも拝みも奉らくと白す!!」
 イナオの声がより大きく響き渡った。
 彼とケーゴ、そしてアンネリエを取り巻く霊力は宝剣の魔力と混ざり合い清浄の力を発し始める。
 「鎮まり給え!安らぎ給え!眠り給え!纏いし穢れ拭いて清廉たれ!!」
 イナオの言霊はアマリの霊力とケーゴがもつ宝剣の力によって交易所全土に響き渡った。アンネリエの持つ土の魔素は水棲亜人たちの力を削ぎ、相対的に鎮魂の力を強めていた。
 ケーゴ達を中心として癒しの波動が発せられる。ゲオルクたちもその衝撃に身を奪われる。
 「鎮魂祝詞みたましずめののりと!!」
 光に照らされた亡者たちは次第に形を崩し、そして消滅する。

 鎮魂の祈りはその力を増し続け、やがて交易所を覆い尽くした。
 

――――


 「たくさん死んだかな?」
 「戯れ程度には死んだでしょ」
 「これからどうするのかな」
 「神の願ったままに」
 「カミサマは私の願いを叶えてくれるかな?」
 「あんたの努力次第よ」


――――


 巨大津波の到来から始まった一連の事件が収束を迎えた。そうハナバの言葉が人々の心に響いた時には黒い海もすっかり消え去っていた。
 長い夜が明け、朝日が海を白く照らしている。空の青は明るく、海の青は深い。
 何もかもを吸い込んでしまいそうな青色。そこは確かに生焔礼賛によって生まれた亡者たちの封印の地であるのだが、それが意識されることはないのだろう。
 それほどに波は穏やかで、あの黒色はもはやどこにも見当たらないのだから。
 「――という訳で、アマリさん、イナオ君、ケーゴ君、アンネリエちゃんのお蔭で上陸した亡者たちを全て消し去ることに成功しました。五色の束ね盾による結界も張られこれ以上亡者が交易所に上陸することはないでしょう」
 魔法陣を通じてフロストの報告を受ける。
 ニフィルは安堵の声を漏らした。
 「ご苦労様でした、フロスト。ゆっくり休んでください」
 「…あの、ニフィルさん…?」
 「どうしましたか?」
 「そちらでは何かあったのですか…?」
 「……怪物は無事封印したと言ったはずですが」
 「そうなのですが…」
 逡巡の後にフロストはおずおずと問う。
 「ニフィルさんの声があまり嬉しそうではなかったので…」
 「……詳細については大陸に戻り次第伝えます」
 「…そうですか。それでは、アルフヘイム領でお待ちしています」
 「ええ」
 通信を切るとニフィルはダートたちの方へ振り返った。
 オツベルグとジュリアが悼むような顔つきで立っている。
 ダートも複雑な表情を浮かべている。
 何を言うべきか、正解がわからないままニフィルは頭を下げた。
 ダートもニフィルの側に立ち、2人に頭を下げる。
 それは感謝か、それとも懺悔か。
 さしものオツベルグとジュリアも何も言うことが出来ずただ立ち尽くしていた。
 皇国の艦隊は全てアルフヘイムの手の者によって消え去った。
 しかし、彼女がいなければ生焔礼賛は失敗に終わり、希望は潰えていたのだ。
 協調と亀裂を同席させ、アルフヘイムの艦隊は帰港の途に就いた。


――――


 「…む?」
 伝書を待ち構えていたロウは空に奇妙なものを発見した。
 ミシュガルド大陸から増援の要請がくるだろうというトクサの言葉通り、その要請を待ち構えていたのである。
 が、ロウの予想に反しそれは伝書を持った鳥ではなかった。
 否、鳥ではある。しかしそれは水が鳥の形を成し、空を飛ぶという代物だったのである。
 一体何だと眺めているとその鳥が急降下を始めた。
 着陸地点に目をやってロウはそういうことか、と納得する。
 水の鳥が向かう先にいる少年。彼は水の魔法が使えたはずだ。
 あの水の鳥もきっと彼の手遊びなのだろう。
 そう結論付けてロウは再び大陸から来るであろう伝書を待ち続けることにした。

 「…この鳥……兄様の…?」
 灰がかった青色の髪を後ろで一つに結び、服はその髪の色に強調させられるかのように白い。
 腰には装飾のついたレイピアとマンゴーシュを下げている。
 大人びた装飾や佇まいに反して声はまだ少年のそれだ。
 兄からもたらされたその水の鳥は彼の指先にとまると姿を変え、文字列を成した。
 久々の信息に心躍っていた彼の眼差しが文を追うごとに剣呑なものへと変わる。
 「……皇国に…アルフヘイムの間者が紛れ込んでいる……?」


――――


 森深く、亡者すら辿り着かなかったその場所に彼女らはいた。
 「それは本当なのですか、我らが麗貌の同胞ニツェシーア」
 いつもの涼やかな声に若干の熱がこもっている。
 「えぇダピカ、私自身も驚いていますが…しかし、事実です。我らが神は確かに彼らの内に」
 「…彼らの名は?」
 「一人はケーゴという少年です。そしてもう一人は――」
 「アンネリエ・スコグルンド」
 ニツェシーアとダピカがその声に振り向くと痩身の女性が神妙な面持ちで立っている。
 口にしようとしたその名を先に言われてしまいニツェシーアは唇を尖らせた。
 「あら、エミリー。あなた知っていたの?」
 エミリーと呼ばれた女性は首を横に振った。
 「いえ、ただそんな気がしただけ」
 不審げなニツェシーアとダピカに背を向けエミリーは空を仰いだ。
 
――スコグルンド先生、そういうことだったのね……
 

――――

 爽やかな朝だ。
 窓から差し込む朝日に目を細める。
 隣で眠るケーゴはまだ起きそうにない。
 疲れ果てているのだろう。無理もない。そっとしておこう、と部屋を出る。
 酒場の一階に降りた。アンネリエはそこでロビン・クルーの握手会なるビラを目にした。
 そういえばあの二人は無事なのだろうか。ケーゴの恩人ということだからそうであってほしい。
 彼らの顔を思い出しつつ酒場を見渡す。
 昨日までの恐慌はやはり尾を引いているらしく、普段は騒がしい酒場の面々も今は沈痛な面持ちで席についている。
 いつもならブルーが窓を拭いているの時間なのだが、今彼の姿はない。
 きっともう彼がこの酒場を訪れることはないのではないだろうか。
 アンネリエは悼むようにヒュドールがよくいたカウンターの近くに目を向けた。
 「アンネリエ…」
 背後から声がした。大切な声だ。起こしてしまったのか。
 アンネリエは応える代わりにのろのろと頷いた。
 彼の手が肩に添えられる。
 温もりが伝わる。その手にアンネリエが触れた。
 一瞬緊張したかのように動いた彼の手はしかし、そのまま肩の上に留まった。
 静かな店内に皿を重ねる音が響いた。
 ヒュドールを探すかのように泳がせた視線が彼女を捉えることがあるはずもなく、彼らは目を伏した。
 彼女だけではない。この一件でどれだけの人が犠牲になったのだろうか。
 命の灯とはかくも脆く、儚い。

 それでも肩に伝わるこの命の焔の温もりさえあればそれでいいと、アンネリエは握り返した手に想いを寄せた。

       

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