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知り合いがこうして新聞紙に載っているというのは何とも不思議なものだ。
さきほどからはー、だの、ほー、だの唸っているロビン・クルーが読んでいる新聞を背中越しに覗いたシンチー・ウーはそう感じた。
写し絵に引き攣った笑顔で映るケーゴにアンネリエ。見たことのない少年と女性。
彼らがこの交易所で起きた亡者の大発生を食い止めたのだと、新聞には書いてある。
「いつの間にこんなことになっていたんだろうねぇ。ケーゴ君は」
「…さぁ」
いつも通りそっけない返事を返す従者に苦笑を見せつつ、ロビンは店番をしているローロにも紙面を見せた。
「ほら、この真ん中の男の子。知り合いなんだよ」
「へぇーそうなんですか…って…」
一瞬彼の言葉に釣られてしまったローロだったが、すぐさま調子を変える。
「なんでロビンさんうちを休憩所のごとく使ってるんですか!そこ一応事務室なんですけど!?アルペジオも別にカルファ出さなくていいから!」
「え?そうですか?」
随分と店に慣れ、アレク書店の制服も板についてきたアルペジオがロビンとシンチーに飲み物を出している。
それにも指摘をしつつ、ローロはロビンに詰め寄った。
「そりゃあの後握手会を敢行していただいたのはありがたいですけど!でもあんな混乱の後でお客さんが来るわけないじゃないですか!」
「じゃあ第二弾でもやるかい?」
「そういうことじゃなくて!そもそもなんでうちなんですか!冒険者の憩いの酒場はどうなってるんですか!」
ローロの言葉にロビンはすっと顔を引き締めた。その様子に彼女も思わず黙り込む。
湯気のたつカルファを少しだけ啜り、ロビンは沈鬱な声を出した。
「……ヒュドールが亡くなったらしい」
「…えっ?」
確か酒場の看板娘として有名な人魚だ。
一時期、そうか本屋にも樽に入った人魚がいればいいのか、と血迷った発想に至ったこともあるからよく覚えている。
「そうだったんです、か…」
あの事件の犠牲者は数知れず。知っている者が死んでしまっていても何も不思議ではない。
親しい仲ではなかったはずだが、それでもローロの胸中に喪失感が去来した。
だがそれはそれだ。
「…で、それと今の状況と何の関係があるんですか」
先ほどよりも勢いは削がれているが、それでもロビンをじとりと睨む。
当のロビンは頭をかきながら応えた。
「それで酒場の雰囲気があまりに重くてね。原稿が進まないんだ」
見ればロビンの手元には原稿用紙が広げられている。推敲の跡を見るにあまり進捗は芳しくないらしい。
「だからってやっぱりアレク書店に来る必要ないじゃないですか!」
「いやぁ~集中できるかなと思って」
「…それ、遠回しに閑古鳥が鳴いているのを馬鹿にしてます?」
「そんなことはないって」
慌てるロビンにローロがさらに食らいつこうとした時だ。
からん、と来客を告げる鐘が鳴った。
「あっ、お客さんお客さん!」
慌てたローロがばたばたと売り場の方へ戻る。なんとなくつられてしまいロビンも売り場へと移動してみる。シンチーはそんな2人を横目に見送り、アルペジオは事務室で待機だ。
「いらっしゃいませ!どのような本をお探しですか!」
息急ききる勢いで来店者に迫るローロ。久々のお客さんだものなぁとロビンも来店者の方に顔を向ける。
「えっと~…魔法道具についての本ってありますか~?」
のんびりとした声。その持ち主もまたおっとりとした顔つきだなぁとローロは思った。
エルフの少女だ。薄橙の髪を一つ結びにして前に垂らしている。淡い色調の服も彼女の人柄を表しているようだ。
「魔法道具について…ですか」
おうむ返しに聞くローロの目がその少女の持つ鎌を捉えた。
それに気づいた少女も鎌を差し出してみせる。
「私、この杖のお兄ちゃんを探しに来たんです~」
「杖」
杖なのかそれ。鎌じゃないのかそれ。
髑髏の意匠がなされたその鎌の形状をした魔法道具を見て、そうつっこみたくなったローロだったが、お客様の気分を害するのもよくない。
というよりも。
「お兄ちゃんってどういうことだい?」
興味深そうにロビンが尋ねた。ローロもそれを聞きたかった。
と、少女の持つ杖の髑髏が口を開いた。
「言葉の通りだ。我が我のお兄ちゃんを探しているのだ」
「しゃべったー!?」
思いがけない魔法道具にローロが思わず声をあげ、声を出した杖をまじまじと見た。
ロビンはもちろんさすがのシンチーもそれには驚いたらしく、目を丸くしている。
少女は頷き、杖に目をやった。
「そう、このスティ君のお兄ちゃん。本屋ならなにか手がかりがないかと思って~」
スティ君と呼ばれた杖がそれに続く。
「我は記憶を失くしているのだ」
「そ、そう…」
ともあれ冷やかしではなくれっきとしたお客様だ。ローロは本棚から適当な本を見繕う。
「たとえばこれは魔法道具の歴史についての本ですし…これは魔法道具の原理について詳細な説明が載っています。…後はこの闇の幼女パン屋についての論文集にも少々宝具としての魔法道具が記載されていますね」
「う~ん、どうかなスティ君」
少女が尋ねると、杖はのろのろと応えた。
「…我には判断がつかぬ」
「そっか~」
別段残念そうにも聞こえない声音。なんと言えばいいのかローロは判断に困る。
ロビンも難しそうに腕を組んだ。
「探し人となると難しいよなぁ…ミシュガルドには色々な人がやって来てるし」
「でもロビンさん、色々な人とかかわってるんじゃないですか?本書いてるんでしょう?」
「…うん?」
虚を突かれたロビンは真顔でローロを見返した。
何を言いたいのか、察しはつく。
果たして彼女はロビンの予想通りの言葉を言った。
「この子の手伝いをしてあげたらどうです?」