Neetel Inside ニートノベル
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 「…そんな小童に何ができる。ウヌに何ができる」
 ヌルヌットが静かに呟いた。
 「この森から生きては帰さぬわ!わからぬか、ワシの有利が!!」
 突如、放電が消えた。
 明りに慣れていた目は順応が遅れる。
 月明かりは雲に阻まれていた。森の夜は闇に包まれ、何一つ見ることができない。何一つ聞くこともできない。
  
 「右!」
 鋭い声が響いた。
 ロビンはケーゴを抱えて右へ跳んだ。
 抱えられつつ何かが左を駆けた気配を感じた。
 一方、攻撃をかわされたヌルヌットは頭上を見た。暗闇の中確実にものを見ることができる者がいたのだ。
 「半亜人め…」
 蜘蛛の巣にかかった女は動くことができない。だが、それを狙うこともできない。下手に頭上を狙おうものなら自分までも蜘蛛の巣にかかりかねない。ヌルヌットは小さく舌打ちした。
 だが有利なことに変わりはないはずだ。小娘がどれだけ指示を出そうとも、その声はこちらにも聞こえる。そして、こちらは相手のことが見えるのだから。
 
 ヌルヌットは吠え、駆けた。
 「左に!」
 頭上で声がした。それに従いロビンは左へ跳ねた。しかし、予想済みだ。
 獣は跳躍し、右へと体を回転させた。その動きにシンチーの声は遅れ、もちろんロビンたちはそれを見ることすらかなわない。
 尾がロビンの顔に直撃した。相手がひるんだ気配をとらえ、ヌルヌットはすかさず食らいつこうと跳んだ。
 しかし、ロビンもその場で体を回転させて獣の攻撃を寸でのところでかわし、体勢を戻す。
 その応酬に抱えられたまま振り回されるケーゴはたまったものではない。
 夜の森に指示が飛ぶ。右、左、後ろ、とこだまする。
 もう何度目かの攻撃の応酬だろうか。さすがのロビンも少し息が切れ始めるが、それでもナイフを逆手に構えたその時だ。
 唐突な刺激が爆発した。
 世界が真っ白に染まったのだ。
 暗闇にようやく慣れてきたにも関わらず、こんどは放電による光で視界がつぶされたのだ。
 ロビンはもちろん、シンチーもその閃光に目がくらんだ。
 ロビンは反射的に目を細めたが、その間にもヌルヌットが飛び掛かってくる。
 牙がロビンの首に迫る。
 だが、後ろにひとっとび、辛くもその噛みつきを避けた。
 その勢いをつけたまま左へとジャンプした。
 ヌルヌットは着地し、目の前の男に体の正面を合わせた。
 目をくらませたにもかかわらず、ひるむことなくしっかりと避けたか。本当に厄介な男だ。もはやこの策すら通用しないとなると、このまま逃げてしまう方が得策だろう。もともとイレギュラーが介入した時点で退くべきだった。これ以上の深追いは危険だとヌルヌットは判断した。
 その時である。
 シンチーの叫び声が響いた。
 「ケーゴ!今!正面!!」
 「あぁっ!!」
 ケーゴも呼応して叫んだ。ヌルヌットのちょうど真後ろから声がする。
 「…まさかっ!?」
 ヌルヌットの脳裏に一つの可能性が弾けた。
 そうだ、あの男ナイフをいつの間にか構えていた。代わりに抱えていたあの子供がいなかったのだ。それでも意に介しなかったのは、男の方が脅威だったからだ。
 娘の指示を聞いた男は今までずっとその言葉通り動いてきた。だからこそ自分もそれを予想して攻撃をすることができたのだ。娘の指示を誘導するようにフェイントをかけつつ、何度もその牙は男をかすめた。だが、それは違った。誘導されていたのだ。子供がワシの背後を確実にとらえられるように。あの男はそのためのおとりだったのだ。
 「だがぁっ!!あんな小童の剣をワシが避けられぬと思うてか!!」
 相手は足をくじいた子供だ。それに気配も近くにあるわけではない。ならば、その剣をかわすなど造作もない。
 ヌルヌットが振り返った。
 するとその眼前で、炎が燃え盛った。
 「ま――」
 すかさず理解した。この子供は魔法が使えるのだと。
 だが、どれだけ頭の回転が速くとも、どれだけ知略を巡らせることができようとも、体の反応はそれに追いつくことができない。
 闇の中、赤い炎。ケーゴの顔が浮かび上がる。

 その顔は、もう弱弱しい子供の顔ではなかった。

 磨き続ければ、この少年はどこまでも強くなれる。
 ヌルヌットはケーゴの顔に強者の原石を見た。

 「うぉおおおおおお!!」
 そして宝剣から業火が放たれた。
 黒い森の中、赤が弾けた。
 「馬鹿なぁあああぁあっ!!」
 炎の渦に巻き込まれ、ヌルヌットはそのまま吹き飛ばされた。

       

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