Neetel Inside ニートノベル
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 交易所の東門近くにある広場に、種族を問わず、十数人の子供が集まっていた。多くが開拓者の家族の子である。親が仕事に出ている日中、することのない子供がロンドの青空教室にやって来ているのだ。
 実際、ロンドの教え方は上手く、今までろくに勉強をしたことのない子供たちも学習を楽しむことができた。だから、子供が他の子供を呼ぶことになる。
 すると困るのは遊び相手がいなくなる子である。しかたなく、フリオもロンドの青空教室に顔を出してみた。だが、性に合わなかった。一時間程度の学習が耐えられないのだ。だから、今日も今日とて脱走した。そして、捕まったのである。
 家族の一人として登録されたフリオは、同じ未成年ではあるが一人で冒険者としてミシュガルドにやって来たケーゴと違って、一人で門の外に出ることができないのだ。
 
 「…という訳で、ここでは掛け算を使うんですね。わかりましたか?」
 ロンドは持参した小さな黒板に力強く文字を書いていく。教えているのは単純な計算だ。だが、それさえできない子供は多い。無理もない。教育を受けることのできる子供など限られているのだから。多くが貴族の子弟や資産家の子供だ。商人の子がかろうじて計算を覚えるくらいだろうか。貧しい村の子供などは確実に教育を受けることなどできない。だが、教育は必要だ。教育は子供の未来を、可能性をのばす手段の一つなのだ。今は無理でも、将来教育を受けた子供たちが大きく羽ばたき、この社会を変える力になればいいと思う。
 そんな言い訳が彼の中で満たされていた。
一通り計算式を書き終えたロンドは生徒たちの方を振り返った。多くの生徒が目を輝かせて彼の話を聞いている。一人だけぶすっとしかめ面で座っているが。
 ロンドは苦笑いしながらその生徒に聞いた。
 「フリオ君、分かったかな?」
 「わかんねー!でももう終わりだろ!みんないこーぜ!」
 ロンドが引き止める前にフリオは駆けて行ってしまう。それにつられるように他の子供たちも駆けていく。
 「困ったことがあったらすぐに私に言うんだぞー!」
 叫びながらしばらくその姿を追いかけていたが、やがてロンドは片づけを始めた。
 フリオを責めたり叱ったりする気は全くない。ああいう子はどこにでもいるものだろう。今この教室に出てきてくれているだけでもありがたい。あの年頃の子どもだったら勉強よりも遊びに夢中になる方が自然なのだから。
 「それでも、私は教育を…」
 誰ともなしにそう呟いた言葉はロンドの中で奇妙に響いた。

 ロンド・ロンドは教師ではない。
 このミシュガルド大陸の調査を推し進める大国の1つ、甲皇国出身の科学者である。かつては皇国の研究所で、兵器の開発に携わっていた。甲皇国は帝国主義を掲げる国家であるため、新兵器の需要は高かった。特に70年間にもわたった戦争の際にはその技術は飛躍的に進歩した。
 中でもロンドが携わったのは、甲皇国で当時最先端であった蒸気機関の技術に魔法を組み込むという研究であった。この研究が成功し、皇国の軍事力はいや増した。マスケット銃に魔法を組み込むことで破壊力を得た。対魔の力を施した鎧は敵の魔法に抵抗をみせた。
 元来、ロンドがその研究を始めたきっかけは蒸気機関と魔法を組み合わせて、さらに人々の生活を良くしようという善意からであった。戦争で手足を失った者のための義手や義足が形だけのものではなく、本当に以前のように動かすことができたらどれだけ素晴らしいだろうか。普段の生活の中で蒸気技術をもっと効率的に扱うことができれば人々の生活はもっと良くならないだろうか。そう考えた末の研究だったのだ。
 しかし、時代が、国が、それを許さなかった。
 ロンドの研究に目を付けた軍部は半ば強制的に彼にその研究を兵器に転用させた。抗えば殺されていただろう。
 そうしてロンドが完成させた技術は確かに腕のない兵隊の義手を作るのに役立った。だが、その義手には火器が組み込まれていて、戦場で多くの命を奪った。
 それどころか、様々な兵器に応用されて戦争を激化させたのである。もちろん、皇国民、そしてその他の国の人々の暮らしも便利なものにはなった。しかし、その喜び以上に胸に重くのしかかる悔恨があった。
 甲皇国は人間至上主義を是とした国家である。国内の人口―それこそ「人」という言葉がふさわしいように―は、人間がその大半を占める。ごく少数の人間以外の種族たちは、それこそ奴隷であったり、人々が避けるような職業の従事者であったりと、差別を受けるのが当然であった。
 このような人間が多い国では、魔法を扱える者が少ない。本来魔法とはエルフなどの、人間以外の種族が用いてきた神秘の術なのだ。人間でそれを扱えるのは、例えばエルフらが制作した魔力のこもった武器を使う場合などに限られていた。だが、ロンドらの研究には魔法が必要だ。
 だから捕虜を用いた。
 戦争の相手国である精霊国家アルフヘイムは、エルフなどの非人間種族が治める国であった。皇国とは逆に機械技術ではなく自然との調和を目指す国家であり、様々な種族が首長を務め、それらを全体として束ねるのがエルフ族であった。魔法を扱うことのできる捕虜などいくらでも手に入った。魔法を使って抵抗されないように手足をもいだり、猿轡をさせたりと苦労はしたが。
 とにかく、研究材料はそろっていた。ロンドは研究に研究を重ね、エルフらの血液と髄液を混ぜた液体が魔力の代用品として有用であることを発見した。その背後に何体のエルフの屍が積みあがったかわからない。
 毎日のように吐き続けた。血の匂いも悲痛な声も心臓を取り出した感覚も、全て身に刻まれている。それでも彼はそれが人々のためにもなるのだと言い聞かせて研究を続けたのだ。
 そして終戦後、ついにとらえた捕虜を直接肉体改造して皇国の手駒にしようという研究が始まった。もうたくさんだった。
 ロンドは研究所から姿をくらませた。そして、ミシュガルド大陸へと行きついた。
 そして、今は子供たちに勉強を教える風変わりな男としての人生を送っている。
 自分の研究は多くの未来を奪った。その一方で未来ある子供たちを育てるとは。そんな資格が自身にあると言えるのだろうか。あるわけがない。

 それでも彼は自分にできることを続けるのだ。懺悔のために。

       

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