Neetel Inside ニートノベル
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「お姉さん、ちょっとスーパーハローワークまで速達を出したいんだけど」
 通信局。各地に手紙や小包を届けることを主な業務としている業者である。最近は魔法を用いた通信にも手を出しているというが、そのような機器はいまだ大きな街にしか設置されていない。ミシュガルド大陸のような開拓地域では、他国との通信はいまだに鳥類を用いた伝書システムに依存していた。手紙を出したい者はもちろん、祖国からの手紙を待つ者もここで確認を行うのである。特に、開拓者の安否を気遣う手紙などは毎日のようにやってくる。
 おかげでこのミシュガルド通信局には職員よりも鳩や鷹の方が多い。釣鐘状の建物の中、天井につられたり、床に並べられた鳥籠の中には出番を待つ鳥たちがいまかいまかと翼をはばたかせている。
 ロビンとシンチーはそんな通信局の窓口で女性に向かって速達を依頼していた。ちなみに宿は見つからなかった。
 「速達となりますと、伝書鷹でよろしいでしょうか?少しお値段が高くなってしまいますが…」
 「構わないよ」
 そう言いながらロビンは封蠟がなされた封筒を差し出す。
 「かしこまりました。では、ミシュガルド通信局職員、ちづるが責任をもってお預かりいたしますね」
 「あぁ、ありがとう」
 礼を言って二人は通信局を出た。もうすぐ日が落ち始める時間だ。居住区の近くに通信局があるため、夕飯の準備の匂いが心地よい。胸の中の懐かしさがくすぐられる。
 「…うまくいくんですか?」
 シンチーがロビンの手紙の内容を見て以来の疑問を主にぶつけた。
 「さぁね。でもハロワ側はうまく説得できるんじゃないかな。お金にはなりそうだし。問題はミシュガルド側の人間どうでてくるかだね。お膳立てだけしておいて人が集まらないんじゃ、俺の信用にも傷がつく。ま、あの人とうまく調整をたててみるさ」
 「…たかだかファンサービスに」
 こころなしか不機嫌そうにそう呟く。
 「まぁまぁ、親愛なる出資者様へも少しは利益になるし」
 そういうが、シンチーはロビンにそっぽを向けるのであった。
 と、そこで先ほども会ったフリオとかいう子供が意気揚々と歩いていくのを目にする。まぁ、あの子供と我々の間に特にかかわりがあるわけでもない。問題を起こそうがなんであろうが関係ない。
 そう思って主には何も言わなかった。


 「フリオ君、今日は何をする?」
 大通りをフリオを中心に子供が4人歩いている。
 「まずはブラックホールのヒミツキチに行こうぜ!」
 そう言うが早いか、4人は走り出した。
 交易所の中だけとはいえ、子供にとっては世界そのものだ。たくさんの人が行きかう大通りでは見たことのないかっこいい鎧を着た戦士がたくさんいる。膝に矢をうけた人もいる。伝書用の鳥がたくさんいる通信局では珍しい鳥をたくさん見ることができたし、子供だけでははいることのできない酒場は遠目から覗いているだけでも面白い。薬屋の二人組は怪しげな薬をこっそり見せてくれたが、ビヤクの意味が分からなかった。危ないから行ってはいけないと言われている場所はちょっぴり怖いけど、いつかは行ってやるんだとフリオは心に決めている。
 そんな中、子供たちの一番のお気に入りの場所は、大通りから少し離れた場所にあるマンホールから通じている地下道であった。フリオが偶然見つけた場所だ。マンホールのふたをどかした穴からつながる秘密の場所。地上から覗き込むと何も見えなくて降りていくには勇気がいるが、梯子を下りて行った先はうっすらと明りが灯っている。もしかしたら魔法かもしれない。だが、フリオたちはそんなことは気にならなかった。このミシュガルド大陸の中で子供たちだけの秘密の場所。大人たちに隠れてそこで遊ぶのが心地よかった。フリオが組織した「ブラックホール」とは、そんな秘密の場所への入り口を意味するのだ。
 特に最近はロンドという変な大人が自分たちを拘束するのがフリオは気に入らなかった。大人というのはいつもそうだ。あそこに行ってはダメだの、これはしてはダメだのと、うるさくて仕方ない。しかも、他の遊び仲間たちもそんなロンドと一緒に楽しそうに勉強とやらをしているのがさらに気に入らない。
フリオは商人の子であるにもかかわらず、簡単な計算すらできない子供だった。だがそれには理由がある。
 自分はミシュガルド一の冒険者になるのだ。昼は森で獰猛な獣たちと戦い、夜は骨付き肉をたき火で焼いて豪快に食らいつくのだ。そんな冒険者に足し算も引き算もいらぬ。必要なのはパワーだ。勇気だ。勉強なんて必要ない。それなのに勉強をやらせるあんな奴、大嫌いだ。

  子供たち四人は大人たちの目を盗んで、こっそりとマンホールの蓋をどかして梯子を下りていく。
 梯子を下りた先にあるのは子供たちの秘密の遊び場。ゴミ捨て場からこっそり持ってきた小さな机や、子供たちが家から持ってきた干し肉、近くの畑からくすねてきた果物などが置いてある。本当は家出をした時用にベッドやイスも持ち込みたかったのだが、梯子を降りることが難しそうだったからあきらめたのだ。
 フリオは干し肉をできるだけワイルドにかじった。
 「今日は集まりが悪いな」
 すると、犬の顔をした子供がおずおずと口を開いた。
 「きっと、他のみんなは家で宿題やってるんだよ。ロンド先生がさっき言ってたやつ」
 「そんなの聞いてねー」
 本当は知っていたがわざと挑発的な声で悪ぶってみせた。まったくもって面白くない。だが、そんな不満を振り切るようにフリオは大きな声を出した。
 「だったら、今日はこの地下つーろのもっと奥まで行ってみようぜ!」
 3人の子供は途端に不安げな表情を見せた。この地下通路、梯子を使って降りてきた場所から、右にも左にも道がのびている。昔、その先を見てみようと歩いて行ったことがあるのだが、怖くて途中で帰ってしまったのだ。
 「奥に行くのはやめとこうよ…」
 犬型の亜人の子がそう進言する。だが、フリオは聞く耳を持たない。
 「うるせー!それでもブラックホールの一員なのか!勇気のある奴は俺に続け―っ!!」
 勇気ではなく大人への反抗心なのだが、彼がそれに気づくことはない。たとえ一人でも先に進んでやろうと、フリオは振り返らずにどんどん歩いて行った。他の子供たちも慌ててその後について行った。

 歩くにつれて、道が悪くなってきた。最初は石畳だったのが、今は土がむき出しになっている。しかし、子供たちは気にせず進んだ。
 だんだんと明りの感覚が大きくなり、心細さが増していった。普段のフリオならここで怖くなって帰ってしまうところだったが、今日は他の子供たちに発破をかけながら前に進んだ。
 もしかしたら、この先にお宝が隠されているかもしれない。そうだ、これはきっと遺跡への道なんだ。そうしたら俺たち有名人になっちゃうな、とフリオは頬を緩めた。きっと今日ここに来なかった遊び仲間たちは悔しがるに違いない。いい気味だ。あんな奴の言うことに従って宿題なんかやってるのが悪いのだ。
 そうして歩いているうちに、ついに彼らは通路の奥地へと到達した。なんのことはない。掘削作業が途中で中止され、土の壁がそびえ立っているだけだ。
 「ちぇっ、これだけかよ」
 フリオはつまらなそうに壁を蹴る。面白くもなんともない。
 「じゃあ、今度は反対側に行ってみようぜ!」
 そう提案するが、三人の共たちは乗り気ではない。
 「もう帰った方が…」
 その言葉にカチンときたフリオはこれ見よがしに短剣を抜いた。
 「リーダーの言うことがきけないのか!?」
 「そ、そういう訳じゃないよ…」
 そう弱弱しく一人の子供が呟く。
 「だったら俺につづけぇー!」
 そう無意味に叫んで、勇み足を一歩。そこで地響きが起きた。
 突然揺れだした大地。子供たちの悲鳴が通路の中に響いた。フリオは思わずしりもちをついてしまった。隣にいた犬型の亜人もバランスを失って転んでしまう。
 「な、なんだ、今の!?」
 驚きつつ立ち上がったフリオの目に、さらに衝撃的な光景が飛び込んできた。
 小さな土砂崩れが起きていた。先ほどまでまっすぐに立ちはだかっていた土の壁が、今は斜面と化している。
 そして、その土砂崩れに仲間が二人巻き込まれているのだ。
 全身ではないのが幸いだ。だが、下半身は土砂に埋もれてしまっていて、身動きが取れないようだ。
 「大丈夫かお前ら!」
 秘密結社のリーダーは大事な部下に駆け寄る。腕を掴んで引っ張り出そうとしたが、徒労に終わった。埋もれた子が痛いと泣き叫ぶだけである。
 もう一人の子供が泣き出した。フリオが腕を引っ張った子供もつられて泣きそうになった。
 「泣くな!泣くんじゃねぇ!」
 フリオが怒鳴るが無意味である。苛立ちと共に、フリオは小さな手で土を掘り返し始めた。だが、どれだけ掘っても上からまた土が崩れてきてしまう。悔しくてがむしゃらに、フリオは両手でかくように土を散らした。
 「痛いよぉ!」
 その土が埋もれている子に目に入ったらしい。地下通路にこだまする子供の泣き声は大きくなるばかりだ。
 「泣くなって言ってんだろ!!」
 焦りからそう怒鳴るが、まったく意味をなさない。
 もはや子供だけではどうしようもない事態であることは明白であった。しかし、どの子の親も開拓や商売のために交易所を離れている。それに、なによりも大人を呼んで来たらこのヒミツキチの場所がばれてしまう。
 フリオは悔し涙を浮かべながらも土を掘り続けるのであった。
 土砂崩れに巻き込まれなかった犬型獣人の子がおずおずとそんなフリオに声をかける。
 「フ、フリオ君…。先生を呼んで来ようよ」
 両親は無理でも、先生ならこの交易所のどこかにいるかもしれない。だが、フリオはそれを許さなかった。
 「ダメだ!あんな奴ぜってーここにはよばねぇからな!」
 「で、でも…」
 「イヤだったらイヤだぁっ!!」
 涙声になりながらフリオは叫んだ。
 「俺がリーダーなんだ!俺が何とかするんだ!」
 なによりも、あんな男には助けられたくなかった。自分から遊び仲間を奪っていった気に食わないやつ。まだかーちゃんにぶん殴られた方がマシだ。
 だが、そんな強気の言動とは裏腹にまったく救出作業は進展しない。
 犬型の子はフリオの方が震えはじめたことに気づいた。悔しくて泣きたいのを我慢しているのだ。
 「やっぱり、僕、先生呼んでくる!」
 勇気を出してそういうが早いか、その男の子は駆けだした。いつもはフリオに気を遣っているが、本気を出せば人間よりもはるかに速く走ることができるのだ。
 「やめろよぉっ!!やめろぉぉおっ!!お前なんかゼッコーだぁっ!!」
 そう怒鳴るが、獣人の子はすぐに姿が見えなくなった。フリオの叫び声と子ども二人の泣き声が通路に響いて消えた。

       

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