Neetel Inside ニートノベル
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――違和感。

 ミシュガルド大陸の西方、甲皇国の国家軍駐屯所でアルペジオはのろのろと顔をしかめた。
違う。どこか、なにか、大切なことが。
 それが何かはわからない。ただ、彼女は頻繁にその感覚に襲われていた。

 「アルペジオ、どうかしたのか」
 近くにいた茶髪の女性が軽く尋ねた。
 「いいえ、なんでもない。ありがとう、ラナタさん」
 そう彼女に答えてアルペジオは紅茶をすすった。緑色の髪は頭頂部より少し下で赤い大きなリボンで結ばれている。襟に飾ったリボンもまた赤く、外套とスカートを足したような黒い軍服にはよく映える。
 
 この駐屯所は石組の建物が連なった造りで、今彼女らがいるのは女性兵士用の宿舎である。男性は正規兵と傭兵で宿舎が異なるのだが、女性はもともと数が少ないために一緒の宿舎にされている。
 アルペジオは正規の軍人で、ラナタは傭兵である。だが、今のところお互いにいざこざは起こしていないので特に問題はない。
 アルペジオは朋友であるラナタを見た。上半身の鎧は金色で、腕はおおわれていない。下半身の防具もスカート状のもので足は大部分がさらけ出されている。正規の軍人から見れば非常に心もとない防具であるが、彼女は先の戦争でも大活躍し、上級傭兵として他の軍人からも一目置かれているのだ。
 そんな彼女と偶然とはいえ同室で過ごすこととなって、今では多くの時間を彼女と過ごしている。
 ちなみに朋友と言ってもミシュガルド大陸に来て以来の仲である。
 それ以前は、ラナタは他の国で戦っていたらしい。そして、新たな戦場を求めてこの大陸にやって来たのだとか。
 「……?」
 まただ。
 今、なにかが頭をよぎった。
 何度も覚えている違和感。気づいた時には頭の中の靄は消えていて、それがなんだったのか、何が隠れていたのか、何もわからない。
 顔を歪めたアルペジオに対し、ラナタは再び問うた。
 「どうしたんだ、アルペジオ。やっぱり調子でも悪いのか?」
 「…いいえ、なんでもないの」
 そうだ、ラナタさんに話してみるのもいいかもしれない。
 そう思って口を開いたその時だ。
 「ラナタ、アルペジオ。両名急いで司令室へ」
 突然ドアがノックされ、そう伝令が伝えられた。
 
 二人は顔を見合わせると、急いで外へと駆けだした。


――――


「いやぁ、お兄さん!すっかりウチの常連になっちゃったねぇ!!」
 帽子をかぶった紫色の髪の薬屋が機嫌よく青年の肩を叩いた。
 ミシュガルド大陸大交易所の大通り。その声は良く響いた。響いた声がまた新たな客を呼び寄せる。
 「ここの薬がまたよく効くからね!たとえ本国に帰ってもここから薬は取り寄せたいくらいだよ」
 対する青年もそれはもう楽しそうに薬屋の少年の肩に腕を回した。
 青いぼさぼさの髪にがっしりとした体つき。背負う荷物はかなり大きく、しかし、それを感じさせない軽快かつ豪快な動き。
 ミシュガルド大陸での冒険を本にして出版しようと目論む冒険作家、名をロビン・クルーと言う。
 「そうだ、お兄さん」
 肩を組んだまま、薬屋の少年―ロイカと言うらしい―は急に声を小さくした。
 ニヤリと悪い笑みを見せる彼に、ロビンも食いつく態度を見せた。
 「いつも来てくれるから、お礼に最近開発したこの媚薬、プレゼントしちゃうよ」
 そういうとロイカはロビンのポケットにささっと桃色の液体が入った小瓶を忍ばせた。
 「あの連れのお姉さんに使ってみなよ。ちょっと触れただけで記憶ぶっとぶくらい強烈な効果があるよ」
 「それもはや劇薬だろ」
 ロンドの言葉を軽くいなし、ロイカは相方であるすり鉢の異形頭のアルドと話している女性に目をやった。
 褐色の肌に赤紫の髪。側頭部と額には真紅の輝きを放つ角が生えている。
 ロビンの付き人であるシンチー・ウーだ。
 シンチーはロイカから鎮痛剤と塗り薬を受け取ると、ロビンとアルドの視線に気づいていたらしく、何か、と可愛げもなく聞いた。
 「いや、なんでもないよ。さぁ、ケーゴ君の所に早く行こうか」
 ロビンはへらへら笑いながらロイカから離れた。
 「…」
 主が何か不適切な考えを持っていたらしい。そこまでは感じ取ったが、シンチーは特に言及はせずに、見舞いに急いだ。
 去っていくロビンとシンチーに向かってロイカはお楽しみに―っ、と叫んだ。
 シンチーはその言葉に反応してロビンをギラリとにらんだ。対するロビンは彼女から目をそらした。
 そしてロイカはすでに我関せずとでも言いたいかのように客引きを始めたのであった。

       

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