Neetel Inside ニートノベル
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 「大交易所の西の森、ねぇ…」
 アルペジオは困ったように顎に指をやった。
 「相当広いから面倒そうだ」
 ラナタもため息をついた。
 甲皇国軍駐屯所の指令室に呼ばれた二人は、参謀幕僚たるスズカ・バーンブリッツに命令を下された。
 すなわち、
 「森で行方不明になった機械兵の探索、かぁ」
 アルペジオは部屋の窓から身を乗り出してそう呟いた。
 駐屯所は森の中に造られている。そして、その森は大交易所の正門近くまで広々と、深々と、広がっている。
 森の中は日中でも薄暗く、危険な生物も多々生息していると聞く。それはもう、故郷の動物とはまったく異なる生物たちが。
 「……っ」
 まただ。また頭に鈍く、白紙のようなイメージが浮かび上がって消えた。
 なにかが存在している。なにか、大切ななにかが存在している。
 だが、それが見えないのだ。
 アルペジオの様子に今度は気づかなかったらしく、ラナタは自分の愛刀の手入れをしながら状況の整理に努めた。
 「交易所から派遣された機械兵を含めた小隊が森の探索中に何者かに襲われた。兵士たちはみな殺され、機械兵たちも壊されてしまっていた」
 アルペジオがそれに続く。
 「兵士たちの体の破損具合からして、森の原生生物に襲撃された可能性が高い。ただ、その場には一体だけ機械兵が足りなかった」
 機械兵は、皇国の技術の粋を尽くして生産された新たな軍の兵器と言ってよい。
 内部に魔力を込めた蒸気機関を搭載しており、その魔力によって動く機械人形である。人間と違いただ命令に従って動くだけであり、逃亡や裏切りはあり得ない。ミシュガルド大陸で運用試験が始められており、実験的に多くの部隊に機械兵が投入されている。
 その機械兵が一体足りない。
 機械と言えど不死ではない。永久機関たる魔力機構が破損すればたちまち動かなくなってしまう。
 いわば心臓であるその部位を破壊されつつもどこかに逃げ延びそこで息絶えた場合、それが発見されていないのなら良い。しかし、それが他国に発見されてしまうと、甲皇国の技術が流出してしまう恐れがある。
 本来は敵に鹵獲されそうになると自爆するよう作られているらしい。しかし、魔力機構が破壊されていればその命令さえ実行されないのだ。
 アルペジオとラナタに下された命令は、その行方不明の機械兵の探索である。
 襲撃された場に自爆の痕跡はなかった。しかし、一体足りない。
 だから、その機械兵を回収する。どこかで自爆していたとしても、その確認をする。
 襲撃を受けたのが昨日の未明。時間の勝負だ。
 交易所に待機している皇国軍も森に派遣されたらしいが、多くをその探索にさいてしまうと今度は交易所内で問題が発生しかねない。
 甲皇国、精霊国家、商業国家の三国の絶妙な均衡の中で成り立っている交易所の勢力関係。それを維持する要因の一つに交易所内の軍事力があるのだ。
 だから、駐屯所からも人員派遣が要請された。
 そして、白羽の矢が立った者の中に二人がいたのだ。
 「とにかく、すぐに出発しよう」
 そう言ってラナタは立ち上がった。剣の手入れも終わり、準備は万端である。
 アルペジオもそれに続き、外へ向かう。
 「そうですね。急いで発見しないと」
 甲皇国のために。アルペジオの瞳に迷いはない。
 「あぁ、そうだな。…もし、機械兵が何者かと接触していた場合、」
 ラナタが剣の柄を力強く握りしめた。


――その者を切り捨ててでも、任務を遂行する。

       

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