木々があまり生い茂っていない広場で子供たちの歓声が湧き上がる。
「…ロビン」
ある子供は木登りに興じ、ある子供は木の実を口にしている。また別の子供たちは森の更に奥地に行こうとしてロンドに止められている。
人間が多いが、その他にもエルフ族と思われる女の子や鳥の羽を生やした男の子もいる。
さすが、種族のサラダボウルである。
そんな様子を見ながらシンチーはロビンに尋ねた。
「これは冒険ですか」
「いやぁ、こういう牧歌的な光景も取り入れた方がいいかなと思ってね」
隣でため息をついた従者をよそにロビンはバグバグの実を口にしようと手を伸ばした。
その時だ。
「なーなーおじさん、おじさん!」
足元で元気な声がした。
見ると、2日ほど前に風俗街に侵入しようとしていたのを自分たちが防いだあの子供ではないか。
またおじさん呼ばわりか、と内心傷つきながらもロビンはその子どもに目線を合わせるべく腰を落とした。
確かフリオという子供だ。名前は忘れたが秘密結社のリーダーだそうだ。
フリオの他にも三、四人の子供が好奇の目でロビンとシンチーを見ている。うち一人は犬型の亜人だ。
「おじさんって冒険者なんだろ!?なんか話してよ!」
そういえば、この子も冒険者になりたいと言っていたな。シンチーはフリオを見下ろした。
冒険というキーワードでケーゴのことを思い出して少々しかめ面気味である。
それに対してロビンは、それはもう嬉しそうに自分の冒険劇を語りだした。
初めての冒険のこと、遺跡で大きな岩に追いかけられたこと、ジャングルを横断した時のこと。
隣で聞くシンチーの脳裏にもさまざまな情景が浮かんでは消えていく。
彼女も共に歩んできた。二人の軌跡。
改めて語られると気恥ずかしいものがある。
思えば長いことやってきたものだ。
フリオたちも目を輝かせて彼の話に聞き入っている。
シンチーは少しだけ頬を緩めた。
それに対して、浮かない表情を浮かべるのはロンドだ。
実は先日の地下通路での事故以来、フリオとまともに話していない。
実は、今日の遠足はフリオのためを考えたことでもある。
ミシュガルド大陸の交易所内で両親と共に暮らす未成年は親と一緒でなければ外に出ることができない。だから、冒険好きのフリオのために交易所の外に出ることにしたのだ。
少しでもフリオが自分に懐いてくれれば、と思ったのだが、思い通りにはいかないものだ。
先日、なぜか今日の遠足に同行しているロビンたちに学校を建設するという計画を打ち明けられた。
もし、この計画がうまくいけば、自分は教師役として教壇に立つことになる。
その自信が、ない。
今まで自分に見せたことのない笑顔をロビンに見せるフリオを見ていると、教師には向き不向きがあって、自分は不向きのタイプなのではないかと思ってしまうのだ。
もともと教師を目指していたわけではないし、ある意味殺人鬼と犯したことは変わらないであろう自分が未来ある子供たちと関わる資格はないのかもしれない。
それに比べてロビンと彼の話を聞く子供たちの楽しそうなこと。
要は彼が羨ましいのだ。
ベストセラー『戦禍』の著者であると聞いている。
年は自分と二回りは若いだろう。一見すると酒場でよく見る冒険者と何も変わらない。
しかし、あの『戦禍』の著者ということは、相当の辛苦を味わっているということだ。それでもなお、彼は筆を執り続けている。
何が彼を突き動かすのだろうか。自分のように過去から逃れようとしていないのだろうか。
目を向けると、ロビンがリュックにぶら下げていたランタンを子供たちに見せているところだった。
ラントンに明りが灯り、子供たちの歓声が上がった。
と、そこでロビンの後ろに控えているシンチーと目があった。
亜人は苦手だ。科学者だったころに兵器開発の犠牲になった者たちの嘆きが頭によみがえるから。
ロンドは思わず目をそらしてしまった。
あぁ、この後ろめたさが自分の中から消え去らないものか。
――――
機械兵は一見すると全身鎧のような姿をしている。しかし、その鎧の中には人間は入っていない。
人間の眼球にあたる部分は赤い照明が光る。腰の部分は人間よりも細く、背後からの攻撃にも対応できるように人間よりも回転するようにできているらしい。
蒸気機関を応用しているため、定期的に蒸気を噴出するのが玉に傷だ。潜伏中には目立って仕方ない。
まだまだ改善の余地があるが、ともかく先の戦争で主力部隊を失った皇国の新たな戦力である。
アルペジオとラナタの捜索班にはこの機械兵が三体支給された。二人と三体から構成される班ということになる。
すでに森の中を探索している。もうすぐ件の襲撃場所である。
森の中は想像以上に暗く、昼間だというのに足元を照らさなければなにかに躓いてしまいそうだ。
開拓が進んでいないため、道なき道を進まなければならない。それが行軍を遅らせている。
あるいは交易所側からならもう少し道ができているのかもしれない。しかし、防衛上、開拓者を簡単に駐屯地に近づけるわけにはいかないのだ。それが仇となった
銃剣を携えた三体の機械兵は自分たちの後ろを歩調乱さず歩く。それを振り向きざまに見ながらラナタはため息をついた。
「時代も変わったものだな。まさかこんな鉄人形と戦場に、しかも文字通り‘同行’するとは」
「甲皇国の技術は世界随一ですから」
アルペジオはそう言い切る。
「信頼しているのだな。私たちの故郷を」
「もちろんです」
即答。ラナタはそんなものか、と一人肩をすくめた。
別に彼女とて皇国の技術力の高さを否定したいわけでも、それを疑う訳でもない。傭兵として自分が属する国の力が強いことは望ましいことだ。
ただ、なんとなく機械兵は好きではないのだ。
一騎打ちがラナタの主な戦闘スタイルだ。一対一の命の奪い。相手の闘気と自分の闘気がぶつかり合い、それが彼女の中の快感を醸成する。
強敵であればあるほど彼女の闘気は膨れ上がる。そして、敵に打ち勝った瞬間体内に凝縮された快感が弾け、全身を駆け巡る。その感覚がたまらなく好ましい。
その闘気というものが機械兵からは全く感じられない。ラナタはそれが嫌なのだ。命を奪い合う訳ではないがそんな覇気のないものと一緒に行動すること自体、納得がいかない。
「そういえば、アルペジオは戦時中も皇国軍にいたのか?」
「えぇ、当然です。私の命は常に将軍様と共にありますから」
将軍様というのは、このミシュガルド大陸調査の全権を任されている甲皇国将軍にしてミシュガルド調査兵団総司令官であるホロヴィズのことだろう。
ラナタも一度だけその姿を見たことがある。戦時中、甲皇国が精霊国家アルフヘイムに総攻撃を仕掛けようとした際に、演壇で高らかに皇国の勝利を予言していた。
その素性は全く明らかにされていない。将軍を初めて見たラナタは何の冗談だ、と内心毒づいたものだ。嘴のついた髑髏をかたどった仮面で顔を覆い、服も真黒なローブといういでたちなのだから無理もない。
しかし、その手腕は確かなものでアルフヘイムを降伏寸前まで追い込んだのである。もっとも、そのアルフヘイムのエルフが禁断魔法を用いて国土もろとも甲皇国の攻撃部隊を消し飛ばしたため、戦争は停戦にまでもちこまれてしまったのだが。
ラナタがその時死ななかったのは、偶然後方の部隊に組み込まれていたからに過ぎない。
上級傭兵であるにもかかわらず、彼女はその時軽んじられたのだ。女で、傭兵で、しかも貴族階級出身でないからである。
しかし、そうした扱いが彼女の命を救い、武功を急いだ正規の兵士たちは命を落とした。皮肉なものである。
と、そこで気づいた。
ラナタの隣にいる少女は正規兵だ。そして、戦時中も軍に属していたという。
ではどこにいたのだろうか。
それを聞こうとアルペジオの方を向く。当のアルペジオはたまに見せるあの不快そうな表情を顔に浮かべていた。
同室になってからしばらくたつが、この表情についても詳しく聞いたことはなかった。たまに見かけるのだ。なくしものを探しているかのような、焦り、寂しさ、悲しみが入り混じった顔を。
「ラナタ…?」
「あっ…いえ、大丈夫…です」
「そうか。調子が悪いなら早めに言ってくれよ」
「ありがとうございます」
うってかわって、アルペジオはラナタにクスリと笑って見せた。
その笑みの理由がわからず、ラナタは眉をひそめる。アルペジオはそんな彼女の気持ちを汲み取り、口を開いた。
「ラナタさん、優しいですよね」
「…は?」
予想外の言葉だ。
アルペジオは続ける。
「たくさんの功績をあげた傭兵なんていうからもっと怖い人だと思っていたんです。でも本当はすごくいい人だな、と思って」
「…そうか」
そう短く返すとラナタはふっと笑みをこぼした。
数多の戦場を駆けてきた。沢山の死体を積み上げてきた。多くの戦友を亡くしてきた。
全身を血に染めているようなこの自分に向かって、この少女は優しいと言うのだ。
アルペジオとて軍人だ。ラナタの歩みは想像に難くないだろう。戦地で功績を積み上げるということは、つまりそういうことだ。
しかし、それでもなお、自分に向かって微笑んでくれる新しい友人を大切にしようとラナタは思うのだった。