Neetel Inside ニートノベル
表紙

ミシュガルド冒険譚
微かに燻る戦禍の火種:3

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 昼間といえども酒場は賑やかだ。種族を問わず様々な者が話に花を咲かせている。
とはいえどもまだ酔いがまわっている者は余りいない。あくまで酒宴は夜がメインということだろう。
 まぁ、どちらにせよ自分はお酒飲めないから良いけど、とケーゴは炭酸水を口にした。
 口の中でぱちぱちと心地よい刺激が踊る。
 同時に彼の脳内では様々な考えが浮かんでは弾ける。

 シンチーを赤面させてから一日。今日も来てくれるだろうかと淡い期待を抱いていたが、彼女は来なかった。
 怒らせてしまったんだろうか。ケーゴは頭を抱えた。
 原因は盗み見か発言か。どちらにせよ取り返しはつかないのだ。
 ため息を一つ。
 今度はシンチーの角が頭に浮かんだ。
 初めてあったときから宝石みたいできれいな角だと思っていた。
 しかし、彼女はあまりその角を気に入っていないようだ。会話の中でなんとなくそう察していた。
 きっとそれが人間との一線を画すものであるからだとケーゴは考えている。
 …種族差別なんて本当にあるのだろうか。何の気なしにそんな疑問を口にしてみる。
 現にこの酒場でも誰もが仲良く盛り上がっているではないか。
 そもそも看板娘が酔いどれ人魚なのだ。種族の問題があるようには思えない。
 それでもおねーさんが拒否するというのなら自分は間違っているということなのだろうか?
 「ケーゴ君、何か考え事ですか?」
 しかめ面のまま黙り込んだケーゴに男が話しかけた。
 「あ、ブルーじゃん」
 固い表情にも関わらず普段通りのフランクな物言いのケーゴにブルーと呼ばれた男は苦笑いした。
 姿形こそ簡素な服を着た人間の男である。だが、その皮膚の色は青色で彼が純粋な人間ではないことがわかる。
 ミシュガルド大交易所で清掃業を行うこの男は名をブルー・クリーナーと言う。
 青い清掃者という身も蓋もないその名前は当然本名ではないが、彼はそれ以外の名を持っていない。
 詳しくは知らないが、様々な事情故に今は交易所で掃除屋をしているのだとケーゴは聞いている。
 酒場にもよく仕事で顔を出すため、酒場の二階に宿泊している同じ年頃のケーゴと顔見知りになるのに長くはかからなかった。
 「いつになく深刻な顔をしていますね」
 常のごとく丁寧に話すブルーに失礼を覚悟でケーゴは聞いてみた。
 「…ブルーって亜人だよね」
 予想外の質問だったのかブルーは目を丸くしたが、やがて諦めたような笑みを浮かべた。
 「そうですね。正確には魚人と人間のハーフですから半亜人ということになります」
 ケーゴの脳裏にヌルヌットの言葉が蘇った。
 あの時あの犬畜生はシンチーのことを半亜人と呼んでいなかったか。
 同じなのだ。ブルーとシンチーは。
 ならばとケーゴは意を決してその疑問を口にする。
「その、俺は全然なんとも思ってないんだけどさ!うん、全然!その…亜人差別とかって…本当にあるの、かな、と思って…」
 次第に暗くなるブルーの表情を見てケーゴの言葉もしりすぼみになっていく。
 「あ、言いたくなかったら全然言わなくっていいんだ!ごめんな!変なこと言って!」
 慌ててそう言いつくろう。
 だが、ブルーは気丈にもケーゴを見据えた。
 その真剣な眼差しに一瞬たじろぐが、自分が蒔いた種なのだ。つばを飲み込み、ブルーを見つめ返す。
 「ないと言えば嘘になります」
 ケーゴの胸がズキンと痛んだ。
 「そっ、か…」
 「人間の中には私たち亜人を嫌う人は多くいます。…そういった人だけが集まった国だってあるんですから」
 ブルーの表情に苦いものが混じる。
 あぁ、昔そういう国を聞いたことがある。ケーゴは呆然とうなずいた。
 ブルーはケーゴに顔を近づけ声を落として囁いた。
 「聞いたことがあるでしょう?甲皇国は人間至上主義。対するアルフヘイムは…」
 一端話を区切り、念のためにときょろきょろと辺りを見回す。周りは2人の会話など気にかけていない。
 「…上辺こそ亜人たちの共栄を謳っていますが、実際にはエルフ族が国を牛耳って他種族には侮蔑的らしいです。国内での種族間の対立や差別もひどく、大戦中にも関わらずアルフヘイム内では種族間の諍いが絶えなかったと聞きます。黒兎人族という兎人族の亜種などは中でもかなりひどい目にあったとか」
 「へぇ…」
 予想以上の事実に言葉が出ない。
 人間と亜人の対立、亜人と亜人の対立、亜種と亜種の対立。その構造は入れ子人形のごとし。開けても開けても憎しみばかり。
 ちらと周りを見る。
 あの談笑しているエルフ二人も実は俺たちを見下しているんだろうか。あの給仕も普段は掃除屋のブルーに感謝しているようだがもしかしたら嫌っていたりするのだろうか。
 …そういえば剣を奪ったあいつもダークエルフだったな。
 和気藹々とした声が急にすべて嘘に思えてくる。
 それを察したブルーは慌てて口を開く。
 「もちろん極端な話ですよ?ですが…僕には感じるんです。このミシュガルド大陸にもそういった緊張感がどこかにはあるって」
 「…そうなんだ」
 急に申し訳なさが胸の内で弾けた。
 自分だって亜人を見たら珍しがってじろじろと見てしまうことがある。
 その「他者意識」はきっと差別や偏見の種。
 強烈な勢いで生い茂り人の心に根を張るその異端視は、払拭するのが困難だ。
 自分に何かできるんだろうか。
 差別をなくそうとか、種族間で仲良くしましょうとか、そんなことを言ったところで何になるんだ。
 ケーゴはのろのろと目の前の半亜人を見た。
 青い。
 それだけで彼は敬遠の対象になりかねない。自分と、自分たち「人間」と違うから。
 おねーさんも頭に角が生えていて、人間には見えない。
 だから嫌う。だから敬遠する。だから遠ざける。
 
 …でもそれって。
  
 ケーゴの脳内で何かが光った。
 「でもそれって、見た目の話じゃないか」
 誰ともなしにつぶやいた言葉であったが、ブルーは確かにその言葉を聞いた。
 そして悲しげに目を伏せた。その見た目にどれだけ皆が囚われるのか、それを理解できていない故の稚拙な発言に聞こえたからだ。
 だが、ケーゴは知っている。外見以上に信頼足りうるものが存在しているということに。
 あの西の森でおねーさんは命を賭して自分を守ってくれた。自分もそれに応えようと捨て身でヌルヌットと戦った。
 それは、お互いの気持ちの問題だったはずだ。 
 ケーゴはシンチーに言い放った言葉を思い出した。
 そうか、そうじゃないか。バカなこと考えんなよ、俺。
 
 今大切なのは、自分がどう思うかだ。
 
 国家や種族の問題を自分が解決できるなんて思わない。
 きっとそれは「身の丈に合ったこと」ではないから。
 だけど自分の信念だけはきっと、貫くことができる。
 「俺は、一つの種族が特別優れてるなんて思わない」
 誓うかのように。
 「人間だって、エルフだって…半亜人だって」
 祈るかのように。
 「みんな、みんな、一緒なんだ。みんな、生きているんだ」
 少なくとも自分はそう信じている。信じ続けてみせる。

 種族なんて関係ない。
 今度もおねーさんにそう言ってやろう。

       

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